第63話 天界と『先手』
穴を抜けた先――そこに広がっていたのは、これまで見たことのない、異様な光景だった。
俺は、静かに、辺りを見回した。
「――ここが……。天界か……」
眼下には、空に浮かぶ、いくつもの島々。見たこともない、奇妙な形の植物が、静かに、そよいでいる。慣れない重力の感覚に、俺は、僅かに、体のバランスを崩しそうになりながらも、静かに、その場で、準備運動を始めた。
「――ここが、天界……」
その荘厳さと、異質さに、思わず、言葉を失う。
続々と、小型の転移陣から、仲間たちが、姿を現していく。デルポポ、ルピン、ノノ、メメ。そして――モーチと、マニョンも、静かに、到着した。
俺たちは、静かに、それぞれの作戦を、改めて、確認し合った。
「――俺と、モーチと、マニョンは、目星をつけた城に、潜入する」
俺は、静かに、皆を見渡しながら、告げた。
「――飛行で、はるか上空から、接近し、気づかれぬように、進む。……デルポポは、北の外れにある、門の調査。残りの皆は、ここで、防衛だ」
「――任せて。……門は、バッチリ、調査しとくわ」
デルポポが、静かに、頷いた。
「――あなたこそ、失敗、しないでね」
「――ここの防衛は、任せろ」
ルピンが、静かに、拳を握った。
「――お主が、帰ってくるまで、守り通す」
俺は、静かに、皆の顔を、一人一人、見つめた。
「――もし……。一週間経っても、戻らなかったら」
俺の声は、僅かに、重みを帯びていた。
「――引き上げて、門を、破壊するんだ。……万が一の時のために、覚えておいてくれ」
「――わかった」
その場に、静かな、しかし、確かな緊張が、満ちていった。
◇
天界は、思いのほか、広大な場所ではなかった。西大陸よりも、いくらか小さい、というのが、事前の偵察で得られた、情報だった。
目星をつけた城と、門――それぞれ、方向は違うが、事前の偵察通りであれば、半日ほどで、到着できるはずだった。
準備を整えた俺たち三人は、静かに、宙へと浮かび上がり、雲の遥か上空へと、上昇していった。
◇
「――こんな高くまで、敵も、来ないと思うけど。……油断せず、だね〜」
マニョンが、軽やかに、しかし、油断なく、周囲を見渡しながら、そう呟いた。
「――うむ。……まさか、我らが、天界にいるとは、思うまいよ」
モーチが、静かに、頷いた。
「――早々に、救出ミッションを、クリアしよう」
「――ああ。……二人とも、頼りにしている」
俺は、静かに、二人へと、視線を向けた。
「――任せて」
マニョンが、静かに、しかし、僅かに、瞳を鋭くさせた。
「――もし、アリマンを殺した奴が出てきたら……。ボクの獲物だからね」
「――ふん」
モーチもまた、静かに、その表情を、引き締めた。
「――主神が、出てきたら……。ワシが、相手するぞ。……アルカナの仇を、討ちたいのでな」
「――おいおい」
俺は、思わず、苦笑した。
「――そんな、不吉なこと、言ってると。……現実になるぞ」
「――運次第じゃな」
モーチが、静かに、そう返す。
「――そうだね〜」
マニョンが、静かに、微笑んだ。
「――僕としては、この、溢れる力を、試したいけど……。今は、リアーナの救出、しないとね」
「――そうだ」
俺は、静かに、しかし、確かな決意を込めて、告げた。
「――目的は、救出だ。……戦闘は、最低限で、いくぞ」
「――わかった」
「――よし、じゃあ、出発しようか」
俺たち三人は、静かに、しかし、確かな決意を胸に、移動を開始した。
◇
――その頃、天空城の一室にて。
「――最近、お前の旦那は、よく頑張っておるぞ」
主神エルリックは、満足げに、そう話し始めた。
「――ダンジョンを、何個も、何周もして……。かなりの、奉納をしてくれとる。おかげで、我のレベリングも、捗るというものよ」
「――あなた様の、糧になること、光栄ですわね」
隣に座る、リアーナが、うすら笑いを浮かべながら、静かに、そう答えた。
「――それに、あの男は、元夫です。……過去のことを、言わないでくださいな」
「――そうだな」
エルリックは、静かに、続けた。
「――我の格が、上がれば……。更に、多くの世界を、管理することが、できる。さすれば、いずれ、創造神へと、昇格し……。神界のトップに、立てるであろう」
「――そうですわね」
リアーナは、静かに、しかし、その表情に、僅かな、読み取れぬ翳りを、滲ませながら、答えた。
「――その時には、あなた様との、子を成し……。育て、次の神へと、引き継いでいく。……それが、あなた様の、望みでしたわね」
「――そうだ。……神格は、一日にして成らず」
エルリックの声には、途方もない、歳月をかけた、野心が、静かに、滲んでいた。
「――長い年月と、世代交代を重ねることで……。自らの限界を、超えていくのだ。……そのためには、お主に目覚めた、女神のスキルが、必要」
「――早く、その時が来るのが、待ち遠しいぞ」
「――ふふふ」
リアーナは、静かに、微笑んだ。
「――私が、来てから、五十年……。まだまだ、かかりそうね」
「――なぁに」
