第70話 2人の魂と『枯れぬ花』
魔王城へと帰還した俺は、まず、べべの元を訪れた。
「――べべ、少し、二人だけで、話がしたい」
「――ん? どうした、改まって」
俺は、静かに、周囲に誰もいないことを確認してから、口を開いた。
「――実は……。今、リアーナの姿をしているのは、リアーナ自身じゃない」
「――……なんだと」
べべの表情が、静かに、険しくなった。
俺は、静かに、これまでの経緯――オリーブという、女神の存在。リアーナが、彼女の依り代にされていたこと。そして、オリーブが、今、俺と共にいることを、包み隠さず、語った。
「――……そういうことか」
べべは、静かに、目を閉じた。
「――して、我に、何を、相談したい」
「――お前の、転魂の術のことだ」
俺は、静かに、切り出した。
「――魂と、器は、分離できる。……お前自身が、その、生きた証だろう」
「――ならば、リアーナの魂も、まだ、どこかに、残っているんじゃないか」
べべは、静かに、暫し、考え込んだ。
「――理屈としては……。あり得ぬ話ではない」
「――我が経験した、転魂の術は、あくまで、魂を、丸ごと、別の器へ移すもの。……だが、今回のように、一つの器に、二つの魂が、重なっている状態から、片方だけを、引き剥がす、というのは……」
「――やってみないと、分からぬな」
「――ただ」
べべは、静かに、続けた。
「――魂を、一時的にでも、保持できる、"器"が、必要だ。……人でも、物でも構わぬが、相応の、神秘性を、持つものでなければ、魂そのものが、霧散してしまう」
俺は、静かに、その言葉に、はっとした。
「――待て。……それなら」
俺は、静かに、懐に、手を入れた。
「――持っている」
「――……なに?」
俺は、静かに、その、淡い光を纏う、一輪の花――エターナルフラワーを、取り出した。
「――迷宮エリアで見つけた、この花だ。……『枯れることのない、神秘の花』」
べべは、静かに、その花を、見つめた。
「――……なるほど。これならば、確かに」
べべは、静かに、頷いた。
「――魂の欠片を、一時的に、留め置くには、十分な、神秘性を、持っておるな」
◇
「――だが、我一人の魔力では、心許ない」
べべは、静かに、そう続けた。
「――魂を、繊細に、引き剥がす作業には、膨大な、そして、極めて精密な、魔力の制御が必要になる」
「――なら」
俺は、静かに、一人の顔を、思い浮かべた。
「――マニョンに、頼もう」
◇
俺は、マニョンの元を訪れ、べべに語ったのと、同じ話を、改めて、丁寧に説明した。
「――え……。じゃあ、あのリアーナ、中身、別人だったの……!?」
マニョンは、静かに、目を丸くした。
「――ああ。……オリーブという、女神だ」
俺は、静かに、頷いた。
「――彼女とは、今、俺は……。付き合っている」
「――は、はぁ!?」
マニョンは、思わず、声を上げた。
「――リアーナと、オリーブ、両方って、こと!?」
「――そうだ」
俺は、静かに、しかし、揺るぎない声で、答えた。
「――男に、二言はない。……リアーナを、諦めるつもりも、オリーブを、手放すつもりも、ない」
「――う、うわぁ……。すごいこと、言うね……」
マニョンは、静かに、呆れたように、しかし、どこか、面白そうに、笑った。
「――まあ、いいけど。……ボクは、力を貸すだけだしね」
「――手伝ってくれるか」
「――もちろん。……ボクだって、リアーナのこと、心配だったんだから」
◇
こうして、俺、べべ、マニョンの三人は、静かに、その計画を、練り始めた。
「――魂を引き剥がすためには、まず、リアーナの、"元の身体"に、繋がりを持つものが、必要になる」
べべが、静かに、続けた。
「――器そのものは、今、オリーブが、使っている。……ならば、"本来の、彼女の身体"の、痕跡を、辿るしかあるまい」
俺は、静かに、目を閉じた。
(――リアーナの、本来の身体……)
その時、俺の脳裏に、ふと、あることが、浮かんだ。
「――オリーブに、聞いてみる」
◇
「――私の、人間時代の、痕跡?」
オリーブは、静かに、俺の問いに、首を傾げた。
「――ええ、あるわよ。……私が、死んでから、埋葬された、墓が」
「――中央大陸の、東にある、森の奥深く、だったかしら」
