第57話 王の最期と『全能ノ神』
デルポポは、言葉を失った。
地に横たわる、右半身を失い、虫の息のアリマン。その傍らに、気絶したまま倒れている、ディア。
戦いの爪痕だけが、静かに、その場に、生々しく残されていた。
◇
「――う……。ぐ……」
意識が、朦朧とした、痛みの中で、俺は、ゆっくりと目を開けた。
「――り……。リアーナ……」
まず、口をついて出たのは、その名前だった。
「――デルポポ……、か……」
「――ディア……! 良かった、意識が……!」
デルポポが、驚いたように、俺へと駆け寄った。
「――すまねぇ……」
俺は、震える声で、なんとか、言葉を紡いだ。
「――リアーナが、攫われた……。アリマンも……。みんなを……、たの……む……」
再び、意識が、遠のきそうになる。
「――しっかりしてください! すぐに、魔王城へ、お運びします!」
デルポポは、瞬時に、緊急の転移術式を発動させ、俺たち二人を、魔王城へと運んだ。
◇
だが、アリマンの傷は、あまりにも深すぎた。
「――回復は……、絶望的、です……」
魔王城の医師たちが、悲痛な面持ちで、そう告げた。
治癒魔法も、神聖術も、あらゆる手立てが、無力だった。
――神の理を、直接曲げる技によって、負わされた傷。それは、この世界のいかなる理でも、癒すことの叶わぬ、絶対的な傷だった。
◇
特別室のベッドの上、俺は、ようやく、意識を取り戻していた。
体中には、まだ、鈍い痛みが、残っている。だが、それよりも、はるかに、重い痛みが、胸の内にあった。
「――デルポポよ……」
かすれた声が、隣の寝台から、静かに、聞こえた。
「――ディアを……。ディアを、呼んでくれるか……」
「――アリマン様……!」
俺は、慌てて、その寝台へと、駆け寄った。
そこに横たわるアリマンの姿は、あまりにも、変わり果てていた。かつての、あの、圧倒的な威厳を纏った姿は、既に、そこにはなかった。
「――アリマン……!」
「――ディアよ……」
アリマンは、静かに、しかし、確かな意志を込めて、俺を見つめた。
「――我は……、もう、このまま、朽ちるであろう」
「――そんな……!」
「――神の理を、曲げる技だ。……恐らく、アルカナ様が、やられたものと、同一だろう」
アリマンは、静かに、続けた。
「――さすれば……、我は、もう、助からん」
「――そんなこと……! そんなこと、あるはずが……!」
俺の声は、震えていた。目の奥が、熱くなるのを、必死に、堪えていた。
「――アリマン様が、いなければ……! 魔王国は、どうするのです……! 気を、確かに、持ってください……!」
「――すまないな……」
アリマンは、静かに、微かに、笑みを浮かべた。
「――魔王のスキルが……。『違和感と絶望』を、教えてくれたのだよ……。もう、助からないと、な」
その、あまりにも静かな諦観に、俺は、言葉を失った。
◇
「――よく、聞いてくれ……。ディアよ」
アリマンは、力を振り絞るように、静かに、続けた。
「――リアーナはな……。我が、唯一、家族と呼べる、特別な存在だ」
その言葉に、俺は、静かに、耳を傾けた。
「――お主も……、唯一無二の存在で、あろうが……。我にとっても……、幼少より、共に、暮らしてきた……、家族なのだよ」
俺の脳裏に、これまでの二人の姿が、次々と、蘇った。軽口を叩き合い、時に呆れ、時に、深い信頼を見せていた、あの、二人の姿。
「――あの場で、お主を、残したのも……」
アリマンは、静かに、続けた。
「――神に、争う方法と……、未来への、希望を……、託すためだ」
「――アリマン……」
「――この世界で……、唯一無二の、スキルを持つ、我らが……。世界から、同時に、消えた瞬間……」
その声が、僅かに、震えた。
「――リアーナを戻す可能性はゼロに近くなる‥‥」
俺は、静かに、拳を握りしめた。
「――お主に……」
アリマンは、静かに、しかし、確かな重みを込めて、続けた。
「――リアーナを……、託したい」
