第6話 破滅の果てと『逆襲』
鐘の音が、悲鳴のように鳴り響いていた。
「全員、武器を取れ! 子供と年寄りは奥の坑道へ避難させろ!!」
ルピンの怒声が飛ぶ。集落の異形たちが、それぞれの得物を手に飛び出してくる。
だが、相手が悪すぎた。
松明を掲げ、殺意に満ちた鉄の刃を連ねる冒険者の徒党。その数はゆうに百を超え、しかも先頭には見覚えのある紋章――ルナーラ村を守護する神殿騎士団の紋章まで混ざっている。
「化け物どもが、人間の肉を喰らって取引していただと……! 万死に値する!」
「一匹たりとも逃すな、根絶やしにしろ!!」
俺の街道狩りが、想像以上に人間側の逆鱗に触れていたらしい。
◇
「――ぐああっ!!」
「畜生、数が多すぎる……!」
ゴブリンの兵が斬り伏せられ、コボルトの弓兵が炎の魔術で焼き払われていく。
俺は漆黒の鉄棍を振るい、目の前の剣士を殴り飛ばした。この数ヶ月で磨いた実戦の勘が、確実に敵の急所を捉える。
だが、いくら俺やルピンが個として強くとも、無数の人間が組織立って押し寄せる「軍」には抗いきれない。
「クソが……! 数を活かした波状攻撃、しかも聖職者の支援魔術付きか……!」
ルピンが吐き捨てる。彼の丸太のような一撃が敵兵を薙ぎ払うたびに、その隙を狙って別の部隊が奥へ奥へと侵入していく。
悲鳴が、あちこちで上がった。
俺たちがどれだけ食い止めても、住居は次々と炎に包まれ、逃げ遅れた仲間が容赦なく斬り伏せられていく。
◇
「――蘇生場だ!! 連中、蘇生場を狙っているぞ!!」
誰かの絶叫に、俺は血の気が引いた。
集落の中心にひっそりと祀られていた祠――簡素だが、老魔導士ゲドが長年かけて維持してきた『蘇生場』。この集落唯一の、死者を取り戻すための最後の砦だ。
俺は人混みを掻き分け駆けつけたが、間に合わなかった。
神官装束の男が、聖なる炎の魔術を祠に叩き込んだ瞬間だった。
――バリンッ!!
祠が砕け散る。
「なっ……!」
「これで、貴様らの同胞はもう二度と生き返らん。ただ朽ち果てるのみだ」
神官の男は、汚らわしいものでも見るような目で嗤った。
蘇生場の破壊。それは、この戦いで死んだ仲間たちが、二度と戻らないことを意味していた。
◇
「――ゲドを連れて撤退するぞ!! 貴様らの蘇生術師は、生きたまま人間に利用させてもらう!」
声のした方を見ると、屈強な兵士たちに拘束された老魔導士ゲドが、抵抗虚しく引きずられていくところだった。
「離せ……! この老いぼれをどうする気だ!!」
「決まっている。お前の蘇生の術式、こちらでじっくり解析させてもらうということだ。……ふん、魔族風情が、神聖な蘇生術を独自に扱っていたとはな」
「ゲド爺っ!!」
俺は駆け出そうとしたが、退路を塞ぐように数十の剣士が壁を作った。
「行かせるかよ、悪魔ぁっ!!」
その間にも、ゲドを担いだ部隊は、悠然と森の奥――ルナーラ村の方角へと撤収していく。
◇
夜が明ける頃には、すべてが終わっていた。
燃え落ちた木組みの家々。累々と横たわる、動かなくなった仲間たちの骸。
辛うじて生き残った異形たちが、瓦礫の中で呆然と立ち尽くしていた。
「……クソが……ッ!!」
ルピンが拳を地面に叩きつける。血の滲む拳が震えていた。
「俺の……俺の集落が……行き場のない奴らを、やっと集めてやったってのに……!」
彼は歯を食いしばりながら、燃え尽きた我が家を見つめている。
俺は、何も言えなかった。
街道での過剰な実戦狩り――その代償が、この惨劇を招いたことは分かっていた。
(俺のせいだ。俺が調子に乗って狩り続けたせいで……)
罪悪感に沈みかけた俺の肩を、しかしルピンの大きな手が掴んだ。
「――やめろ、ディア。その目はいけない」
「……ルピン」
「お前のせいだと言うつもりなら、そもそも化け物として生きることを許さない人間たちのせいだ。責任の擦り付け合いをしている暇があったら、頭を働かせろ」
ルピンの瞳には、絶望ではなく、鈍く燃える怒りの光があった。
「――ゲド爺は、まだ生きている。連れていかれたということは、利用価値があるということだ」
「……そうか。生きてさえいれば」
俺の脳裏に、この世界の絶対のルールが過ぎった。
『死後10日以内であれば、蘇生場にて復活可能』
だが、集落の蘇生場は破壊された。倒れた仲間たちを生き返らせる手段は、もはやこの世に一つしか残されていない。
(ルナーラ村には、人間側の蘇生場がある。そこでなら――)
「ルピン。あと何日だ、俺たちの仲間が死んでから」
「……今日でまだ一日目だ」
「なら間に合う。10日以内にゲド爺を奪還して、あの村の蘇生場を使わせれば、死んだ奴らを生き返らせられる」
ルピンが、はっと顔を上げた。
「……本気か、ディア。相手はルナーラ村だぞ。神殿騎士団まで出張ってきていた」
「本気だ。このまま指を咥えて仲間を見捨てるくらいなら、地獄の底までだって攻め込んでやる」
俺は瓦礫の中に転がっていた漆黒の鉄棍を拾い上げ、静かに握り締めた。
勇者の知恵が、冷静に算段を組み立てていく。
人間の火術、神聖魔術による浄化――それらへの耐性を整えなければ、正面から挑んでも同じ轍を踏むだけだ。
残された時間は、10日。
ルピンが、俺の隣に並び立った。
「……いいだろう。俺も付き合ってやる。あいつらに、二度と手を出せば痛い目を見ると分からせてやる」
燃え落ちる集落の残り火を背に、俺たちは静かに、しかし確かな決意を胸に、ルナーラ村の方角を睨みつけた。
最弱のインプから成り上がった悪魔と、行き場を失ったハイオークの頭領。
二人の『逆襲』が、今、静かに幕を開けようとしていた。




