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プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
六章 地方から来た怪物

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第100話 夜明け前

 朝日杯とホープフルS、両方に優姫は乗鞍がある。

 そして有馬記念にしても、ヴァリアントロアが無理だとしたら、他に騎乗馬が見つけられる。

 しかしそれにも限度がある。

 また簡単に乗り替わりが出来そうな馬がいたとする。

 それで有馬記念に勝てるはずもない。

(ロアがダメなら仕方ない)

 優姫はそう決めているし、そして無理にヴァリアントロアを使うことも許さない。


 背中を許すのは優姫だけ。

 いまだにヴァリアントロアは、そんな暴れん坊である。

 いくら振り落としても、他は乗せることすらない。

 ツンデレ扱いされるのも、仕方のないことであろう。

 ウマ娘実装が待たれる。


 ヴァリアントロアの回復は心配であるが、優姫の目の前には騎乗馬がいる。

 ホープフルSに出走する、ここまで3戦3勝のアイアムヒーロー。

 鳴神厩舎には珍しい、かなりの良血馬である。

 新馬から1勝クラスと連勝し、初挑戦の重賞でも1着。

 来年のクラシックの、主役候補の1頭と言われている。

 優姫としても期待していて、さらに気性難はないのが珍しい。


 しかしネバークライ産駒には、よくあることではあるのだが、本質は晩成馬なのである。

 早生まれであり、育成をしっかりとやったため、2歳から始動している。

 だが本当なら、3歳の秋あたりから強くなるだろう。

 そう思っている優姫は、ダービーには届かないかな、と判断しているのだ。

 大手の馬主が新しく入れた馬なので、ネガティブなことは言えないが。


「ヒロ君、君は4歳で無双しようね」

 そう言われても、理解のしようのないアイアムヒーローである。

 そしてもう一頭、短い距離の有力馬がいる。

(本来のスプラッシュヒット産駒は、こういうもののはず)

