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プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
七章 巡る世界

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第107話 砂の王国

 サウジやドバイなどの、中東のダートの適性。

 これは実は日本のダートとは違う、とは言われている。

「リンクも確かに強いだろうけど」

 先日そう言ったのは三ツ木である。

「単純に条件だけを言うなら、モーちゃんも合ってるんじゃないかね」

 そう言われて、優姫としても考えるところはあるのだ。


 競馬というのは本来、原始の形で行われてきた。

 近代競馬が入る前、日本にも草競馬は普通にあったのだ。

 そしてヨーロッパとアメリカは、その原始の競馬を発展させた。

 だからヨーロッパは芝で、アメリカはダートなのだ。

 日本と中東が違うところ。

 それは馬場をどれだけ管理しているか、という点にある。


 日本も相当に、造園技術は高い。

 だが中東などは極端に言えば、砂漠の真ん中に競馬場を作ったようなもの。

 即ちダートも砂なのかというと、これは違う。

 アメリカのダートに近いし、さらに言えば香港などの芝に近いのでは、とも言われる。

 その中で行われるレースは、タフな消耗戦が多い。

 そしてモーダショーの逃げ切りというのは、それに合っている部分がある。


 香港ヴァーズで2着。

 これを勝ちきれなかったと見るか、それとも海外二連戦、という点から見るか。

 間違いなく存在するスタミナ。

 そして今のトップ層には珍しい頑健さ。

 また海外遠征を繰り返すタフさ。

 優姫などはこれは、上手く配合できたとしたら、面白い産駒を輩出すると見ているのだ。


 ただ優姫は同時に、馬を勝たせるジョッキーである。

「ある程度は合っているけど、ドバイに持っていったらその後が問題」

 日程的なものだ。

 モーダショーはタフだが、ドバイから帰国して天皇賞、というのはハードルが高い。

 それよりは大阪杯から春天、そして宝塚と走っていく。

 そちらの方が、得られる賞金は高いという計算だ。


 シーマクラシックの2400mというのは、モーダショーにとって悪い距離ではない。

 だがこのレースに走るなら、大阪杯と春天、下手すれば宝塚記念も捨てることになる。

 そして優姫としては、あまり評価を高くしすぎない方がいい、とまで思っている。

 成功する種牡馬の条件。

 それは多くの繁殖牝馬が集まる種牡馬だ。


 今の種牡馬は年間に、あまりに多い頭数に種付けをしている。

 だが母数が多ければ、それだけ出てくる馬も増える。

 勝ち上がり率などよりも、重賞馬が1頭。

 それが重要なのが、サラブレッドの馬産である。

 過去の種牡馬の大失敗と呼ばれるもの。

 よく見れば実は、平均以上の成績は残していて、期待値と乖離していただけということが多い。




 春天の二連覇。

 いくら長距離の価値が、種牡馬的に落ちたと言っても、これは大きなインパクトである。

 GⅡではあるが比較的、中距離分類の距離も勝った。

 あとはここから、凡走だけは避けるべき。

 特にボーンクラッシャーが海外遠征なので、今年の春天はそこまで層が厚くない。

 新星が突然現れる可能性は否定できないが。

「ということで」

「昔は春の盾と言えば、一番ほしい勲章だったりもしたんだけどなあ」

 今は解散したメジロ牧場などは、そういう理念でやっていた。

 複雑ではあるが、優姫もそう思っているのは事実だ。


 モーダショーは今のところ、菊と春天、そしてメルボルンカップを勝っている。

 春天を連覇して、そしてあと一つGⅠを勝てば。

 ひょっとしたら顕彰馬にも選ばれるのではないか。

 ヴァリアントロアは問題なく、選ばれると思っている。

 だが念を入れるなら、あと一つはGⅠが欲しい。


 八大競走二つとジャパンカップ。

 GⅠは全部で5勝。

 2歳GⅠの評価はやや低いが、それでも充分ではないか。

 あとはやはり、海外のGⅠ。

 それで顕彰馬は決まったようなもの。

 もっともドバイに間に合うか、また現地の気候に体調を崩さないか。

 競馬というものに絶対はないのだ。

 