「――随分と、昔のことだから……。今も、残っているかは、分からないけれど」
俺は、静かに、頷いた。
「――行ってみよう」
◇
俺と、オリーブ、そして、べべとマニョンは、静かに、東の森へと、足を踏み入れた。
「――ここ、だわ」
長い時を経て、朽ちかけた、古い墓標が、そこに、静かに、佇んでいた。
苔むした石碑に刻まれた、消えかけた文字。それでも、そこには、確かに、かつて生きていた、一人の女性の名残が、残されていた。
「――ここに、あなたの、遺骨が、眠っているのね」
オリーブは、静かに、その墓を、見つめた。
「――随分と、懐かしい、気分だわ」
俺は、静かに、その場に、跪いた。
「――べべ、マニョン、頼む」
「――うむ」
「――うん」
べべが、静かに、目を閉じ、精霊神マニョンが、静かに、その両手を、墓標へと、翳した。
「――我が、転魂の理を、応用しよう」
べべの声が、静かに、荘厳な響きを帯びた。
「――マニョン、お主の、精霊の力で、この地に眠る、遺骨から……。魂の残滓と、肉体の記憶を、丁寧に、引き寄せてくれ」
「――うん、任せて」
マニョンは、静かに、目を閉じた。
「――あまねく精霊よ……。眠りし者の、魂と、身体を……。今一度、この世界に、呼び起こせ」
――淡い光が、静かに、墓標から、立ち昇り始めた。
「――エターナルフラワー、頼むぞ」
べべが、静かに、俺の手にある、あの花へと、視線を向けた。
俺は、静かに、その花を、掲げた。
「――受け止めてくれ。……リアーナの、魂を」
――淡い光の粒子が、静かに、しかし、確かに、集まり始めた。
それは、まるで、長い、長い眠りから、目覚めようとする、一つの意志のようだった。
俺は、静かに、その光景を、固唾を呑んで、見守り続けた。
(――頼む。……もう一度、会わせてくれ)
◇
――光が、静かに、収束していく。
そして――そこに、現れたのは。
「――ん……。ここ、は……」
ゆっくりと、目を開けた、リアーナの姿だった。
「――リアーナ……!」
俺は、思わず、駆け寄った。
「――ディア……? な、何が……」
リアーナは、静かに、混乱したように、周囲を、見回した。
「――私、確か……。天界で……」
「――大丈夫だ」
俺は、静かに、彼女の手を、取った。
「――もう、心配ない。……お前を、取り戻した」
リアーナは、静かに、俺の顔を、見つめた。その瞳から、堪えきれない涙が、静かに、零れ落ちた。
「――ディア……!」
彼女は、静かに、俺の胸に、飛び込んできた。
◇
――一方、その傍らで。
「――……」
オリーブが、静かに、自らの体を、見下ろしていた。
先ほどまで、リアーナの体を、纏っていたはずの、その存在が――今は、静かに、独立した、一つの、新たな肉体を、得ていた。
「――私……。分離、できたのね」
オリーブは、静かに、自らの手を、見つめた。
「――女神のスキルも……。ちゃんと、感じるわ」
俺は、静かに、二人を、見比べた。
――リアーナには、変わらぬ、彼女自身の力。そして、オリーブにもまた、確かに、女神のスキルが、宿っている。
二柱の、それぞれの、確かな存在。
「――これで、良かったのか」
俺は、静かに、そう、呟いた。
「――ふふ」
リアーナが、静かに、涙を拭いながら、微笑んだ。
「――随分と、面倒な、経緯を、辿ったものね」
「――でも」
彼女は、静かに、オリーブへと、視線を向けた。
「――あなたのおかげで、私は、生きて、こうして、帰ってこられた。……感謝するわ」
「――……こちらこそ」
オリーブは、静かに、頭を下げた。
「――勝手に、身体を、借りてしまって……。ごめんなさい」
「――いいのよ」
リアーナは、静かに、優しく、微笑んだ。
俺は、静かに、二人を、見つめた。
「――男に、二言はない」
俺は、静かに、しかし、確かな決意を込めて、告げた。
「――リアーナも、オリーブも……。俺にとって、どちらも、大切な、存在だ」
「――これから、二人とも、大事にすると誓う」
リアーナと、オリーブは、静かに、顔を見合わせ――どちらからともなく、小さく、笑い合った。
「――仕方ないわね」
「――ふふ、変わった人ね、あなた」
こうして――五十年に及ぶ、長い、長い旅路の果てに。
ディアは、二柱の、愛する者たちと共に、新たな未来へと、歩み始めることとなった。