 ここまで2戦2勝のメイコウアサヒ。

 スプリント戦を楽勝し、200m伸ばした距離も楽勝している。

「アサヒは、まあNHKマイルC頑張ろうか」

「今日も色々話しかけてるな」

 そう突っ込む千草だが、今年は重賞クラスが2頭もいて、ご機嫌なのである。


 使いべりしないモーダショー。

 史上最強クラスの実績を残しているヴァリアントロア。

「牝馬が足りない」

「贅沢を言うな」

「ヒロインを追加してテコ入れしたい」

「ヒロイン言うな」

 優姫の要求は、なかなか通るものではない。


 ともあれメイコウアサヒは、メイコウの光島オーナーの馬である。

 スプラッシュヒット産駒なので珍しく良血なのだが、体格が小さかった。

 しかし引き受けて走らせてみれば、スタートからのダッシュ力に優れている。

 本当に、本来はこれがスプラッシュヒット産駒なのだ。

 モーダショーが例外なのである。




 アイアムヒーローは年末のホープフルSへ。

 メイコウアサヒは朝日杯へ。

 距離的に使い分けが出来るのが、千草としては嬉しい。

 両方の主戦である、優姫はさらに嬉しい。

「アサヒはパワーがあるし、ダートも行けるかも」

「でも小さいからなあ」

 日本のダートは特に、パワー重視のため大型馬が有利だ。

 もちろん例外はいくらでもあるが。


 まずは朝日杯のため、調整ルームへ入る。

 関西での開催のため、ここは何も問題がない。

「天海~、ヴァリアントロアどうなんや?」

 こうやって情報収集のため、絡んでくる先輩ジョッキーはいるが。

「ぎりぎりまで様子見」

「さよか」

 別に隠すようなことでもない。


 ヴァリアントロアは京成杯でこそ、初めての距離のため敗北した。

 だがそこからはGⅠを4連勝している。

 しかも秋天とジャパンカップでは、古馬の強豪を撃破。

 明らかに最強馬として、今もファン投票は1位のままである。

 そしてそれに続くのが、アシュレイリンク。

 秋の二戦で古馬とは格付けがついた、と考える人間が多いのだろう。

 その中で同じ3歳ながら、肉薄したのがアシュレイリンクなので、地方馬がファン投票2位となっている。


 他にも理由はある。

 有力馬の多くが、秋天とジャパンカップの二戦を、二つとも使っているからだ。

 近年は秋天とジャパンカップ、もしくは秋天と有馬を制する馬はいても、やはり秋の三冠制覇は少ない。

 どうしてもレースの強度が、厳しいものであるからだ。

 その点ではアシュレイリンクは、比較的体力が温存されていると思われている。


 あとはやはり、オグリキャップだ。

 地方所属のまま、モーダショーを破り、ダート三冠を阻止し、ジャパンカップでようやく敗北した。

 かなり違う部分もあるのだが、この下剋上要素にオグリキャップを重ねる、オールドファンがものすごく多いのだ。

 しかも実力もちゃんとある。

 地方のダートの小回りを走ってきたため、有馬記念の中山の小回りも、有利ではないのかという思惑である。


 もっとも不安要素もある。

 それはジョッキーが、一年目の新人ということだ。

 残念ながら天音が、17歳でGⅠジョッキーになる、という伝説は作れなかった。

 地方の養成センター出身で、一年目からとんでもない馬に乗るという、偶然と幸運がなければ、それは不可能であったのだ。

 12月の有馬記念の直前に、18歳になってしまう。

 もちろんまだ、GⅠの最年少記録は、破る可能性は残されているが。

 GⅠ級勝利だと、既にJpnⅠを勝ったので、間違いなく記録にはなっている。




 有馬記念を前に、少し浮ついた空気が、調整ルームにさえあった。

 もっともこれを浮つくというのは、ちょっと違うのかもしれない。

 ジャパンカップで最強馬決定戦は終わった。

 だからあとは来年の主役を見る2歳戦と、最大のお祭りである有馬記念があるのみだ。

 もちろんダートの東京大賞典などもあるが。


 今年の競馬も終わるな、という感覚。

 正確には今年ももう終わるな、というものなのであろう。

 ホースマンは番組表で季節を感じる。

 有馬記念で年末。

 東京大賞典で年越し。

 金杯で正月といった具合である。


 今週と来週で、今年のJRAの開催も終わる。

 もっとも優姫はソウルハンターで、東京大賞典にも出走予定だが。

 秋古馬三冠の達成なるか。

 世間の注目は、そこに集まっている。

 だがさらに大きな範囲であれば、優姫の成績の方が脅威的であろう。

 リーディングジョッキーだけではなく、勝率と賞金。

 騎手大賞(※1)がほぼ確実になっているからだ。

 またMVJ(※2)も間違いないであろう。


 今年は海外での初GⅠ制覇も成し遂げた。

 初挑戦で初勝利という、海外でも勝てるという評価を得たのだ。

 香港では負けたが、それでも僅差の2着。

 天才と言っても全く過剰ではない。

 ただここまでの成績を残せるのは、才能や能力だけが理由ではないが。


 そして朝日杯のこの週も、勝ち鞍を増やしていった。

 優姫はこの二年、2歳GⅠを勝っている。

 先週こそ香港のため、牝馬には乗れなかった。

 だが今日の朝日杯は、2戦2勝のスプラッシュヒット産駒での参戦。

 能力的にはそこまで、突出しているということはない。

 だが馬券は1番人気である。


 強い馬だから人気になる、というのとはちょっと違う。

 とりあえず優姫だから買っておけ、という理屈になってきている。

 少なくとも優姫は、GⅠでの複勝圏に持ってくる確率が、極めて高い。

 一つでも上の着につけるという能力。

 負けるにしてもどの馬も、最後にもう一伸びするのだ。


 ただ今日はそう上手くはいかなかった。

 内枠から早めに先頭に立つ、という展開。

 これは先行したというよりは、押し出された形であろうか。

 だがメイコウアサヒはここから、最後まで脚を残すというタイプでもある。

 しかしゴール直前で、かわされてしまった。

(う~ん、ペース配分失敗したかな)