 アシュレイリンクにも、同じことが言える。

 ここまでは完全に、演出に成功した。

 もっとそれは、馬が本当に強かったからこそ言えること。

 現時点ではまだ、GⅠ級を2勝。

 もちろん一つ勝っただけでも、充分な名馬なのだ。

 やはりドバイを勝たなければいけない。

 優姫の考える基準は、そこにあるのだから。


 府中の調整ルームで、優姫は色々と考える。

 ここは時間がとても、贅沢に無駄に使える場所。

 現代の時間の流れは、とてつもなく早いものだ。

 ネットワークの発達が、それを大きく広げていた。

 JRAもいずれは、この調整ルームの隔離を、どうにかしたいと思っている。

 それなのに不祥事が起こったため、逆にしばらくは締め付けないといけなくなった。


「ところでなぜ、あまねるがここに?」

「私も違う馬で、フェブラリーSに出るんですけど?」

 有馬記念の日の落馬から、およそ二ヶ月。

 天音は怪我も完治し、心理的な後遺症もなく、また馬に乗っている。

 フェブラリーSにもし勝てば、彼女はGⅠの最年少勝利の記録を更新する。

 だがそれは難しいし、GⅠ級勝利の記録だけで、満足しておいてもらいたい。


 フェブラリーSの前日には、府中でダイヤモンドSが行われていた。

 春天以上の距離となる、日本でも珍しい重賞だ。

 これを優姫は依頼された馬で、普通に勝ってしまっていた。

 フェブラリーSに勝てば、二日連続の重賞勝利。

 そこまで上手くいくものか、と考える人間はそれなりにいた。




 地方はともかく、中央のダートGⅠに乗る。

 チャンピオンズカップ以来、二度目の優姫である。

「おかげで俺も、いい馬に乗せてもらってるけどさ」

 城崎が作った、優姫のライン。

 その長谷川が、ソウルハンターに乗っている。


 考えてみればソウルハンターが、中央のダートGⅠに出るのは当たり前のこと。

 去年のダート二冠に、東京大賞典の勝ち馬であるのだ。

 だがそんなダート最強とも言える馬ではなく、優姫はアシュレイリンクに乗っている。

 そもそもソウルハンターに、ジャパンダートクラシックで土をつけたのが、天音の乗っていたアシュレイリンクなわけで。


 パドックからジョッキーが騎乗して、ソウルハンターがこちらを見ている。

 なんで優姫は僕じゃなくて、あの馬に乗っているんだろう、とちょっと呆然とした顔だ。

 もちろん馬に、そういった感情があるとは考えにくい。

 それでも違和感はしっかりと、ソウルハンターに刻まれたと言えよう。

(あの仔もいい馬ではあるんだけど)

 血統的にもタイム的にも、芝でもある程度は走れるはず。

 なのでソウルハンターは、サウジカップに招待されるリストにもあった。

 結局は国内で走ることとなったが。


 アシュレイリンクは芝ダート兼用。

 だが本質的な話をするなら、芝馬だと思われているらしい。

 有馬記念であそこまで、見事に力で勝ったのだ。

 それは間違いというわけではない。

 しかし絶対の正解というわけでもない。

 日本馬が海外のダートで勝つ場合、おおよそは芝のコースでも、適性を見せているものなのだ。


 果たしてソウルハンターに、そういった力があるのか。

 父ハートハントは、基本的に芝馬であった。

 だがその父リアルスティールは、歴史的名馬フォーエヴァーヤングを出している。

 ハートハント産駒には、かなりダートをこなす馬がいる。

 そう考えればソウルハンターにも、芝適性はあるはず。 

 しかし元々、脚部不安があったから、ダートで使われてきたのがソウルハンターなのだ。

 それが今回の回避の理由である。


 サウジやドバイの馬場について、優姫は色々と調べた。

 実際に騎乗してきた人間は、日本人騎手だけでもそれなりにいる。

 あちらの馬場管理も、日本の馬場管理も、日々進歩している現状。

 だがおおよその方向性は、変化していない。

 とりあえずどちらも、高速決着自体は望んでいる。

 しかしそのために馬が故障するのは、ダメだというのも一致している。

 日本馬にとっても他人事ではない。

 ドバイで客死したホクトベガ(※1)を、忘れてはいけない。



 

