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プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
四章 新たなる栄冠

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第59話 春の古馬たち

 かつて西暦2000年に、テイエムオペラオーがたどったレース選択。

 中長距離古馬王道路線、などとも言われたものである。

 GⅠ5勝(※1)にGⅡ3勝という、年間8レースへの参戦。

 当時はまだ大阪杯がGⅠではなかったため、そちらを走ってはいない。

 後にかなりの絶対王者と言われたキタサンブラックは、年間の中長距離GⅠ6走全てに参戦した。

 しかしその中で勝てたのは4レースである。

 それでも充分に怪物であるのだが。


 そのテイエムオペラオーが2戦目に走ったのが、阪神大賞典。

 古くからの歴史あるレースであり、これを舞台に名勝負も繰り広げられた。

 かつては時期的に言っても、GⅠに近い重賞と言われた時代もある。

 長距離が敬遠されるようになっても、賞金がかなり高いのと、春の天皇賞への優先出走権が、1着の馬には与えられる。

 そのためステイヤーにとっては、重要なレースとも言えるのだ。


 モーダショーは青葉賞以降、2400m以上のレースにしか出ていない。

 これほど明確なステイヤーは近年では珍しい、と世間でも言われている。

 特に距離が短いと、優姫が必死で追っていた。

 血統から考えると、スタミナが隔世遺伝している、としか見えない。

 だがこの阪神大賞典は、そのステイヤーとしてのスタミナが、充分に発揮されるものとなった。


 菊花賞はもちろん、敗北したジャパンカップや有馬記念を見ても、重要なのはロングスパートのスタートをどこにするかだ。

 あるいは有馬記念のように、逃げる展開でもいいのかもしれないが。

 優姫の見立てでは中山は、一番モーダショーに向いていないコース。

 逆に京都が一番向いているとは思っていたが、阪神も悪くはない。

 ただし外回りに限る、とも言える。


 実力では他の有力馬より、頭抜けているという印象である。

 実際にここでは勝てるだろうな、と優姫は考えていた。

 ここのところ2戦、残念ならレースが続いている。

 だがこの相手関係ならば、斤量の差があるとしても、勝ってもらわなければいけない。

(けっこうパワーはある馬だし)

 もっさりとした印象は、いまだに変わることがない。

 おそらく種牡馬になったとしても、サイアーラインが太くつながることはなく、母系に入って影響を残すタイプかな、などと思っている。


 3000mのレースというのは、馬やジョッキーの実力が出やすい。

 かといって短距離はそうではないのか、というとそれもまた違うのだが。

 スプリント勝負などは、ちゃんと実力が出やすいようになっている。

 よく言われるのが、秋天と有馬記念の外枠の不利。

 大外になった時点で敗北、などとはよく言われるのだ。




 一年間で10走もした経験が、上手く生きている。

 モーダショーは優姫のわずかな体重移動に従い、速やかなスタートを決めた。

 かといって有馬記念のように、逃げるというわけでもない。

 先行集団の中の、いい位置を占めることが出来たのだ。


 カルマインザダークは逃げようとしている。

 それに競りかかる馬がいなかったので、先頭に立っている。

 モーダショーは先行集団の中、やや後ろにアタックブレイザーがいる。

 そしてメイコウマツカゼが後方集団。

 

 モーダショーが1番人気で、他には5頭ほどの馬に人気が集中している。

 4歳中心としながらも、5歳も数頭は出走しているのだ。

 だが5歳以上のGⅠ馬クラスとなると、この時期にはドバイが視野に入っているはず。

 あるいは大阪杯が、中距離で適性も広いはずなのだ。

 シュガーホワイトが無事であったら、と優姫は考えたりする。


 個人的な感想だけなら、今の4歳はシュガーホワイトとフォーリアナイトの2頭が強かった。

 あとは故障期間の長かった、ボーンクラッシャー。

 メテオスカーレットのダービー制覇は、フォーリアナイトの気が抜けてしまったからとも言える。

 一度先頭に立ってしまったら、明らかなソラを使うフォーリアナイト。

 あれを制御するジョッキーは、これまた大変だと思ったものだ。


 3000mの阪神大賞典の間には、色々と位置取りを調整する余地がある。

 そして上手く4コーナーの手前から、徐々にスパートをかけていった。

 カルマインザダークは、直線の途中でもう抜いてしまう。

 アタックブレイザーは少し仕掛けが遅れたのか、あるいは遅らせたのか。

(脚を余して負けるかな)

