最終話 しばしの平穏と『刃』
――数年の月日が、静かに、流れた。
ディアは、リアーナと、オリーブ、二人を、両手に添えながら、多忙な日々を、過ごしていた。
天界の管理。下界の統治。二つの世界を跨ぐ、責務は、決して、軽いものではなかった。だが――その傍らには、いつも、かけがえのない、温もりがあった。
リアーナと、オリーブ、それぞれの腕には――小さな、確かな命が、抱かれていた。
リアーナの子には、『魔王』のスキルが。
オリーブの子には、『勇者』のスキルが。
かつて、一人の男の中で、偶然にも、共に宿り、融合したはずの、二つの、対極の力。それが、今、それぞれ、新たな、小さな生命へと、静かに、受け継がれていた。
「――なんだか、不思議ね」
リアーナが、静かに、我が子を、あやしながら、微笑んだ。
「――あなたが、繋いだ、二つの力が……。また、別々の、道を歩む」
「――ああ」
ディアは、静かに、その光景を、愛おしげに、見つめていた。
◇
下界では――ディアは、神として、崇められる存在となっていた。
その信仰は、いつしか、『ディア教』という、一つの宗教にまで、広がっていた。
彼は、まず、これまで、世界を、静かに、蝕み続けてきた仕組み――神による、生死の循環を利用した、"レベリング"の仕組みを、完全に、撤廃した。
そして――魔族、人族、亜人。三種族から、それぞれの代表者を選び、互いに、話し合う場を、設けた。力ではなく、言葉で、物事を解決する仕組み。
裁判所、競技場、共同農業、インフラの開通。
たった、数年という、短い歳月で、それら全てが、着実に、整えられていった。
ダンジョンに巣食っていた、天使たちにも、エリアごとの管理職を設け、暴走を、未然に防ぐ体制が、築かれた。
――神による、平和な世が、こうして、ようやく、形になっていった。
◇
そんな中でも、ディアは、密かな楽しみを、見つけていた。
競技場での――タイマン戦だ。
名を伏せ、姿を変え、主神のスキルを封印し――素の力だけで、戦うことに、彼は、いつしか、夢中になっていた。
競技場のタイトルホルダーは、変わらず、ルピンだった。
大体、決勝の相手は――ディア、その人だった。
タラボーヤの息子や、ゴウロウの息子――ロクロウも、その舞台に、参戦するようになっていた。血気盛んな、力自慢たちが、しのぎを削る、活気ある光景が、そこには、あった。
いい汗を、たっぷりとかいた後、ディアは、天界へと、戻る。
そこには――育児という、また別の、賑やかな日常が、待っていた。
リアーナも、オリーブも、互いに助け合いながら、静かに、しかし、幸せそうに、我が子の成長を、見守り続けていた。
――そんな、穏やかな日々が、確かに、続いていた。
◇
――そして、ある日のことだった。
天界にある、王座の間。
静まり返った、その空間に――ぽたり、ぽたりと、何かが、滴り落ちる、音だけが、響いていた。
王座には――ディアが、座っていた。
いや――座っている、というよりは。
その身を、静かに、王座へと、力なく、預けている、という方が、正しかった。
その胸のあたりには――どこか、見覚えのある、一振りの槍が。
刃が深く突き刺さったその胸から――静かに、血が流れ落ちていた。
何が起きたのか。
誰が、それを成したのか。
その目的は――一体、何だったのか。
――全ては静寂の中に、ただ沈んでいた。
――ここで、ディアの冒険は、その、幕を、閉じたのであった。