 マイルまでは普通に走れる、と思っていた。

 実際にタイムも悪くはなかったが、タイムが絶対というわけでもないのだ。




 基本的に馬は、全てがスプリンターで、同時にステイヤーでもある。

 人間の単距離と長距離、というものほどの差はない。

 だが優姫の感覚としては、マイラーが2400まで走ることはあっても、スプリンターはちょっと別である。

 筋肉の塊で、スタートからダッシュして、最後まで息を入れない。

 マイラーはどこかで、わずかだが息が入るのだ。


 距離延長、というのはある程度可能であり、ずっと挑戦されてきた。

 だが距離短縮、というのは比較的珍しいことである。

 2着に入ったので、これで賞金は加算されている。 

 しかしヴァリアントロアと違って、明確なマイラー。

 オーナーもずっと、クラシックを勝てそうな血統を買っていたのに、これは不思議なものである。

 おそらくはモーダショーが、長距離を勝ってしまったせいだろう。


 ままならないものである。

 競馬とはそういうものなのであろうが。

 絶対はないのだ。

 もちろん過去には、生涯無敗の名馬など、それなりにいるものであるが。

 日本にも11戦11勝や、10戦10勝という名馬はいた。

 あるいは3着以下に落ちたことがない、という名馬もいたものだ。


 ここから優姫はすぐ、関東へ向かう。

 ヴァリアントロアはもう、美浦の厩舎に移動している。

 水曜日の追い切りを見て、最終確認をするのだ。

 木曜日までには出走するか否か、決めておかなければいけない。

 こんなことならモーダショーを持ってきた方が、いざという時に乗れたのであろうか。

 優姫としてはモーダショーは、去年こそ有馬記念で3着になったが、中山では特に勝ちきれない馬だと思っていたが。


 外厩に預けていた間も、厩務員の北川は、完全につきっきりであった。

 馬を愛してしまう人間は、だいたいこんなことをする。

「一応もう、歩く分には全然問題ないんやけど」

 それはジャパンカップの終了してから、一週間後には分かっていたことだ。

「乗ってみないとね」

 千草の言葉に頷き、優姫はコースに出る。


 念のために、ダートコースを走らせる。

 脚元のクッションもあるし、スピードも出すぎないからだ。

 軽くマイルを走って、最後の1ハロンだけを追う。

 その手ごたえ次第で、優姫が判断する。 

 千草はその判断を尊重するだけだ。


 相変わらずの、力強い踏み込み。

 これならば大丈夫か、と優姫はムチで合図をする。

 暴君ではあるが、基本的には頭もいい。

 ヴァリアントロアは、しっかりと反応していた。




 手元の時計では、満足のいくタイムが出ている。

 戻ってきた優姫から手綱を預かり、北川がクールダウンのために歩いていく。

「で、どうだった?」

 期待を込めた千草に、優姫は首を横に振る。

「無理。少し気にしてた」

「そうか~……」

 優姫としても有馬記念でなければ、OKを出したかもしれない。


 有馬記念はコーナーが六つもある、小回りのレースである。

 ヴァリアントロアが故障したのは右の前肢の蹄。

 一番負荷のかかりやすいところなのだ。

「府中の1600なら、走り切れたかもしれないけど」

 それも相手関係による。

「リンクとガチで勝負するなら、さすがに準備不足」

「オーナーには頭を下げないとなあ……」

 有馬記念には、やはり馬を出したいはずなのだ。


 去年はモーダショーが参戦した。

 そのためかなり喜ばれたものなのだ。

 ただ今年は春と秋の天皇賞、クラシックにジャパンカップと、ものすごくいいところをとにかく勝っている。

 メルボルンカップなどは、海外GⅠであった。

 これだけ勝っていても、全体としてはオーナーのランキングで、トップにはならない。

 やはりクラブ馬の、数の暴力に勝てないのが、日本の賞金体系であるのだ。


 JRAには電話一本であるが、オーナーにはやはり直接会う必要があるだろう。

 それと共にヴァリアントロアは、またSBCファームへ移動。

 プールなどを中心に、運動能力を落とさない、トレーニングをさせなければいけない。

「来年のドバイターフあたりか、国内の大阪杯狙いかな」