 フェブラリーSにおいては、アシュレイリンクは圧倒的な1番人気であった。

 東京大賞典に勝った、ソウルハンターに勝っているからだ。

 もっともダートというのは、高齢まで馬が踏ん張っていたりする。

 6歳になって今が一番、というぐらいの馬もいるのだ。

 そんな馬とアシュレイリンクやソウルハンターは、戦っていくことになる。


 マークもきつくなる。

 優姫のような小娘が、勝つことに拒否感があってもおかしくはない。

 天音もそうであるが、地方からの古豪も参戦する。

 だがこのレースは優姫が、絶対に有利になるはずなのだ。

 なぜならばそれこそ、ソウルハンターが参戦しているからだ。


 優姫と長谷川が、お互いに足を引っ張ることはない。

 むしろ協力していくこととなる。

 有力馬が2頭いれば、マークは分散する。

 同じラインの二人が、それぞれ有力馬に乗っていること。

 この時点で優姫も長谷川も、楽になっているのは間違いないのだ。


 そして二人はしっかり、それを活かすことに成功した。

 もっとも普通に絶対能力の差は、2頭の間にはあったのだが。

 2着にソウルハンターを引っ張って、3馬身差の勝利。

(やっぱり思ったより楽に勝てた)

 優姫の想像していた通りである。

 分かっていたことだが、アシュレイリンクは左回りの方が強い。


 ヴァリアントロアとの接戦になった、あのジャパンカップ。

 もちろん他の条件もあったが、レコードを記録したもの。

 それに対して有馬記念は、スローからのキレ勝ち。

 タイムはさほど突出したものではなかった。

 やはり左回りの方が得意なのだ。


 ドバイのメイダン競馬場は、左回りである。

 なのでアシュレイリンクの勝つ確率が、また上がっている。

 ただアメリカではどうなのか。

 そもそもアメリカのレースにしても、繁殖選定レースとしては、日本の馬場ほどは適切ではない。

 ブランドの価値を高めるのには、そこまでする必要はないのだ。

 アメリカは勝敗ではなく、内容で種牡馬評価を決めるところがある。

 それでもやるのはそこに、競馬のロマンがあるからだ。


 アシュレイリンクにはその力がある。

 ヴァリアントロアにもまた、父から受け継いだ実績はある。

 だがアシュレイリンクに比べると、物語として弱いのだ。

(こんなことを考えてると、肝心のレースで負けるかもしれない)