 残り1ハロンとなったところで先頭に立つ。

 後ろからやってきたのは、残るメイコウマツカゼ。

 他にも何頭かは、追い込みをかけてきている。

 だがその中で一番、脚色がいいのがメイコウマツカゼである。


 届くのか、届かないのか。

 優姫はあまり心配していなかった。

 去年の夏、勝つことを覚えさせた。

 そして菊花賞では、見事に最後の一冠を手に入れたのだ。

 

 後ろから追いかけるメイコウマツカゼの脚が止まった。

 そしてモーダショーは、力強く坂を上った。

 そのまま徐々に差をつけていって、最後には3馬身差の圧勝。

 一番重い斤量を背負いながら、見事に一番人気に応えたのであった。




 思った以上の楽勝であった。

 優姫もたまにはしがらきに見に行ったものだが、むしろ走らなかった三カ月ほどの間に、より成長していたとも言える。

 何か特別なことを考えていたのではなく、ごく普通に横綱相撲で勝ってしまった。

「強くなったねえ」

 一般的に中距離以上の競馬は、3馬身差で勝つならば、圧倒的な差があると言われる。

 モーダショーのいいところは、先頭に立ってもソラを使わないことだ。


 これで春の天皇賞を、最大の目的とすることが出来る。

 距離的にはこれまでで最長の、3200mとなる。

 他の多くの馬にとっても、この距離は初めてであることが多い。

 だがダイヤモンドステークスや、ステイヤーズステークス(※2)を勝ってきた馬も、春の天皇賞には出てくる。

 スタミナではなくスピードが重視される現代競馬。

 それでも春の天皇賞は、1着賞金が2000mの秋の天皇賞と同じである。


 天皇賞を勝ったとして、夏や秋はどうするのか。

 GⅡでもいいから、中距離の実績がほしいところである。

 すると札幌記念あたりが、狙い目になるであろうか。

 そこはオーナーに、調教師の田丸が決めること。

 だが種牡馬入りを目指すなら、2000mの実績はほしい。


 国際的なレーティングを考えると、札幌記念は既に、GⅠに昇格していてもおかしくないレベルを保っている。

 実際に賞金も、GⅡレースの中では一番高い。

 2歳GⅠとほぼ変わらないぐらいであるのだ。

 それでもGⅡにとどまっているのは、色々と複合的な理由がある。


 一番大きいのは、秋の天皇賞とのバランスであろう。

 10月の最終、あるいは11月の最初の日曜日に行われるのが秋の天皇賞。

 これが距離的には、札幌記念と完全にかぶってしまう。

 日本の競馬は春と秋を基本として行う。

 ここで八月の札幌記念をGⅠとしてしまうと、強豪馬の分散が考えられるのだ。

 2000mのGⅠを勝った後、海外のレースに向かってしまう可能性がある。

 それを防ぐために、GⅡのままでいるのだ。


 他にもレーティングがどうとか、あるいは競馬場のキャパシティの問題もある。

 だがレーティングは現在でも足りている上に、昇格すればさらにレベルは上がるだろう。

 キャパシティに関しても、2万人が入るというのは、充分な気もする。

 ただ札幌競馬場は、洋芝の競馬場でもある。

 日本の他の競馬場とは、少し勝手が違うとも言われる。

 もっともGⅠ昇格については、アジア競馬会議(※3)などで、その話題が出ていることも確かだ。




 モーダショーの血統の中には、シンザンやトウショウボーイといった、スターホースの血が流れている。

 父系をつないでいくわけではないが、この血が後世にのこるのは、必ず意義があることなのだ。

 サラブレッドの血統。

 それは種牡馬だけではなく、繁殖牝馬一頭がいなくなっただけで、後世へ与える影響は大きい。

 もしもウィッシングウェルがその血統の平凡さ(※4)ゆえに、自分の父と同じような、平凡な種牡馬との配合のみをしていれば。

 それだけでサンデーサイレンスが生まれず、日本の血統図は大きく変わったはずなのだ。


 優姫はなんだかんだ言いながら、ロマン派である。

 そうでもなければ競馬の世界になど入ってこないし、将来は生産などしようなどとも思わないだろう。

 春の天皇賞を勝つ。

 ここまで勝っている重賞は、長距離のものばかり。

