第8話 逆襲の『代償』
雨が全身を叩きつける。
丘の上には、濁流の音も、村の悲鳴もほとんど届かない。あるのはただ、剣と杖を構えた二人の男と、俺たちの荒い息遣いだけだった。
「行くぞ、ディア」
「ああ。神官は任せた」
俺とルピンは同時に地を蹴った。
◇
「舐めるなよ、悪魔ども――ッ!」
老練な冒険者――兜の奥から低く響く声とともに、長剣が薙ぎ払われる。
俺はとっさに棍を構えて受けたが、衝撃を殺しきれず後方へ弾かれた。
(重い……! それに、速い……!)
力比べなら負ける気はしない。だが、この男の剣筋には無駄がなかった。踏み込みの角度、体重移動、剣の軌道――まるで何十年も同じ動きを研ぎ澄ませてきたかのような、洗練された"型"がある。
「ハアッ!」
追撃の一閃を、俺は紙一重で躱す。
――と思った瞬間、男の姿がふっと霞んだ。
「なっ――!?」
回避のアクティブスキルだ。踏み込みと同時に一瞬だけ体を"消す"ように見せかけ、俺の意識の外へ回り込む。
「がっ……!」
死角から叩き込まれた一撃が、脇腹を抉った。
勇者スキルによる頑強な肉体でなければ、今ので内臓が潰れていてもおかしくない衝撃だった。
「くっ……!」
俺は歯を食いしばり、なんとか体勢を立て直す。
だが、退くわけにはいかない。ルピンが神官を仕留め、ゲド爺を救い出すまでの時間を、俺が稼ぐしかない。
◇
一方、ルピンは神官へと肉薄していた。
「小癪な――!」
神官の杖から放たれる光弾を、ルピンは巨躯に似合わぬ俊敏さで避け続ける。
「治癒と浄化、そして光の弾丸……面倒な技を持っているものだ!」
「聖なる裁きを受けよ、獣風情がァ!」
神官が展開した光の障壁が、ルピンの棍を弾く。
だが、雨と水浸しの地面のせいで、神官の詠唱には明らかな精彩の欠如があった。足場の悪さが、支援魔術の発動速度を鈍らせている。
「――そこだッ!」
一瞬の隙を見逃さず、ルピンの丸太のような一撃が神官の懐に叩き込まれた。
「ぐ、ぶはっ……!」
神官はまともな受けもできぬまま、地面に叩きつけられ意識を失う。
「よし……! ゲド爺、無事か!」
牢の奥から、老魔導士の弱々しい声が返ってきた。
「お、おお、ルピンか……! よくぞ、来てくれた……」
ルピンは牢の鍵を叩き壊し、ゲドを助け出す。
「頼む、ゲド爺。仲間たちを――!」
「分かっておる、任せろ……!」
ゲドは震える手で印を組み、破壊された蘇生場の代わりに、丘の上に設置された人間側の蘇生術式を強引に起動させた。
『――蘇生の理が、書き換えられた』
対象の同胞たちに、生命の光が戻り始めていく。
◇
その間も、俺は防戦を強いられ続けていた。
「ハアッ! ハアッ!」
もはや棍で受けるだけで精一杯だ。
体中に浅い傷が刻まれ、雨と混じった血が地面を赤く濡らしていく。
(意識が……ちかちかする……)
だが、不思議と倒れなかった。折れかけた骨も、抉れた傷も、勇者スキルがもたらす異常な頑強さが、ギリギリのところで俺を戦場に押し留めている。
「――随分としぶといな、悪魔の分際で」
男が初めて、僅かに息を乱した声を漏らした。
「何度斬っても、何度貫いても崩れん……。何なんだ、貴様は……!」
「さぁな……! だが、俺だって負けるわけにはいかないんだ……!」
俺は震える足に力を込め、棍を構え直す。
その時だった。
蘇生を終えたルピン達が、駆けつけてくる音が聞こえた。
(――今だ)
俺は視界の端で、男の背後に迫るルピンの姿を捉えた。
同時に、男もまた気配に気づき、咄嗟に振り向こうとする。
その一瞬に、俺は迷わず『スリップ』を放った。
「なっ――!?」
男の足が、まるで見えない力に引っ張られたかのように、ぬかるんだ地面で滑る。
体勢を崩したその一瞬に、ルピンの一撃が容赦なく叩き込まれた。
――ドガァッ!!