 優姫はそうも思うが、やはりステップは正しく歩んでいかないといけないであろう。




 サウジアラビアとUAE。

 共に中東の産油国である。

 王族が実権を握る国であり、だからこその先進国化が顕著だ。

 オイルマネーを背景としながらも、次の産業を考えている。

 その中で競馬は、実はギャンブルではなく興行である。

 開催国で馬券の発売がない(※2)と言われると、驚く人間はまだそれなりに多い。


 馬産にしてもヨーロッパで行い、主戦場もヨーロッパである。

 そして招待競走で、世界一決定戦を行う。

 馬産の巨大なアメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアから招待するもの。

 イベントとして存在していて、これを国家規模で産業化させている。

 国家ブランドを向上させ、観光立国を目指す。

 そのためにも今は、巨大な投資を続けている最中だ。


 もっともオーストラリアは短距離メインで、そこまでに国内で超一流は完結。

 ヨーロッパやアメリカは種牡馬ビジネス主導で、競走能力をあえて示す必要性が少ない。

 巨額の賞金よりも、敗北のリスクを考えるのだ。

 ドバイワールドカップが成功したと言えるのは、第一回の優勝馬が、アメリカの歴史的名馬シガーであったからだとも言える。

 シガーは完全な晩成馬(※3)で、種牡馬需要としては微妙にマッチングしていなかった。

 だからこそこのレースに出て、圧勝してブランドを高めたのだが。


 サウジカップへの挑戦は、ソウルハンターのオーナーも色気を出していた。

 しかし結局断念したのは、個人馬主ゆえの遠征のノウハウの不足、ということも言える。

 対してアシュレイリンクは移籍の話が出た時点から、海外遠征は考えていた。

 この時期のGⅠとしては珍しいフェブラリーS。

 アシュレイリンクの出走により、馬券の売り上げは去年より、70%もアップしたという。

 もちろんアシュレイリンクの存在だけが、売り上げにつながっているわけでもないだろうが。


 ドバイからの招待状。

 いまだ歴史の重みは不充分かもしれないが、レースレーティングとしてはダートの世界交流戦としてはトップ2の中の一つ。

 少し皮肉なのは、実は同じドバイでも、シーマクラシックの方が評価は高くなることが多いということ。

 これは芝2400の条件に、ジャパンカップで好成績を残す日本馬が、出走するからである。

 その2000mのダートに、アシュレイリンクは招待されることとなった。




 日程を計算していかないといけない。

 今回はアシュレイリンクに、ヴァリアントロアも参戦する。

 ドバイワールドカップに、ドバイターフ。

 ダート2000mと、芝1800mの競走である。

 なお日本馬は他に、マジックマイスターとボーンクラッシャーがシーマクラシックに。

 そしてフォーリアナイトがターフに参戦予定である。


 日本における歴史的シルバーコレクターとも言えるフォーリアナイト。

 かなりネタキャラとなっているが、実のところ負けた相手は、本当に強い馬ばかりなのだ。

 一つはGⅠも勝っているのだし、間違いなく名馬である。

 ただ優姫としては、ヴァリアントロアに対抗してくるなら、むしろありがたい相手だとも思っていた。


 シュガーホワイト、モーダショー、ヴァリアントロアなどで、フォーリアナイトとは戦ってきた。

 2着になったGⅠレースは、なんと七回。

 大阪杯を勝っているので、そこはどうにか能力の証明にはなっている。

 勝ちきれないことが多いのは、完全に気性の問題だ。 

 ゴールにタイミングを合わせて、追い出しをしていかないといけない。

 そうでないと先頭に立つと、すぐにソラを使ってしまうからだ。


 キレのある脚を持っているのに、並んだら勝負根性も発揮する。

 これはサンデーサイレンス系の特徴。

 多くの子孫がこの、キレと勝負根性を持っている。

 もちろん例外もいて、そのくせ強かったりもするが。

 ヴァリアントロアはサンデーサイレンスの中でも特に、特徴的なステイゴールド系。

 ただフォーリアナイトもサイアーライン以外から、普通にサンデーサイレンスを持っている。

 今の日本馬には、ほぼ標準装備なのだ。


 三月は日本では、クラシック前の重要な時期。

 だが優姫のお手馬は、トライアルに勝たなくても、牡馬のクラシックには出られる。

 問題は牝馬の方で、これはトライアルに賭けなければいけない。

 しかしドバイにて、馬の調整などに乗る必要がある。

 優姫は馬の世話についても、その確認のレベルが極めて高い。

 そのため自分でやってしまう、というのは効率的には、やや弱点になっているのも確かであった。


 ※1 ホクトベガ

 芝のGⅠも勝っているが、ダート転向した後に完全に覚醒した牝馬である。

 1997年のドバイワールドカップ(当時はナド・アルシバ競馬場)でレース中に転倒し予後不良となった。


 ※2 馬券の発売がない

 イスラム圏の宗教的背景(賭博の禁止)により馬券はなく、スポーツとしての側面が強い。

 ただ「勝ち馬予想クイズ」などのイベントがあり、 的中者に賞金や高級車、豪華な賞品が贈られる無料の懸賞が行われることがある。これらは賭け金を払わないため、宗教上の「賭博」にはあたらないという解釈されている。

 また日本からは普通に日本馬が出走する該当レースの馬券は買える。

 今年のドバイは例外中の例外。


 ※3 シガー

 シガーが本格化したのは4歳後半から5歳にかけてで、16連勝の開始は4歳10月からである。

 なお後にシガーは無精子症(精子の形状に異常があり、どの精子も全く動かなかったという)であることが判明し、1頭の産駒も残さず種牡馬を引退した。

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