 2400でも好走しているので、あとは中距離でどう走るか。


 春の古馬三冠は、全て関西で行われる。

 秋の古馬三冠と、バランスを取った結果なのかもしれない。

 優姫が次に乗る重賞は毎日杯。

 お手馬があるというのではなく、乗り替わりで依頼を取ってきた城崎である。

 毎日杯を勝てば確実に、負けても2着ならダービーに出られるという馬。

 今年はとにかく、重賞で馬券圏内に入りまくっている優姫に、頼むというのも分からないではない。

 だがここまでに2勝しかしていない馬なのだ。

 いくら優姫でも、無理なものは無理なのである。


 どうにか人気よりも上には持ってきた。

 それでも6着というのは、掲示板にも載らなかったものである。

 14頭立ての10番人気だったのだから、妥当な結果と言えるだろう。

 これも優姫が乗ったことで、過剰な人気になったとも言える。

 そもそも毎日杯などは、ここで賞金を加算すれば、皐月賞には間に合わないがダービーには出られる、という馬が厳選されて出てくる。

 その中で勝つというのは、難しくても当たり前なのだ。

 かつてこのレースに勝利して、あのテイエムオペラオーがクラシックに追加登録(※5)をして出走した。

 そしてダービーではなく間隔があまりなかった皐月賞に勝ち、翌年の快進撃につながったと言える。

 むしろ翌年のことを考えれば、ダービーはともかく菊花賞で負けたのが、ちょっと不思議なぐらいであるのだが。




 そして四月、いよいよクラシックがやってくる。

 それよりも一週早く、大阪杯が行われるのだ。

 春の古馬三冠(※6)、第一関門の大阪杯。

 1番人気は無冠の帝王フォーリアナイト。

 2番人気はそのフォーリアナイトを下してダービーを勝ったメテオスカーレット。

 もしも出走していたら、それらを押しのけて一番人気になっていたのは、ブラッドブレイカーであったろう。

 だが彼は今年も、ドバイから始動する。

 またヨーロッパに向かい、去年の忘れ物を今度こそ手に入れるのだ。


 優姫はここでも、乗り替わりはなかった。

 そもそも上位に来そうな馬は、しっかりとトップクラスのジョッキーのお手馬になっている。

 あまりに結果が出なくても、優姫にはまだ回ってこない。

 GⅠでこれだけ好走していても、まだ女だからという目で見られるのか。

「仕方がないかなあ」

 それでも土日の関西で、ちゃんとステークスレースには乗鞍が確保してある。


 日程的には完全に、ドバイミーティング(※7)と重なっている。

 だからクラシックでも皐月賞やダービーを勝った馬なら、2400か1800を選んで行くのもおかしくはない。

 大阪杯の方が、相手関係なども考えると、むしろ勝てる可能性は高いだろう。

 だが輸送費などの多くが準備された招待レースであり、何より国際的な知名度が大きく違う。

 2400の坂のないコースを走る適性を考えれば、こちらの方が充分に勝てる、と思われてもおかしくはないのだ。


 モーダショーは坂はあまり気にしないパワーがある。

 だが札幌の洋芝は、やや足元を気にしていた。

 坂を上るパワーと、洋芝を走るパワーはそれぞれ違う。

 優姫の感覚としてはモーダショーは、ドバイのコースには対応できる。

 それこそ来年は、シーマクラシックに出走してもいいだろう、と考えるぐらいだ。


 海外の2400を勝つということ。

 それは間違いなく種牡馬としての価値を、大きく上げることになる。

 ジョッキーが考えるようなことではないが、優姫は考える。

 だからただのジョッキーとは、馬を見る視点が違うのだ。


 その2400のレースもある、ドバイミーティング。

 こちらは大阪杯よりも今年、一週間早い日程で行われた。

 前年の覇者であるブラッドブレイカーは、このレースを2着惜敗。

 レースの後に骨折が判明して、引退後の種牡馬入りが決定するのだが、それは大阪杯が終わって以降のこととなる。

 また今年も、ヨーロッパの最高峰に挑戦する、日本の最強馬はいなくなってしまったのである。




 大阪杯を優姫は、調整ルームの待機所で見ていた。

 この時点ではまだ、ブラッドブレイカーは骨折こそ明らかになっていたが、引退までは決定していない。