「――託されて、くれるか……?」
俺は、一瞬たりとも、迷わなかった。
「――もちろんだ」
俺は、静かに、しかし、揺るぎない決意を込めて、答えた。
「――俺は、何をしてでも……、彼女を、救い出す」
「――それが、神に、逆らう行為だと、しても、な」
アリマンは、静かに、目を細めた。その瞳には、確かな、安堵の色が浮かんでいた。
「――ふむ……。見込み通りだ」
「――リアーナも……、良い番を、見つけてきたものだな」
その、穏やかな笑みに、俺は、堪えきれず、涙が零れそうになった。
◇
「――さて」
アリマンは、静かに、しかし、確かな覚悟を込めて、続けた。
「――もう、時間が、ない」
「――ディアよ……。我には、跡継ぎは、おらぬのでな」
「――お主に……、この力と……、国を……、託したいと、思っている」
「――それを、使って……、どうか……。リアーナを……、頼みたい……」
俺は、静かに、深く、頭を垂れた。
「――わかりました」
俺の声は、震えていたが、その言葉には、確かな覚悟が、宿っていた。
「――謹んで、お受けします」
◇
「――少し前に……、デルポポには……、伝えてある」
アリマンは、静かに、視線を、部屋の隅に立つ、デルポポへと向けた。
「――これからのことは……、頼んだぞ……」
デルポポは、静かに、しかし、深く、頭を垂れた。その瞳には、堪えきれない涙が、静かに、滲んでいた。
「――さぁ」
アリマンは、静かに、俺を見つめた。
「――とどめを、刺すのだ」
「――そして、我が力を……、もらって、くれ……」
「――……わかりました」
俺は、静かに、槍を構えた。
手が、震えていた。かつて、これほどまでに、重い一撃を、振るったことは、なかった。
(――これは、殺すためじゃない)
(――アリマンの、最期の願いを、叶えるための、一撃だ)
「――アリマン……」
俺は、静かに、涙を堪えながら、彼の名を、呼んだ。
「――ありがとう……。俺を……俺を、信じてくれて」
アリマンは、静かに、穏やかに、微笑んだ。
「――こちらこそ……、感謝する……。ディアよ」
「――良い……、我が、国を……、頼んだぞ……」
俺は、静かに、目を閉じ、そして――槍を、振るった。
その日、十三代魔王アリマンは、この世を去った。
神の力により、復活できないと知りながら――彼は、ディアにスキルを渡すため、自ら、死を選んだのだった。
大事な、大事な家族を、託すために。
◇
アリマンが、息を引き取ってから、数時間後。
異変は、すぐに、訪れた。
『――スキル『魔王』を取得しました』
『――スキル『思考加速』を取得しました』
『――スキル『魔ノ頂点』を取得しました』
『――スキル『星魔法』を取得しました』
俺の体の奥底から、これまで感じたことのない、途方もない力が、静かに、しかし確かに、湧き上がってきた。
『――進化条件を満たしました』
『――熟練度、経験値の基準を達成』
『――使役数、一万を突破』
「――な……」
『――種族【グレーターデーモン】から【デーモンロード】への進化が完了しました』
全身が、熱を帯び、骨が、肉が、激しく、作り変えられていく。
だが、それすらも、まだ、序章に過ぎなかった。
『――スキル『勇者』と、スキル『魔王』が、共鳴しています』
「――な……!? これは……!」
体の奥深くで、二つの、本来決して交わることのなかったはずの力が、静かに、しかし、確かに、絡み合い始めた。
『――二つのスキルが、融合しました』
『――スキル『全能ノ神』を取得しました』
「――こ、これは……」
俺は、震える手で、自らの胸を、押さえた。
(――勇者と、魔王……。本来、交わることのない、二つの、頂点が……)
偶然と、そして――運命が、重なり合い、一つとなった。
未だ、かつて、誰も、成し得なかった、その頂へと。
一匹の、名もなきインプが、今、まさに――神の名を冠する、スキルを得て。
魔族の、新たな王となった。




