第72話 創造神と『神格』
「――お主の、覚悟は、受け取った」
創造神の声が、静かに、しかし、確かな重みを込めて、響いた。
『――それほどまでに、守りたい、女ということだな』
「――ああ」
俺は、静かに、しかし、迷いのない声で、答えた。
「――自分が、どうなろうと構わぬほど……。愛しています」
『――そうか……』
創造神は、静かに、そう、呟いた。
『――我は、創造神。……主らの、世界で起こったことは、全て、把握しておる』
『――無論、お主が、産まれてから、現在に至るまで……。全て、理解している』
その言葉に、俺は、静かに、息を呑んだ。
(――全て、知っていた、というのか)
『――そうか、そうか……』
創造神の声には、静かな、しかし、確かな、感慨が滲んでいた。
『――力や、名声より……。女を、選ぶか』
◇
『――リアーナ、オリーブ』
創造神の視線が、静かに、二人へと、向けられた。
『――良い相手を、見つけたな』
『――女神は、我の、娘のような存在。……性根が、腐った奴には、簡単に、渡せぬのでな』
リアーナと、オリーブが、静かに、頭を垂れた。
「――……勿体無きお言葉です」
「――ありがとうございます」
『――しかし』
創造神は、静かに、続けた。
『――てっきり、悪巧みをして、この場を、切り抜けるかと、思うとったが……』
『――面白い、判断をしたものよ』
その言葉に、俺は、静かに、苦笑した。
(――そうか。……試されていたのか)
これまで、幾多の局面を、知略と、策略で、切り抜けてきた自負が、俺には、確かにあった。だが――今回、俺は、その全てを、一度、静かに、脇に置いた。
(――誤魔化しようが、なかったからだ)
大切な二人を、守るためなら。それ以外の、何を差し出そうとも、構わない。その、あまりにも、単純な想いだけが、俺の中に、静かに、確かに、あった。
◇
「――さて」
創造神の声が、静かに、厳かに、響いた。
『――約束は、約束じゃ』
『――そなたの、「名前」と、「全能ノ神」は……。没収じゃ』
――俺は、静かに、目を閉じた。
(――ここまでだ)
それでも、後悔は、なかった。
『――それと、同時に』
創造神の声が、静かに、続いた。
『――「ディア」と、「主神」を、やろう』
「――……は?」
俺は、思わず、間の抜けた声を、漏らした。
『――じゃから』
創造神は、静かに、笑いを、滲ませながら、続けた。
『――わしが、名付け親になり……。さらに、全能ノ神の上位互換の、「主神」を、やろう。……と、言っておる』
「――い、意味が……」
俺は、静かに、混乱を、隠せなかった。
『――なぁに、簡単じゃよ』
創造神は、静かに、続けた。
『――ワシは、忙しい。守ってやりたいが、常に、見ていることは、できぬ』
『――だからこそ、お主が、強くなれば、よい』
『――名付け親は、リアーナじゃが……。ワシの名付けの方が、強くなり、主神を、受け入れられる、器になる』
『――ただし、力は、おいそれと、渡すわけには、いかぬからのう』
『――まぁ、お主の、選択次第だった、というわけじゃ』
「――あ、ありがとう、ございます」
俺は、静かに、深く、頭を下げた。
◇
『――それに』
創造神は、静かに、少し、寂しげに、続けた。
『――エルリックは、力に溺れ、手段を選ばず、愛を、忘れてしもうた』
『――昔は、情熱に溢れた、良い人材、じゃったんじゃがのう』
その声には、単なる、裁定者としての、冷徹さだけではない――どこか、教え子を、案じるような、静かな、哀愁が、滲んでいた。
「――……エルリックは、これから、どうなるのですか」
俺は、静かに、そう、尋ねた。
『――まぁ、良い』
創造神は、静かに、続けた。
『――エルリックも、主神と、女神二人を相手に……。戦いを挑むことも、なかろう』
『――エルリックは、しばらく、ワシの元で……。性根を、鍛え直しじゃな』
――それは、消滅でも、追放でもない。だが、確かな、罰であり――そして、僅かながらの、更生の機会でもあった。
◇
『――さて、では、いくぞ!』
創造神の声と共に――俺の全身に、途方もない、力の奔流が、静かに、しかし、確かに、流れ込んできた。
『――スキル『全能ノ神』を、返上します』
『――称号『ディア』を、返上します』
――一瞬、体の芯から、何かが、静かに、抜け落ちていく感覚があった。名前も、力も、これまで、確かに、自分自身を形作ってきたものが、静かに、消えていく。
だが、それも、束の間だった。
『――創造神より、新たな名――『ディア』を、授かりました』
淡い、しかし、途方もない神々しさを纏う光が、静かに、俺の全身を、包み込んでいく。骨が、軋み、肉が、燃えるように、作り変えられていく。かつて、インプから、デーモンへと進化した、あの日の感覚が――今、比較にならぬほどの、圧倒的なスケールで、俺の体を、貫いていた。
『――スキル『主神』を、取得しました』
「――ぐ、ぅ……!」
俺は、思わず、その場に、片膝をついた。
これまで、感じたことのない、途方もない、力の奔流。全能ノ神が、この世界の理を操る力だったとするならば――主神の力は、その理そのものを、生み出し、書き換える、さらに上位の、力だった。
「――こ、れが……」
俺は、震える声で、そう、呟いた。
『――良い顔をしておるな』
創造神が、静かに、満足げに、笑った。
『――それと』
その声が、静かに、続けた。
『――天界は、今、管理者が、おらぬ』
『――ディアよ、お主の、選択で、こうなったのじゃ。……メンテナンスは、怠るなよ』
「――……はい」
俺は、静かに、しかし、確かな覚悟を込めて、頷いた。
『――では、さらばじゃ』
――その声を、最後に、創造神の気配は、静かに、消えていった。
◇
――こうして、ディアは、主神となり。
そして――天界の、新たな管理者として、その役目を、静かに、担うこととなった。




