第5話 集落での日常と『影』
ルピンに惨敗した俺は、そのまま彼の集落へと運び込まれ、手厚い看護を受けることになった。
「おい小僧、目が覚めたか。無理に動くなよ」
差し出された木のスープ杯には、温かい肉汁と薬草が煮込まれていた。
見回すと、そこは素朴な木組みの家々が並ぶ集落だった。驚いたことに、住んでいるのはオークだけではない。ゴブリン、コボルト、ラミア……多種多様な魔物たちが、肩を寄せ合うようにして平和に暮らしていたのだ。
「うちはな、どこにも行き場のない異形が集まる集落さ。同じ森に住む者同士、助け合わんとな」
ルピンは豪快に笑う。
粗暴な見た目に反して、彼には強い仲間意識と、弱者を導く統率者としての優しさがあった。
(……甘い考えだ。だが、居心地は悪くない)
この集落には「鑑定士」が存在しない。
そのため、俺が持つ『勇者』という異質すぎるスキルも、一般的なデーモンとはかけ離れた異常なステータスも、誰かに見破られる心配はなかった。
俺はこの集落に腰を落ち着かせ、居候させてもらいながら、壊れた武器や防具を整えることにした。
本格的な武具を手に入れるには、集落の鍛冶師や商人との「物々交換」が必要だ。交換材料として求められるのは、希少な鉱石、効能の高い薬草、そして……手に入りにくい肉類。
「よし……素材狩りついでに、『アレ』をやるとするか」
俺の目的は単なる素材集めではない。
ルピンとの戦いで叩き込まれた敗因――【圧倒的な実戦不足】。それを克服するための「狩り」だ。
◇
それから数ヶ月間、俺はこの集落を拠点にしながら、森や街道へ繰り出す日々を送った。
水車シュレッダーの放置農場からは、今も絶え間なく経験値と熟練度が供給され続けている。だが、今の俺に必要なのは基礎値ではなく「人間や魔物との殺し合いの感覚」だ。
俺は街道に出て、人の通り道で潜伏した。
街道を行く行商人を守る凄腕の護衛剣士。
森に住処を構え、凶暴な連携を見せる悪質な盗賊団。
彼らを標的に選び、正面から、時には急襲して命を奪い合った。
「ぐあぁっ!?」
「な、なんだこのデーモンは……強すっ――」
剣の振りの鋭さ。間合いの切り方。死角からの奇襲に対する身体の反応。
かつて洞窟で一人黙々と作業していた時には絶対に得られなかった「生の戦闘勘」が、殺戮を重ねるごとに加速度的に研ぎ澄まされていく。
戦いの合間には、犠牲者の懐から武器や防具を奪い取った。
さらには、人間どもの「肉」すらも削ぎ落とし、保存食として袋に詰めて集落へ持ち帰った。悪魔となった俺にとって人間の肉は最高の取引材料であり、集落の奴らにとっても貴重なタンパク源だ。
『――実戦の重ね合わせにより、身体制御の精度が大幅に向上しました』
『――対人戦における見切り、殺気の感知が体得されました』
数ヶ月が経つ頃には、俺の肉体は見違えるほど引き締まり、無駄な動きが一切なくなっていた。
単に能力値が高いだけの「器」から、その能力を100%戦いに活かせる「本物の戦士」へと脱皮を遂げたのだ。
思考もまた、より狡猾で合理的になった。
「スキルに頼る」のではなく、「スキルをどのタイミングで差し込めば相手が絶対に防げないか」を思考の軸に据えるようになった。
◇
ある日の夕暮れ。
街道での狩りを終え、袋いっぱいの鉱石や肉を担いで集落へ戻ったときのことだった。
集落の入口で、丸太を削っていたルピンが足を止め、俺をじっと見つめた。
その瞳に、明らかな驚きと感心のの色が走る。
「……ほう。目つきが見違えたな、ディア。この数ヶ月でかなり場数を踏んできたと見える」
「ああ。おかげさまでな。ルピン、そろそろ再戦を――」
俺が漆黒の鉄棍を肩に担ぎ直し、笑みを浮かべた――その時だった。
ゾクッ、と背筋を凍りつかせるような嫌な殺気が、森の奥から漂ってきた。
「……! なんだ、この数は……!?」
ルピンが顔を跳ね上げる。
森の木々をなぎ倒しながら、集落を取り囲むように進軍してくる大群の足音。
重厚な甲冑の擦れる音、松明の火、そして人間たちの血生臭い怒号。
「魔物の集落はここだな!? 最近、この周辺の街道で冒険者や行商人を殺して肉を奪っていた悪魔の拠点は!!」
「一匹残らず駆除しろ! 全軍、突撃――っ!!」
ルナーラ村や周辺の街から集結した、武装した冒険者たちの徒党だった。
彼らの手には、松明と殺意に満ちた鉄の刃が握られている。
俺が集落を拠点にしながら繰り返していた過剰な『実戦レベリング』。
それが裏目に出て足取りを掴まれ、最悪の形でこの平和な集落に災厄を引き寄せた瞬間だった。
「……くそっ……!!」
俺の足元で、集落の鐘が悲鳴のように鳴り響き始めた。