「が、はッ……!!」
男の体が地面に崩れ落ちる。
「……っ、勝った……のか……」
俺は棍を杖代わりにして、崩れ落ちそうになる体をなんとか支えた。
◇
薄れゆく意識の中、倒れ伏した男――ダキオスは、遠のく視界の隅で確かに感じていた。
(この……足を取られる感覚。ぬかるんだ地面で、急に体勢を崩されるこの感覚……)
いつか、大雨の日にも感じた覚えがある。
崖から、大切なものと共に転落したあの夜と――同じ感覚だ。
(まさか……あの時も……)
繋がりかけた記憶がカタチになる前に、男の意識は完全に闇へと沈んでいった。
◇
「ディア! 大丈夫か……!!」
ルピンが駆け寄り、崩れ落ちる寸前だった俺の体を、大きな腕で受け止めた。
「……ああ。生きてる……。ゲド爺は……?」
「無事だ。仲間たちも、全員蘇った」
「……そうか。良かった……」
安堵と同時に、張り詰めていた気力がぷつりと切れる。視界が急速に霞んでいった。
「おい、しっかりしろ! ……仕方ない、俺が運んでやる」
ルピンは俺の体を軽々と背負い上げると、丘を駆け下り始めた。
「離脱するぞ! 皆、リザードマンの集落へ向かえ――!」
◇
村は既に、原形を留めていなかった。
流された家々の残骸が、濁流の中に浮き沈みしている。
水の中を自在に泳ぎ回るガロスたちが、混乱に乗じて武器や物資、金品を根こそぎ奪い取っていく。
「ハッハッハ! 上物ばかりだな、これは!」
村を守るはずだった戦力は、毒と水と混乱によって、もはや組織的な抵抗を成せる状態ではなかった。
俺はルピンの背で、遠のく意識の中、崩壊していく村の光景をぼんやりと見つめていた。
(――終わった、のか)
七日間かけて練り上げた策は、確かに成功していた。
◇
翌朝。
リザードマンの集落に辿り着いた俺たちを、ガロスと、蘇生を終えたばかりの仲間たちが迎えた。
「ディア……! よかった、目を覚ましたか……!」
治療を受け、なんとか目を開けた俺の周りに、生き返った仲間たちの顔があった。ゴブリンも、コボルトも、ラミアも――誰一人欠けることなく。
「ルピン……ゲド爺も……皆、無事だったんだな……」
「ああ。お前が体を張って時間を稼いでくれたおかげだ」
ルピンが、俺の肩を強く叩いた。
「痛……っ、そこ、傷が……」
「悪い悪い」
ルピンは豪快に笑ったが、その目には確かな安堵の色が滲んでいた。
◇
数日後。
傷もある程度癒えた頃、俺とルピンは集落の入口に立っていた。
「本当に、行くのか」
ガロスが問う。
「ああ。仲間たちのことは頼む」
「任せろ。……達者でな、ディア殿、ルピン殿」
俺たちは仲間たちに見送られながら、集落を後にした。
「――目指すは、北。魔王城のある方角だ」
俺の呟きに、ルピンが隣で頷く。
「お前が追いつきたいと言っていた女のところだったな」
「……うるさいな」
雨上がりの空の下、俺たちは並んで、北へと続く道を歩き始めた。
◆ ◆ ◆
「――ぐ、ぅ……」
薄暗い蘇生場の一室で、ダキオスは呻きながら目を覚ました。
体を起こそうとした瞬間、全身に走る鈍い痛みに顔をしかめる。
「お、目が覚めたか」
隣で治療を受けていた戦友の一人が、安堵したように声をかけてきた。
「お前も起きたか、ダキオス」
「……俺は、確か……」
丘での戦闘の記憶が、断片的に蘇ってくる。悪魔と、獣人と……そして、あの奇妙な"転倒"の感覚。
「村は……仲間たちは……」
「壊滅だ。生き残りはわずかしかいない。悪魔どもは、まんまと爺さんとやらを奪い返して逃げちまった」
「……そうか」
ダキオスは拳を握りしめた。爪が食い込むほどの力で。
(この感覚……間違いない。あの時も、確かに――)
大雨の橋で、息子と共に崖から転落した、あの夜。
(誰かに、足を掬われたのだとしたら……)
「必ず……見つけ出す」
低く、地の底から響くような声だった。
その時、天から一筋の光が差し込み、ダキオスの体を包んだ。
『――貴殿の強き覚悟に、神が応えん』
『――スキル『追跡』を授かりました』
「……これは……」
念じたターゲットの居場所――その方角が、まるで羅針盤のように頭の中に浮かび上がる。
ダキオスは、静かに天井を見上げた。
「待っていろ……悪魔ども。俺は、必ず追いつく」
雨上がりの空の下、消えぬ復讐の炎を胸に、ダキオスは静かに立ち上がった。
◆登場人物一覧(第1〜8話時点)
ディア
種族:インプ→(進化)デーモン
先天性スキル:スリップ(※奪取スキル:勇者)
後天性スキル:仕掛け(罠)、棒術
主人公。事故で勇者を死なせ、そのスキルを奪ってしまった最弱インプ。放置農場と実戦狩りで力をつけた。
リアーナ
種族:ヴァンパイア(真祖)
先天性スキル:予知
後天性スキル:(非公開)
魔王直属の四大守護者の一人。ディアに名を与えた名付け親。現在彼氏募集中。
ルピン
種族:ハイオーク
先天性スキル:怪力、自己回復
後天性スキル:リーダーシップ(継承)、棒術(継承)
異形が集う集落の頭領。義理堅く仲間想い。ディアの相棒として旅に出る。
ガロス
種族:リザードマン
先天性スキル:なし(未公開)
後天性スキル:なし(未公開)
隣接集落の長。水攻め作戦で陽動と略奪を担当。
ゲド
種族:ゴブリンメイジ
先天性スキル:なし(未公開)
後天性スキル:蘇生術
集落唯一の蘇生術師。人間側に拉致されるが救出される。
ダキオス
種族:人間
先天性スキル:回避
後天性スキル:剣術、(祝福)追跡
B級冒険者。実は第1話で息子を死なせた張本人。丘の戦闘でディアたちに敗れ、復讐のため神から『追跡』を授かる。
(勇者の少年・名前未公開)
種族:人間
先天性スキル:勇者(死後ディアへ移動)
後天性スキル:なし
第1話で事故死。ダキオスの息子。世界にただ一つの最強スキル『勇者』の本来の持ち主。




