表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

第10章崖下の小箱と静かな邸宅 前編

邸宅の廊下は夕暮れで赤みを帯び、長い影が壁に伸びていた。

紙片を握るエミリーは、書斎で見つけた書類の欠片と繋がるかもしれないと、胸が高鳴る。


「……これが何を示すのか……」

低くつぶやきながら、指先で符号を辿る。

ジョセフは静かに隣に立ち、危険を警戒しつつも、エミリーの観察を支える。


紙片には崖の方向を示す小さな印があり、微かな線が矢印のように描かれている。

「ここに何か……あるのかしら」

エミリーの声は静かだが、心の奥では期待と緊張が入り混じる。


馬車で崖道へ向かう。

風が冷たく、崖から落ちる小石の音が響く。

紙片の印を頼りに、慎重に足を運ぶ。馬車の車輪跡や落下の跡も確認する。


「……足跡、少し不自然……」

エミリーはしゃがみ込み、土の固まりや石の微妙な動きを指先で確かめる。

「誰かがここに何かを……隠したのかも」


ジョセフは静かに頷く。

「可能性はあります、奥様。だが、まだ何があるのかは分かりません。慎重に」


彼女は崖沿いをゆっくり進むと、岩の隙間に微かな凹みを見つけた。

小さな木箱の角が、土に半分埋もれている。埃と苔が覆っているが、明らかに人の手で置かれた形跡がある。


「……これかしら」

エミリーは手を伸ばす。木箱には小さな錠がかかっており、開けるには注意が必要だ。


箱を持ち上げ、土を払い、周囲を確認する。崖下の風は冷たく、鳥の声も遠くでかすかに聞こえる。

「……誰も見ていない……よね」

ジョセフはそっと頷く。

(本当に静かだ……今は、焦らず調べる時だ)


木箱を開けると、中には書類と、埃をかぶった小さな封筒が入っていた。

書類にはカルロスの名前が書かれ、封筒には崖の近くの地図が描かれている。


「……なるほど……これで少しだけ、見えてきたかもしれない」

エミリーの目が輝く。手がかりはまだ小さいが、次の行動への指針となるものだった。


夕暮れの光が崖と庭を赤く染める中、二人は慎重に馬車に戻る。

紙片、木箱、そして小さな地図――一つひとつが、真実への糸口だ。


――伯爵の行動や怪しさは、まだ表には出ない。

それでも、邸宅の中には隠された秘密が確実に存在していることを、エミリーは肌で感じていた。


夕暮れの光が崖を赤く染める中、エミリーは木箱を慎重に抱き上げた。

中の書類と小さな封筒を確認する。封筒には崖近くの地図が描かれており、書類にはカルロスの名前と、事故に関する何らかの指示が書かれているようだった。


「……これだけでも、少し道筋が見えてきたわ」

小さな手がかりだが、彼女の目は冷たく輝く。信じる心と疑う心が、胸の奥でせめぎ合っていた。


ジョセフは横で静かに見守る。

「奥様、箱の中身は慎重に扱いましょう。まだ誰が置いたのかは分かりません」


エミリーは頷き、まずは箱を馬車にしまう。

崖道から邸宅へ戻る道すがら、風は冷たく、木々のざわめきが二人を包んだ。

「……馬車が揺れるたび、心臓が跳ねる」

彼女は微かに息を整える。目に見えぬ真実が、少しずつ形を取ろうとしている。


邸宅に戻ると、廊下の静けさが二人を迎えた。

長い廊下、重厚な扉、そして歴代の肖像画たちが、沈黙の中で二人を見下ろしている。


「……さて」

エミリーは書斎の机に木箱を置き、書類と封筒を広げる。

「まず、この地図が示す場所を確認しましょう。…あそこに何があるのか」


ジョセフは慎重に周囲を見渡す。

影の端に、誰かの気配を感じるような…しかしそれはすぐに消えた。

(まだ伯爵は直接姿を現す時ではない)

彼の心はそう判断していた。今は、奥様の探索を支えるべき時だ。


エミリーは書類を一枚ずつ確認する。

事故の報告書やカルロスの書き置き、手書きのメモ……いずれも一見、整然としているが、微かな墨の濃淡や折り目に不自然さがある。


「……誰か、ここに手を加えたのね」

彼女の指先は、書類の端に残る埃や小さな擦り跡を追う。

紙の折り方、筆跡、印の位置――普通の家族の手では残せない痕跡がそこにあった。


ジョセフはそっと肩越しに覗き込み、静かに言った。

「奥様、この部分、微妙に折れ方が違います。偶然ではないでしょう」


エミリーは唇を噛み、息を整える。

「……偶然じゃない、ね」

その言葉には、迷いの欠片もなかった。


次に彼女は、地図が指す邸宅内の一角を確認するため、静かに廊下を進む。

使用人の気配を感じつつも、エミリーは歩みを止めない。

長い廊下の端、古い書棚の隙間に、小さな鍵穴を発見する。

「……これ……」


鍵穴は小さく、埃に覆われていたが、木箱の封筒に入っていた鍵とぴったり合いそうな形状だ。

「やはり、つながっているのね……」

手元の鍵を取り出すと、彼女の手は微かに震えたが、意志は揺らがない。


ジョセフが横で静かに囁く。

「奥様、何が出てくるか分かりません。慎重に」

その声に、エミリーは深く頷き、鍵をそっと差し込む。


カチャリ、と小さな音。鍵はスムーズに回り、隠し扉がゆっくりと開いた。

中には小さな書棚と、古い箱、そして紙束が整然と並んでいる。

埃に覆われてはいるが、確かに誰かが後から整理した形跡もある。


「……これは……」

エミリーは息を飲む。紙束にはカルロスの手書きの文字や、日記の一部らしき文章が混ざっていた。


ジョセフは慎重に声をかける。

「奥様、ここで少し確認しても……」

しかし彼女は首を振った。

「直接、目で確かめるの……あたくしが」


夕暮れは完全に沈み、廊下の影が長く伸びる中、二人は静かに書類を手に取り、謎を解き明かそうとする。

紙束の一枚一枚には、小さなヒント、カルロスの動きの痕跡、そして邸宅のどこに何が隠されているかの指針が潜んでいた。


――伯爵の怪しさは、まだ直接見えない。

しかし、邸宅と書類、木箱、そして紙片の手がかりが、真実へと確実に導こうとしている。


エミリーの目には迷いはない。

小さな手がかりを頼りに、彼女は自らの手で、カルロスの行方と邸宅の秘密に迫ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