第56話 届かぬ叫びと『敗北』
「――ふっ。下界の最高戦力も、この程度か」
ダリウスは、嘲笑うかのように、アリマンの一撃を、涼しい顔で躱した。
「――まだだ! 『スターフレア』、トリプルキャスト!」
三条の閃光が、瞬く間に、ダリウスへと殺到する。
「――この程度で、歯向かうとは……。愚かなものよ」
だが、その全ては、静かに掲げられた掌の前に、あっけなく、遮られた。
「――『聖典結界』」
眩い光の壁が、アリマンの必殺技を、いとも容易く、防ぎきってしまった。
「――ここだっ!」
俺は、その隙を突き、背後から、渾身の一撃を、ダリウスへと放った。
槍聖の技が、まさに、鋭く、彼の背を貫かんとする。
「――効かぬな」
だが、その一撃すらも、見えない障壁に、あっさりと、弾かれてしまった。
「――くっ……!」
俺は、思わず、歯を食いしばった。
(――これが、真の力……!)
これまで、幾多の戦いを、乗り越えてきた自負があった。だが、目の前の敵は、あまりにも、格が違いすぎた。
「――次は、こちらから、いくぞ」
ダリウスが、静かに、掌を掲げた。
「――『神罰の雨』」
――刹那、天から、無数の光が、容赦なく、降り注いだ。
「うわぁぁぁぁぁ!」
俺は、辛うじて、その一部を躱すも、体中に、鋭い痛みが、走り抜けた。
「――くっ……! やりよる……!」
アリマンもまた、防御に徹しながら、苦悶の声を漏らしていた。
◇
「――もういいの! 二人とも、やめて!」
不意に、リアーナの叫び声が、戦場に響き渡った。
「――あいつらの狙いは、私なの!」
「――なにっ!? なぜ、リアーナが、狙われなくてはいけない!」
俺は、思わず、大きな声で、そう問い返した。
「――どういうことだ、リアーナ。……説明せよ」
アリマンが、静かに、しかし、鋭く問うた。
リアーナは、震える声で、口を開いた。
「――あいつらの狙いは……。私の中に、新たに宿った、スキル……。『女神』よ……」
「――女神……?」
「――未来の主神が、そう言っていたわ……。このままだと、みんな、理から外れて、死んでしまうの……。だから、お願い、もう……! やめて!」
その悲痛な叫びに、俺の心臓は、激しく、締め付けられた。
「――そんなこと、いきなり言われて、納得できるか!」
俺は、思わず、激昂した。
「――俺は、最後まで、戦うぞ!」
「――ふむ……」
アリマンは、静かに、しかし、冷静に、その状況を、見極めていた。
◇
――その瞬間だった。
鋭い手刀が、俺の首筋を、正確に捉えた。
視界が、一瞬で、暗転する。
「――あ……。ありまん……。なぜ……」
俺は、意識を保つことすら叶わぬまま、その場に、崩れ落ちた。
「――リアーナよ、ディアを、頼むぞ」
アリマンの声が、遠のく意識の中、静かに、聞こえた。
「――アリマン……! あなた……!」
「――我は、十三代魔王、アリマン。……部下が攫われるのを、見過ごすわけには、いかぬのでな」
その声には、揺るぎない、確かな覚悟が、宿っていた。
「――私一人で、抗わせてもらおう」
「――ふん。……無駄死にを」
ダリウスが、静かに、侮蔑を滲ませながら、笑った。
「――よかろう。相手してやろう」
「――リアーナよ、気絶している、ディアと共に、離れておれ」
アリマンの声は、静かに、しかし、何かを、覚悟したかのような、重みを帯びていた。
「――最後の、時になるかもしれんからな」
「――わかったわ……」
リアーナは、静かに、震える声で、そう答えた。
◇
「――では、いくぞ……」
アリマンは、静かに、両手に、途方もない魔力を、練り上げていく。
「――我が奥義……。受けてみよ!」
「――『スターライトホール』!」
――空間そのものが、大きく、歪み始めた。
その歪みに、周囲を取り囲んでいた、多数の天使たちが、次々と、吸い込まれていく。
「――この技に吸い込まれた者は、光届かぬ異界へと送られ、永劫、出ることは叶わぬ、秘技よ」
アリマンの声は、静かに、しかし、確かな威圧感を放っていた。
「――超常の存在とて、同様! 受けてみよ!」
「――くっ……! これは、まずいな……」
さすがのダリウスも、その効果の前に、僅かに、動揺を見せた。
「――エルリック様。……『理の杖』、使わせて、いただきます」
杖が、眩く、輝いた。
――そして、時が、止まった。
◇
――どれほどの間、時が止まっていたのか。それすらも、誰にも、分からなかった。
再び、時が動き出した、その瞬間。
「――ぐぁぁぁぁぁ!」
凄惨な叫びと共に、アリマンの右半身が、無残に、吹き飛んだ。
「――あ……! アリマン……!」
朦朧とした意識の中、俺は、辛うじて、その光景を、目に焼き付けた。
「――だから、もう、やめてって、言ったのよ……。……ばか……」
リアーナが、震える声で、涙ながらに、呟いた。
まだ、息はある。だが、それは、まさに、ぎりぎりの状態だった。
◇
「――あなたの、目的は、私でしょう」
リアーナは、静かに、しかし、確かな覚悟を込めて、ダリウスへと向き直った。
「――早く、連れて行きなさい。……二人に、これ以上、手を出したら……。私、死ぬわよ」
「――かなわんな」
ダリウスは、静かに、肩をすくめた。
「――さあ、来い。……撤退だ」
リアーナは、静かに、俺の――気絶したままの、俺の顔を、そっと見つめた。
「――さようなら、ディア……」
その声には、深い、痛切な想いが、滲んでいた。
「――愛しているわよ……」
――多数の天使と、ダリウス、そして、リアーナは、静かに、光と共に、転移し、消えていった。
◇
戦場に、静寂が、戻る。
そこに、残されたのは――未だ、意識を取り戻さぬ、俺と。
そして、右半身を失い、虫の息で、地に横たわる、アリマンの姿だけだった。
風だけが、静かに、その場を、吹き抜けていった。