エルリックは、静かに、笑った。
「――お主の、元夫が……。頑張ってくれよう」
◇
――そんな会話が、交わされているとは、露知らず。
ディアは、愛する女を、奪還するために、静かに、しかし、確かに、燃えていた。
飛行を駆使し、半日ほどが経過した頃――俺たちの視界に、巨大な城――「ゴッドナイトキャッスル」の姿が、静かに、映り込んできた。
「――いよいよ、か……」
俺は、静かに、そう呟いた。
そして、後に続く二人を、静かに、制し――改めて、作戦の相談を、始めた。
「――すまん……」
俺は、静かに、額に手を当てながら、深く、息を吐いた。
「――想定の、十倍は、でかいな。……これでは、この建物のどこにいるか、分からん」
「――しかも、潜伏中に見つかる可能性を、考えると……。戦闘は、最大化しそうだな」
その現実に、俺は、静かに、ため息をついた。
――すると、マニョンが、けろっとした顔で、とんでもないことを、口にした。
「――じゃあさ〜。もう、燃やしちゃおうよ」
「――僕と、モーチで、暴れてる間に……。使い魔と、隠蔽と、気配遮断を使った、ディアが、サクッと」
「――また、とんでもないことを、言う……」
俺は、思わず、そう呟いたが――同時に、その発想の、理に適った合理性に、静かに、気づかされた。
「――だが、理には、かなってはいるな」
俺は、静かに、頷いた。
「――いちいち、追っ手を気にしながら、探すのでは……。探しきれないだろう」
「――うむ。よし、やってみるか」
「――そうこなくっちゃ〜♪」
マニョンが、無邪気に、しかし、確かな高揚を滲ませながら、笑った。
「――やれやれ」
モーチが、静かに、しかし、どこか、呆れたように、呟いた。
「――結局、力押しではないか。……まあ、嫌いじゃないぞ」
3人は――呆れるほどに、揃いも揃って、脳筋であった。
◇
「――それじゃあ〜」
マニョンが、静かに、しかし、確かな意志を込めて、口を開いた。
「――リアーナがいなそうな、気配のところに、打ち込むね♪」
「――楽しくなってきた〜」
その、あまりにも無邪気な笑顔の裏に、一体、どれほどの、残虐性が、秘められているというのか。
――否。初見で、マニョンという存在を、真に理解することなど、到底、不可能なのだろうな。
俺は、静かに、そう、諦めにも似た思いを抱きながら、数百の使い魔を、静かに、召喚し――準備を、整えた。
「――いくよ……。精霊魔法の奥義……」
マニョンが、静かに、両手を、天へと掲げた。
「――『フェアリーレイ』」
――とてつもない魔力が、静かに、しかし、確かに、湧き上がっていく。
天空城の、遥か上空に、眩い、光の玉が、形成された。
そこから先は――一瞬だった。
光の速さで、広範囲に、全てを撃ち抜く――光の銃弾の、雨。
それは、まさに、広域戦略魔法であり――マニョンの、精霊神としての、膨大な魔力と相まって、最高の、先手を、俺たちにもたらした。
◇
「――な、なんじゃ……!」
いきなりの、爆発音に、エルリックが、静かに、しかし、鋭く、臨戦態勢を取った。
「――主よ! 襲撃されました!」
腹心である、ダリウスが、颯爽と、報告に駆けつける。
「――なぜじゃ。門は、まだ、閉まっておろう」
エルリックは、静かに、眉をひそめた。
「――誰が、この城を、攻撃しておる。……もしや、隣の世界からの、侵略か?」
「――いえ……」
ダリウスは、静かに、しかし、緊張を滲ませながら、報告を続けた。
「――どこからともなく、現れた、人界の奴らからの、攻撃です。……敵は、少数の模様。迎撃に、参ります」
「――うむ。頼むぞ」
◇
――ディアは、早速、その隙をついて、城内へと、潜入した。
すぐさま、使い魔を解き放ち、隠蔽と、気配遮断のスキルを、静かに、纏う。
「――す、すげぇ、威力だな……」
俺は、思わず、そう漏らした。
「――俺も、あれは、直撃したら、やばいかもしれない」
精霊神の力で、大幅に強化された、マニョンの魔法に、その場の誰もが、静かに、困惑の色を浮かべていた。
「――まだまだ、いけるよ〜」
マニョンは、そう言って、余裕そうな顔を、見せていた。
だが――派手な陽動は、ここまでだった。
早速、城から出てきた天使や、腹心のダリウスと、俺たちは、正面から、接敵することとなった。
「――お主ら……。タダでは、おかんぞ……」
怒りに燃える、ダリウスの姿があった。
先手を許したこと。それは、彼にとって、何年もかけて積み上げてきた、主神からの信頼を、揺るがす、屈辱だった。ダリウスは、その悔しさと、悲しさを、行き場のない感情として、抱えていた。そして、それを、目の前の敵にぶつけることでしか、自らの気持ちに、整理をつける術を、知らなかったのだ。
「――人攫いが、よく言うよ」
マニョンが、静かに、しかし、冷たく、言い放った。
「――悪いけど、僕、怒ってるからね。……早く、リアーナ、返してもらわないと。……こっちだって、困るんだから」
――こうして、天界における、初めての戦闘が、静かに、しかし、確かに、幕を開けた。




