2の話【日常から】
少年は考える。
俺は生きてていいのか…?
「…ぁー…あり…ぁー」
遠くから声が聞こえる。
恐怖から逃げようともがく。
駄目だ、考えるな。
考えるな!!
「ありちかぁぁ!!!」
遠くの声は怒声に変わり、現実に引き戻される。
瞼を開くと見慣れた教室。見慣れた現国担任が少年を睨んでいた。
「ぁ…はい!すいません!」
思わず席を立つ少年に続けざまに怒声が浴びせられる。
「有近!有近蒼太!また寝てたぞ!受験にしろ就職にしろ何にしろ大事なこの高校3年の時期に!」
「…すいませんでした」
蒼太は眠っていたわけではなかった。
瞼を閉じ、考えていた。
(眠ってたわけじゃないっつーの…。って言っても本当の事言ったら授業中の居眠りより痛いやつ扱いされるからいいけど…)
「本当に気をつけろよ!何度目だぁ!次やったら先生にも考えがあるからな!…っと、じゃあ今日はここまで」
教員が教室から出る用意をすると、ほぼ同時に鳴る終了を知らせるチャイム。
廊下へ出る教育の背中を見送ると蒼太は深く椅子に座り込んだ。
(たぁー、またやっちまった。いい加減この痛い被害妄想なんとかしないとな)
蒼太はよく自分の価値について考える。誰しもその疑問を持つことはある。しかし彼は物心ついた頃から今に至るまで毎日必ず1度は考えている筋金入りであった。
しかし、その疑問を口に出したら自分が周りからどう見られるか理解するのが幸いにも早かった。蒼太の悩みは誰にも知られることなく、しかし彼の心を日々蝕んでいた。
先ほどまでの恐怖の余韻に浸っている蒼太の元に1人の背の高い男が近寄ってくる。
「ぅはは!馬鹿だろお前!寝るならもっとうまくやれよ!」
「うっせ。あと声でけー」
声も背も大きな男の名は久留米悟史。蒼太とは高校1年からの付き合いだ。高校からの出会いとはいえ、ずっとクラスが一緒で毎日つるんでいればそれなりに仲も良くなった。
「冷たいなおい!まだ寝てるのか!」
軽く蒼太の頭を叩く。この日常に蒼太の心は幾分か救われる。
「うっせ。さ、もう帰るか?」
この日の授業は先程で終わりだった。2人は共に帰り寄り道したり、互いの家へ遊びに行ったりするのが常だった。
「あー、どうすっかー?ゲーセン?ゲーセン行く?」
「飽きたよあそこ。全然新しいの入らないしよー」
肯定とも否定とも分からない唸り声をあげる悟史。そんな2人に声がかかる。
「ねえ」
同時に声の主へ目をやる2人の男。
その目線を受け止める1人の少女。
「ぉ…よぉ、波美ちゃん」
「ん?なに?」
小さな声で答える悟史。蒼太は面倒くさそうに早く話せと言わんばかりの短い返事を返す。
蒼太に悪気はない。ただ悟史がこの少女
、類瀬波美に惚れているのは知っていたので親しげな態度をとるのは気が引けた。
「うわ、冷たいねソータくん。久留米くんとラブラブしてるとこ邪魔されて怒ってる?」
そう言って笑う少女。その笑顔に華を連想した蒼太だったが態度は変わらない。
波美はクラスでも人気がある方だ。端正のとれたアイドル顔負けの容姿と、その人懐っこさに惚れる男子は悟史だけではなかった。蒼太も話しかけられて正直悪い気はしない。
「あほか!俺はノーマルだ!しかもよりによって悟史って!!」
「そーだぜ波美ちゃん!俺は蒼太なんかより女子が好きだ!」
惚れてる少女の誤解を解くために焦り、的外れな返答をする気の小さい大きな男。
「うわ、久留米くん。ちゃら男発言?」
再び笑う波美。明らかに遊んでいる。
「ちが!ちがうって!俺かなり一途だし!そもそも…」
「いいからなんだよ類瀬」
悟史の言い訳を遮り不機嫌な顔をあえて意識して作り本題に入る。すると波美の表情は一気に真剣になる。
3人以外の生徒はいつの間にか教室を出ている。それでも周りに人がいないことを確認してから波美は口を開く。
「ねえ、自分の命の価値って…分かる?」
命の価値。
その言葉は蒼太の心を重く奈落へと突き落とした。
こめかみあたりから嫌な汗が流れるのがよく分かる。
「ぇ…?」
笑顔を作れ!笑い飛ばせ!相手にするな!
自分に何度命じてもうまくいかず情けない声が漏れるのみであった。
「どーしたの波美ちゃん?なんか悩み?俺でよかったら話聞くし、力になるし!」
悟史はなんとか意中の人に良いところを見せようと調子のいい返事をしている。
蒼太には目の前のその光景が夢のような、ずっと遠くで行われているような気がした。
「だから、悩みとかじゃないの。質問だよ。命の価値、わかる?」
もうやめてくれうんざりだ、この場から離れないとと思う反面動かない体。
蒼太が長年自分に自分で問いかけていた言葉。それが初めて他人から自分へと投げかけられた。
「いのちの…かち…」
やっとそれだけつぶやく。
蒼太は目の前の少女から目が離せなかった。




