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第8章疑念の午後

午後の光は、バルコニーの床に柔らかく差し込んでいた。

だが、エミリーの心にはその光は届かない。

白百合が揺れる音すら、遠くのざわめきのようにしか聞こえない。


ジョセフは少し距離を置き、静かに立っていた。

言葉は続かない。彼もまた、沈黙の中に何かを探している。


エミリーは目を細め、遠くの庭を眺める。

風が髪をかすかに揺らす。

その風に、まだ息をしているカルロスの影を重ねていた。


――死んだはずの人が、目の前にいない。

遺体も、証拠もない。

事故の知らせは、あまりにも完璧すぎる。


胸の奥に、冷たい疑念が芽生える。

イワン伯爵。あの人の言葉と態度。

涙を見せるようで見せない。

言葉が、あまりにも早すぎた。

事故の報告を受けた直後に、家の今後を語るあの口ぶり。


「……普通なら、もっと感情を見せるはず……」

独りごちるエミリー。

その視線は、自然と居間の肖像画、重厚な家具、そして去ったイワンの立ち居振る舞いを辿る。


ジョセフは静かに距離を詰め、声をかける。


「奥様……もし、何か調べたいことがあるのなら、いつでも力になります」


その声には、優しさと慎重さ、そして少しの警告が混じっている。

「ただ、くれぐれも――ご自身だけで動かれませんように」


エミリーはゆっくり振り返る。

瞳には涙はないが、炎のような決意が宿っていた。


「……ジョセフ、あたくしは知る必要がありますわ」

声は柔らかいが、揺らぎはない。

「真実を」


ジョセフの目がわずかに見開く。

その決意の強さは、普通の貴族の妻のものとは思えなかった。


「まず、あの事故の現場、崖道の状況を――そして邸宅内の様子も、確認しなくてはなりません」

エミリーは手すりに指をかけ、しばし遠くの崖を見つめる。


「イワン伯爵の行動も、見過ごせません」

頭の中で状況を整理する。


死亡の報告が早すぎる

遺体が発見されていない

イワンの言動が冷静すぎる

カトリーナは言葉を失っている


「……何か、隠されている」

唇をかむ。

心臓の高鳴りを抑え、冷静を装う。

だがその眼差しは、確かに真実を見極めようとしている。


ジョセフが静かにうなずく。

「承知しました、奥様。邸宅内の使用人、馬車の手配、カルロス様の行動……順に調べていきましょう」

探偵としての言葉は落ち着いているが、その背後にエミリーの決意を感じ取っていた。


「よろしいですわ」

エミリーはバルコニーの手すりから手を離し、ゆっくりと階段へ向かう。

「あたくし、自分の目で確かめます。カルロスは本当に……」


ジョセフも後に続く。

沈黙の中、二人は居間を抜け、廊下を進む。

その歩みには、恐れよりも確信に近い緊張があった。


――この屋敷には、まだ隠された真実がある。

イワン伯爵、邸宅の使用人、そしてカルロス自身。

一つひとつを明らかにしなければ、何も終わらない。


午後の光は、まだ柔らかく差し込む。

だが、二人の視線は光の届かぬ闇の方へ向けられていた。


疑念、観察、そして行動。

エミリーは、自らの手で真実を掴む冒険を始めるのだった。

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