第68話 女神の壁と『心の壁』
オリーブ――否、リアーナの姿を纏う、その女神は、静かに、しかし、絶対的な自信を纏っていた。
女神のスキル。それは、防御、治癒、妨害に特化した、力だった。攻撃は、あくまで、二の次。だが――目の前の男の攻撃を、防ぎきる自信だけは、確かに、彼女の中に、揺るぎなく存在していた。
「――私はね」
オリーブは、静かに、微笑んだ。
「――エルリックと一緒に、創造神を倒すのよ」
「――あんたなんかに、遅れを取るわけ、ないわ」
「――創造神だのなんだのは、知らん」
俺は、静かに、槍を構えながら、答えた。
「――俺は、俺のやりたいように、やらせてもらうぞ」
「――ふふ」
オリーブは、静かに、笑った。
「――まだまだ、若いわね……」
「――いくぞ!」
「――いいわ、来なさい!」
彼女は、静かに、両手を、掲げた。
「――『オートプロテクション』!」
――淡い光の壁が、瞬時に、彼女の周囲を、包み込んだ。
「――私はね」
オリーブは、静かに、その光の内側で、余裕を崩さぬまま、続けた。
「――女神スキルを、授かって、一億年以上、経つの」
「――途中、創造神に負けて、死んじゃったけど」
「――スキルの熟練度なら……。あなたなんて、赤子同然よ」
「――くっ……。硬い……」
俺の一撃は、その光の壁に、まるで、通らなかった。
「――五十年かけて、身体も、馴染んできたし」
彼女は、静かに、微笑みながら、続けた。
「――そろそろ、本気を、出しちゃおうかしらね」
「――くっ……」
俺は、思わず、歯を食いしばった。
「――自分も、強くなった気で、いたが……」
「――これが、神との、戦いか……」
「――あなた、いい線、いってるわよ」
オリーブは、静かに、しかし、どこか、憐れむように、続けた。
「――スキルも、珍しい、神スキルだし」
「――いずれは、エルリックも、超える存在に……。なれたかも、しれないわね」
「――あいにく、俺は」
俺は、静かに、しかし、確かな意志を込めて、答えた。
「――神だのなんだのに、興味なくてな」
「――ただ、お前が、今、喋ってる、その身体に……。用があるんだ」
「――あら、やだ」
オリーブは、静かに、艶やかに、笑った。
「――身体目当て、なのね。……悪い子」
「――うるさい!」
俺は、静かに、しかし、強く、言い返した。
「――待ってろ、リアーナ……。俺は、絶対に、諦めない」
「――そんな、真っ直ぐ、こられると……」
オリーブは、静かに、目を細めた。
「――ぞくぞく、しちゃうわね」
「――一億年前、エルリックより先に、会っていたら……」
「――貴方に、惚れてたかも、しれないわ」
◇
「――はぁ、はぁ……」
俺は、荒い息を吐きながら、なおも、槍を構え続けていた。
「――突破、できない……」
「――残念ね」
オリーブは、静かに、しかし、涼しい顔で、告げた。
「――私は、一歩も、動いてないのだけど……」
「――火力が……」
俺は、静かに、拳を、握りしめた。
「――火力が、足りない……。あのシールドを、突破する、火力が……」
「――そうねぇ……」
彼女は、静かに、微笑んだ。
「――まだまだ、成長の余地は、あるけど……」
「――今じゃ、まだ、無理よ」
「――くっ……」
――攻めきれない、俺は、静かに、思考を、加速させた。
(――今回は、倒すことが、目的じゃない。……連れて帰ることだ)
そして――俺は、思いもよらぬ、行動に出た。
◇
「――オリーブと、言ったか」
俺は、静かに、槍を、僅かに、下げた。
「――お前は、エルリックと、添い遂げるために……。リアーナの身体で、生き返った。……この認識で、合っているか?」
「――そうよ」
オリーブは、静かに、答えた。
「――私は、人間時代……。エルリックと、二人三脚で、当時の主神を倒し、この世界の、神になったわ」
「――だから、私たちは、二人で一人、みたいなものよ」
「――ほう」
俺は、静かに、その反応を、観察しながら、続けた。
「――それは、エルリックも、同じ考えか」
「――何が、言いたいの?」
オリーブの声に、僅かな、警戒の色が、滲んだ。
「――私たちの間に、認識の相違は、ないわ」
「――では、聞くが」
俺は、静かに、しかし、鋭く、問いを重ねた。
「――お前は、エルリックの、なんだ」
「――な……! 仲間よ!」
オリーブの声が、僅かに、上ずった。
「――いずれは、子を成して……。その子が、新たな主神に、なるのよ」
「――一億年も、一緒にいて……。まだ、子が、いないと?」
「――うるさいわ!」
彼女の声に、初めて、明確な、動揺の色が、宿った。
「――神にだって、適切な、距離感があるのよ!」
「――なるほど」
俺は、静かに、その動揺を、見逃さなかった。
「――お前は、利用されている」
「――女神スキルがあるから、近くにいるだけ。……子の話も、彼の野望成就の、ため」
「――そこに、愛は、ない」
「――うそよ!」
オリーブの表情が、初めて、大きく、崩れた。
「――私は、愛され……。あい……」
その声は、途中で、静かに、掠れ、消えていった。
「――どうやら、図星のようだな」
俺は、静かに、しかし、確かな確信を込めて、告げた。
「――愛ではなく……。利害関係の一致だけが……。お前らの、存在価値だ」
「――うっ……」
オリーブは、静かに、言葉を失っていた。
「――だが」
俺は、静かに、その瞳を、真っ直ぐに、見据えた。
「――目の前を、見てみろ」
「――入れ替わったとはいえ……。目の前の女を、一生、愛すると誓った男だぞ……。俺は」
「――だ、だから、なによ……」
オリーブの声は、僅かに、震えていた。
俺は、静かに、一歩、踏み出した。
「――オリーブ」
「――俺の女に、ならないか」




