第69話 恋と『一撃』
オリーブは、明らかに、動揺していた。
人間として生きていた頃は、ひたすら、正義のために、戦い続けてきた。女神として、神になってからもまた、戦い続ける日々。……恋愛など、これまで、一度たりとも、したことのない、彼女にとって――それは、生まれて、初めての、告白だった。
「――あ、あら」
オリーブは、静かに、しかし、明らかに、動揺を滲ませながら、口を開いた。
「――そ、そんな、安っぽい言葉じゃ……。なびかなくってよ?」
――嘘だった。心臓の鼓動が、これまでにないほど、速く、脈打っていた。
人族にとって、魔族は、敵。討伐の対象であり、これまで、何体も、葬ってきた。それでも――彼女の心が、確かに、傾き始めていたのは、一億年以上、拗らせ続けてきた、恋愛感情が、静かに、爆発した結果だった。
――一方で、ディアは、至って、真面目だった。
なにせ――目の前にいるのは、大好きな、リアーナの姿そのもの。本気の言葉で、愛を伝えることなど、彼にとっては、造作もないことだった。
オリーブは、女神のスキルにより、ある程度、他者の感情を、読み取ることができた。だからこそ――ディアが、心の底から、本気で、そう言っているのだと、はっきりと、分かってしまった。それが、彼女を、より一層、動揺させていた。
――ディアもまた、中身が違うとはいえ、オリーブがエルリックと、睦まじく過ごしているのを、到底、許せなかった。そこには、確かな、嫉妬もあった。そして、本気で、彼女を、自分のものにしたいと、思っていたのだ。
「――あ、あなた、本気で、言っているの?」
「――ああ」
俺は、静かに、頷いた。
「――その姿、ということも、ある。……だが、何より、主神に、利用されている姿は、見たくない。……そう、思ってしまったんだ」
「――そう……」
オリーブは、静かに、目を伏せた。
「――でも、私は、あなたの大切な人を、追い出して……。身体を、乗っ取ったのよ?」
「――そんなもの」
俺は、静かに、しかし、確かに、答えた。
「――後で、どうにかする。……もちろん、お互いが、納得する形でな」
「――で、でも……」
「――でも、じゃない」
俺は、静かに、しかし、はっきりと、言い切った。
「――言い訳は、いいから。……お前の、素直な気持ちは、どうなんだ」
「――わ、悪くはないわ……」
「――素直になれよ」
「――うるさいわね!」
オリーブが、静かに、しかし、頬を染めながら、声を荒げた。
「――私だって、女神の前に……。一人の女、なの!」
「――ちょっと、いいかもって……。思っちゃうじゃない!」
「――やっと、本音に、なったか」
「――わるかったわね……」
オリーブは、静かに、そっぽを向きながら、答えた。
「――拗らせた女は、怖いのよ?」
「――とりあえず」
俺は、静かに、確認するように、続けた。
「――前向きに、考えてくれる、ってことで、いいか」
「――仕方ないわね」
彼女は、静かに、しかし、確かに、頷いた。
「――付き合って、あげるわ」
「――ありがとう」
俺は、静かに、微笑んだ。
「――一旦、魔王城で……。今後のこと、話そう」
「――ふん」
オリーブは、静かに、しかし、満更でもなさそうに、答えた。
「――大事にしなかったら、許さないんだから」
「――それと」
俺は、静かに、一つ、確認を挟んだ。
「――皆は、中身がオリーブということは、知らない」
「――俺が、解決するまで……。リアーナの真似は、できるか」
「――当たり前よ」
オリーブは、静かに、頷いた。
「――リアーナが、生きてた頃の、記憶は、あるのよ。……造作もないわ」
「――ありがとう」
俺は、静かに、その手を、そっと、取った。
「――大切に、持て成すし、大事にすると……。約束しよう」
「――ふふっ」
オリーブは、静かに、微笑んだ。
「――まさか、こんなことになるなんて、の……」
「――何が、起こるか、分からないものね」
――こうして、ディアとオリーブの、戦いは、静かに、終わりを迎えた。
◇
――問題は、モーチだった。
「――くっ……。時間稼ぎも、楽じゃないな」
モーチは、荒い息を吐きながら、静かに、そう呟いた。
「――遊ばれているのが、よく分かる」
「――神に、牙を向けるとは……。愚かな、鳥よ」
エルリックが、静かに、嘲るように、告げた。
「――む? ……牙では、ないな。嘴か」
「――まぁ、良い。……そろそろ、飽きてきたぞ」
「――ぬかせ」
モーチは、静かに、しかし、確かな闘志を込めて、言い返した。
「――まだまだ、じゃ」
(――ディアよ……。まだ、か……)
その、途方もない、疲労の中でも――モーチは、静かに、時を、稼ぎ続けていた。
◇
「――モーチ! 待たせたな!」
オリーブを担いだ、俺が、静かに、その場に、姿を現した。
「――遅いぞ!」
モーチは、静かに、しかし、確かな安堵を滲ませながら、答えた。
「――ほれ、少し、待っておれ」
――モーチは、静かに、その全身の魔力を、一点に、集め始めた。
「――む……。急に……。何を、企んどるな」
エルリックが、静かに、眉をひそめた。
「――しかも、オリーブは……。負けたようだな。……不甲斐ない」
「――今までの借りを」
モーチは、静かに、しかし、確かな覚悟を込めて、告げた。
「――返させて、いただく」
「――いくぞ!」
モーチの声が、静かに、しかし、天地を、震わせるほどの、力を伴って、響き渡った。
「――我が魔力の、全てを……。喰らうがよい!」
「――奥義! 『インデグネージョン』!」
――圧倒的な魔力が、光速で、エルリックを、貫いた。
「――ば、馬鹿な……」
エルリックの顔に、初めて、明確な、驚愕の色が浮かんだ。
「――このような、攻撃を……。下界の者が、できようはず、がない……」
「――我の、反骨心を……。舐めておったな」
モーチは、静かに、しかし、確かな誇りを込めて、告げた。
「――一億年……。貴様に、食らわせることだけを、考えてきた、魔法よ」
「――弱いわけが、なかろう」
「――くっ……。まずいな……」
エルリックは、静かに、後退りした。
「――ここは、一旦、引かせてもらおう。……シュンッ」
――その姿が、静かに、掻き消えていく。
「――ふん」
モーチは、静かに、息を吐いた。
「――その様子では……。しばらく、回復に、時間、かかるじゃろうな」
だが――その言葉と共に、モーチの体が、静かに、光を纏い、次第に、小さく、萎んでいった。
「――モーチ……!」
俺は、思わず、駆け寄った。
そこにいたのは――かつて、卵から生まれたばかりの頃の、あの、幼く、頼りない姿の、モーチだった。
「――案ずるな」
モーチは、静かに、しかし、疲れきった声で、笑った。
「――全ての魔力を、注ぎ込んだ、代償、というだけよ」
「――しばらくは、この姿で、過ごすことに、なりそうじゃがな」
「――とりあえず……。目的は、達成したし」
モーチは、静かに、目を細めながら、続けた。
「――戻るかの」
「――そうだな」
俺は、静かに、頷いた。
「――戻って、作戦会議だ」