 千草はそう言っていたが、優姫には不安があった。

 一度骨折などをした馬は、治癒しても全力で走れなくなることがある。

 もちろん併せ馬をしたら、勝負根性で限界まで走ってくることもあるのだが。


 馬というのは基本的に、知能が高い生物だ。

 そのため過去の失敗経験から、失敗をしないようにすることもある。

 今回の場合は、全力を出したことにより、蹄が割れたというもの。

 ならば全力で走らなければ、その痛みがまた訪れることはない。

「それは確かに」

 千草も苦い顔をする。


 しかし希望はある。

 あのジャパンカップ、ヴァリアントロアよりも先に、優姫が諦めた。

 それでも自分から、勝ちにいったのだ。

 また蹄の故障は、まだしも復帰がありうることが多い。

 これは時間の経過によって、しっかりと蹄の修復を待つべきであろう。


 あとはそれこそ、ダート転向か。

 もしくは海外のレースを使って、気分をリフレッシュさせるのもいい。

「とりあえず一度、生まれ故郷に返すのもいいと思う」

「ああ、それもそうだが……」

 春のレースには、なんとか使いたい。

 調教師としては、当然の望みを千草は持っていた。




 3歳馬による秋古馬三冠達成という快挙。

 それが失われたことは、もちろん失望はあった。

 だが若き覇王が消えた今、次はどの馬が中心となるのか。

 競馬というのは、これだから面白いとも言える。


 天海優姫の騎乗馬がなくなった。

 これもまた、一つの話題ではあった。

 栗東でも美浦でも、優姫はそれなりに調教に乗っている。

 なので有馬記念の人気下位の馬なら、回してくれる可能性はある。

「それをやってもマイナスにしかならない」

 城崎とはそのあたり、ちゃんと話し合っていた。


 有馬記念なのである。

 勝てそうな馬や、上位に来そうな馬は、さすがに有力ジョッキーのお手馬だ。

 また微妙な人気のある馬は、鞍上と込みで人気であったりもする。

 それをわざわざ奪って、どうにか着を拾っていく。

 乗り替わりはジョッキーの宿命であるが、これはさすがに恨みを買う方が大きすぎる。


 前日のホープフルSに乗るため、またヴァリアントロアの参戦が未知数だったため、普通に乗鞍は存在する。

 有馬記念の賞金は、とてつもなく大きなものである。

 だがそれがなくなったからといって、他の馬を適当に乗るわけにはいかない。

 残念ではあるが、ものは考えようである。

 有馬記念で他の馬、特にアシュレイリンクがどう走るか。

 それを客観的に見るのは、悪いことではないだろう。


 ヴァリアントロアの有馬記念回避は、当然ながら大きなニュースになった。

「決着はつかないか……」

 天音としても、厩舎でため息を漏らす。

 アシュレイリンクに、唯一先着した馬。

 有馬記念でのリベンジは、かなり意識していたことなのだ。

「天音、お客さんだぞ」

 そう声をかけたのは、現在の所属厩舎の春田調教師。

 有馬記念に地方馬が出走ということで、ずっと緊張しているのが彼だ。


 また誰か来たのか、と天音はそちらを向く。

「やほやほ、あまねる元気?」

 そこにはなぜか、天海優姫がいた。

「え、なんでここに……」

「有馬記念に勝つために、作戦会議をしよう」

「え……」

 天音にとって優姫は、超えるための絶対的な壁。

 だが同じレースに出ないのであれば、協力も出来るものなのだと、現実で教えられる天音であった。

 ※1 騎手大賞

 JRA賞の騎手部門において、主要3部門をすべて独占した者に贈られる称号。

 選考基準となる3部門は

 最多勝利騎手(年間で最も多くの勝利を挙げた騎手)

 最高勝率騎手(勝利数 ÷ 出走回数が最も高い騎手)

 最多賞金獲得騎手(獲得した賞金の総額が最も多い騎手)


 ※2 MVJ(Most Valuable Jockey)

 こちらも騎手の表彰であるが、上記3部門に「騎乗回数」を加えたポイント制で決まる。

 つまり絶対評価の騎手大賞と違い、こちらは毎年一人は出るものである。

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