 ダービー馬の復権か、それともシルバーコレクターの戴冠か。

 メテオスカーレットと、フォーリアナイトの対決。

 GⅠ無冠のフォーリアナイトは、直前でもまだ1番人気であった。


 メテオスカーレットは一応、復帰戦をしっかりと勝っている。

 レース勘と言うならば、有馬記念からずっと三カ月休んでいたフォーリアナイトの方が、離れてしまっているかもしれない。

 だが秋古馬三冠を、3歳で全て2着。

 この実績はダービーよりも、さらに大きいと思われていたのか。


 レースは最後の直線、この2頭の一騎打ちとなった。

 フォーリアナイトの鞍上五十嵐が、ムチを振るいまくってさらに押す。

 最終的にはフォーリアナイトが、クビ差での勝利。

 無冠の帝王がようやく、GⅠを勝利したのであった。


 天皇賞に出てくるのかどうか。

 だがフォーリアナイトは菊花賞を選ばず、秋天に去年は進んだ。

 出るとすればむしろ、宝塚記念であろう。

 もっともこの大阪杯のマッチレースは、かなりのダメージを与えたように見えた。

 GⅠの中でも宝塚記念は、わずかだが格下に見られる。

 今の時代には酷暑の季節のため、馬を休ませる陣営も多いのだ。


 春の競馬はダービーまで。

 そう言ってしまうホースマンもいるのだ。

 実際には宝塚記念の他に、安田記念も存在する。

 国内の重要な、春のマイル王者決定戦。

 海外の国や地域からも、これに参加する馬は多い。

 だが宝塚記念は確かに、暑い時期の開催ということもあり、出走しない馬もそれなりにいる。

 ただ有馬記念と比べると、まだしも実力通りに決まりやすいレースなのだが。

 

 まずは目の前の、来週の桜花賞。

 そして翌週には、中山での皐月賞。

 八大競走の三つ目の制覇か、それとも二年連続の皐月賞の戴冠か。

 優姫はどちらのレースにしても、あと少し足りないという印象を捨てきれていないのであった。

 ※1 GⅠ5勝

 当時は大阪杯の昇格前で、中長距離の古馬GⅠは五つしかなかった。

 その全てを勝ったためグランドスラムとも呼ばれたりしている。


 ※2 ダイヤモンドステークスや、ステイヤーズステークス

 3400mや3600mの超長距離レース。昔は4000mのレースなどもあったし、海外ではまだ4000mの長距離GⅠも存在する。だが賞金はさほど高くない。


 ※3 アジア競馬会議

 アジア競馬連盟(ARF)の加盟国が集まり、競馬の振興や国際交流を目的として開催される世界最大級の国際会議。

 レースの国際基準なども話し合いの内容にあり、最近ではオーストラリア競馬がGⅠを作りすぎているのを叱っていたりする。


 ※4 ウィッシングウェル

 サンデーサイレンスの母親だが、実力自体は一流半のものであった。

 ただ血統がひどくみすぼらしく、父もたいしたものではなく、母方も相当に遡らないと活躍馬がいなかった。

 サンデーは突然変異と言われるが、ウィッシングウェルも充分に突然変異かもしれない。

 なおハンデ戦であるがジャパンカップの優勝馬メアジードーツに勝ったこともある。


 ※5 追加登録

 クラシックは段階をかけて出走のための登録金を出さないと出走できない。

 かつて中央で走らせる予定が全くなかったオグリキャップが……いや、シンデレラグレイ読んだ方がいいな。


 ※6 春古馬三冠

 大阪杯、春の天皇賞、宝塚記念の三つのレースを指す。

 なおこの3レース全てを制すると、賞金に加えて報奨金も得られる。


 ※7 ドバイミーティング

 正式にはドバイワールドカップミーティング。

 ドバイワールドカップを中心とした、ドバイで行われる諸競走の総称。

 GⅠレースが複数開催され、世界的にトップクラスの賞金が出るため、多くの馬が世界中から集まる。

 日本馬は特にドバイターフとドバイシーマクラシックで実績を残している。

 とくにシーマクラシック(2410m)はほぼクラシックディスタンスの距離のため、チャンピオンホースが狙ってくる。

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