第59話 彷徨と『発見』
――神々の襲撃から、五十年が経った。
俺は、静かに、その歳月を、噛み締めていた。
リアーナの手掛かりは、未だ、何一つ、見つかっていない。
モーチの元へ、幾度となく足を運んだ。ダンジョンに巣食う、幾多の天使たちにも、片っ端から、問い詰めた。北の遺跡――アオスの、あの封印された扉も、幾度となく調べ尽くした。
だが、天界へと続く、確かな道筋は、どこにも見つからなかった。
「――神と、天使が来た、あの扉から、行けることは、分かっている」
俺は、静かに、幾度となく、そう独りごちた。
「――だが、開け方が、分からない」
その昔、アルカナは、この門を、確かに、開いた。モーチの溜め込んだ、莫大な魔力を、使って。
だが――その、具体的な方法までは、モーチ自身も、覚えてはいなかった。
「――すまぬ、ディア……。我にも、分からぬのだ……」
モーチの、あの、申し訳なさそうな声が、幾度となく、俺の脳裏に、蘇った。
◇
行き詰まった俺は、単身、片っ端から、あらゆるダンジョンを攻略し続けた。
天使という天使から、情報を、絞り出すように、集め続けた。
「――リアーナは、生きているのか……」
その問いに、確かな答えをくれる者は、誰一人、いなかった。
だが――彼女に施した、眷属たちが、未だ、その効力を保っていること。それだけが、俺にとって、唯一の、確かな拠り所だった。
(――生きている。……リアーナは、まだ、生きている)
その一点だけを、俺は、五十年もの間、ただひたすらに、信じ続けてきた。
◇
五十年に及ぶ、絶え間ない鍛錬と、ダンジョン攻略の日々。
俺は、いつしか、『全能ノ神』というスキルを、確かに、使いこなせるようになっていた。
基本的な能力は、無論のこと。これまで積み上げてきた、あらゆるスキルを、自在に、行使できる。
さらには――超常現象、理の破壊、天変地異すらも、意のままに、操れるようになっていた。
――まさに、"神"と呼ぶに、相応しい、力だった。
もっとも、いかにスキルとして存在しようとも、熟練度が伴わなければ、真に使いこなすことはできない。俺は、時に剣を、時に盾を、時に魔法を振るいながら、絶えず、その技を磨き続けてきた。
「――ディア様が、いる限り、他国も、迂闊な真似は、できませんね」
デルポポが、そう評したのも、無理はなかった。俺がその気になれば、一国を、単身で落とすことすら、容易い。
『全能ノ神』の存在そのものは、隠蔽のスキルで、周到に、隠し続けている。
だが――タラボーヤとの、時折の模擬戦を通じて、俺の圧倒的な武力そのものは、いつしか、周辺諸国に、広く知れ渡ってしまっていた。
◇
――だが。
その、途方もない力とは、裏腹に。
俺の心は、静かに、確かに、摩耗し続けていた。
(――何のために、こんなに、強くなったんだろうな)
生きる希望を、見失いかけていた。強さだけが、虚しく、積み上がっていく。心の中心には、いつしか、深い、虚無感が、根を張り始めていた。
「――ディアさん、大丈夫、ですか」
「――ディア、無理、しないでよ」
ノノと、メメが、幾度となく、そう気遣ってくれた。彼女たちの、その優しさは、確かに、俺の支えだった。
だが――どれだけ励まされても、胸に空いた、この深い穴は、決して、塞がることはなかった。
形ばかりの、王としての仕事にも、いつしか、疲れを、覚えるようになっていた。
◇
ある日、俺は、静かに、そう呟いていた。
「――少し……。休もうかな……」
それも、無理からぬことだった。
不眠不休で、走り抜けてきた、五十年。
――かつて、共に過ごした、あの日々の記憶すら、いつしか、少しずつ、薄れ始めていることに、俺自身、気づき始めていた。
そんな、自分自身に、静かな、嫌気が差した。
俺は、静かに、デルポポの元を訪れ、休みを、申し出た。
「――ディア様……」
デルポポは、静かに、しかし、案じるような眼差しで、俺を見つめた。
「――少しだけ、な」
俺は、努めて、平静を装いながら、そう答えた。
◇
その夜、俺は、一人、静かに、天を見上げていた。
「――アリマン……。すまん……」
胸の奥から、堪えきれない、悔しさが、静かに、滲み出た。
「――約束……。守れそうに、ない……」
◇
翌朝――俺は、無意識のうちに、擬態のスキルを使いながら、ルナーラ村へと向けて、静かに、歩き始めていた。
初めて、リアーナと出会った、あの地へと。
その顔には、まるで、今にも、全てを、投げ出してしまいそうな――そんな、悲壮な色が、浮かんでいた。
それでも、俺の足は、止まらなかった。
(――この道……。皆で、魔王国へ向かって、歩いたな……)
道すがら、様々な記憶が、静かに、蘇っていく。
(――辺境伯領も、随分と、復興したな……。あの男の子孫は、今頃、何をしているだろうか……)
そんな、遠い思い出に、静かに、浸りながら、俺は、歩みを進めた。
「――今なら、S級冒険者も、デコピンで、倒せそうだな」
そんな、力ない冗談を、独りごちながら、俺は、苦笑した。
◇
――そして、数十年ぶりに。
俺は、かつて、自らが寝食を共にした、あの洞窟へと、辿り着いた。
「――ここが……」
未だに、健在な、スライム農場。その光景は、当時のまま、変わらず、そこにあった。
――ただ、一箇所を、除いて。
「――な……。なんだ、これは……」
俺は、思わず、目を見開いた。
そこには――拳ほどの、小さな、穴が、静かに、空いていた。
俺は、静かに、その穴へと、近づき、丹念に、調べ始めた。
(――この洞窟では、数十年にわたって、無数の魔物が、命を落とし続けてきた……)
その、途方もない量の"死"の積み重ねが、この世界の理そのものを、静かに、歪めていた。そして、いつしか――異空間へと、繋がる、一つの穴を、生み出していたのだった。
――まさに、理の綻び。この世界の、イレギュラーそのもの。
数千万匹にも及ぶ、スライムの死。
そんなことは、本来、起こり得るはずのない現象だった。だが――かつての、狂気にも似た、あの日の自分の思考そのものが、この、異様な現象を、呼び込んでいたのだ。
「――まさか……。この穴の、先は……」
俺の心臓が、静かに、しかし、確かに、早鐘を打ち始めた。
――そう。この、小さな穴の先は。
天界へと、繋がっていたのだった。




