第52話 冤罪の影と『不死鳥』
モチガイアの建設は、順調に進んでいた。
人族の技術者、サラマンダーの炎を使った鍛冶場、ゴーレム族の力による大規模な造成、そしてドワーフたちによる、ダンジョンからの鉱石採掘。
「――このペースなら、思ったよりも早く、形になりそうだな」
俺は、着々と姿を現す街並みを見ながら、静かに頷いた。
だが、異なる背景を持つ者たちが、急速に、一つの土地に集まった弊害も、少しずつ、表面化し始めていた。
◇
ある朝、街の一角で、騒動が起きた。
「――工具が、盗まれた! ドワーフの、鍛冶道具が、根こそぎ、なくなっている!」
「――誰の仕業だ……!」
その報せに、街は、瞬く間に、剣呑な空気に包まれた。
「――どうせ、魔族の連中の仕業だろう」
人族の一部から、そんな声が上がった。
「――は? 何を根拠に、そんなことを」
サラマンダーの若者が、憤然と反論する。
「――お前らこそ、我らを、目の敵にしてるだろうが」
「――言いがかりはよせ!」
不穏な空気が、街中に、じわじわと広がっていった。
ハクロウもまた、静かに、眉を寄せていた。
(――まだ、互いへの不信感が、拭えていない……)
かつての戦いの記憶は、そう簡単には、消え去らない。彼自身、その葛藤を、痛いほど理解していた。
◇
「――このままでは、いずれ、大きな諍いに発展しかねん」
俺は、急ぎ、モーチの元を訪れた。
「――モーチ、頼めるか。この一件、公正に、裁定してほしい」
「――うむ。……我に、任せてもらおう」
モーチは、静かに、その幼い姿とは不釣り合いなほどの、厳かな空気を纏いながら、調査に乗り出した。
不死鳥の持つ、鋭敏な感覚と、二千年を生きた知恵が、街中の些細な痕跡を、丁寧に洗い出していく。
「――この足跡……。そして、この、僅かに残った、匂い」
モーチは、静かに、一軒の家屋へと辿り着いた。
そこには――事情を知らぬまま、こっそりと工具を持ち出していた、一人の人族の少年の姿があった。
「――ひっ……!」
少年は、震えながら、その場に座り込んだ。
「――す、すみません……! お金が、なくて……! 売れば、少しは、稼げると思って……!」
「――やはり、な」
モーチは、静かに、しかし、責めるでもなく、その少年を見つめた。
「――窮していたのなら、なぜ、素直に、周りへ、相談しなかった」
「――だって……。魔族や、亜人ばかりの、この街で……。誰も、俺の話なんて、聞いてくれないと、思って……」
その言葉に、その場に集まっていた者たちの間に、静かな沈黙が落ちた。
◇
「――犯人は、人族の少年だった」
モーチは、集まった住民たちの前で、静かに、その事実を告げた。
「――な……!」
「――やはり、魔族じゃ、なかったのか……」
驚きと、そして、僅かな気まずさが、その場に広がった。
「――だが」
モーチは、静かに、続けた。
「――この少年一人を、責めて、終わらせるべきではない。……この街は、まだ、生まれたばかりだ。異なる背景を持つ者たちが、互いを、まだ、深くは知らぬ」
モーチの声は、静かでありながら、その場の誰の心にも、確かに響いていった。
「――疑心が、疑心を呼び、それが、また、新たな諍いを生む。……この悪循環を、断ち切らねば、この街に、未来はない」
サラマンダーの若者が、静かに、口を開いた。
「――……悪かった。頭ごなしに、魔族の仕業だと、決めつけてしまった」
「――いや」
人族の年配の男が、静かに、頭を下げた。
「――我らこそ、疑いの目を、向けてしまった。……すまなかった」
その光景を、ハクロウは、静かに、見つめていた。
(――これが、モーチの言う、協力体制、というものか)
彼の胸中に、これまで燻っていた、複雑な感情が、僅かに、和らいでいくのを感じた。
◇
それから、モチガイアでは、少しずつ、種族を超えた交流が、育まれていった。
サラマンダーの技術と、ドワーフの鍛冶が組み合わさり、以前よりも質の高い道具が生み出されるようになった。人族の農業知識と、ゴーレム族の力仕事が組み合わさり、農地の開拓も、着実に進んでいった。
「――お互いの強みを、活かし合えば、こんなにも、良いものが作れるのか」
住民たちの間に、静かな、しかし確かな一体感が、育ち始めていた。
◇
そして、その中心には、常に、モーチの存在があった。
争いを未然に防ぎ、公正に裁き、時に、優しく諭す。その姿は、いつしか、住民たちの間で、深い敬愛の対象となっていった。
「――モーチ様のおかげで、この街は、平和なのだ」
「――あの御方の、公正な裁き……。まさに、神の使いのようだ」
そんな声が、街のあちこちで、囁かれ始めた。
そしてある日、俺は、街の片隅に、小さな祠が、ひっそりと建てられているのを見つけた。
「――これは……」
祠には、モーチを模した、小さな像が、丁寧に祀られていた。
「――『モーチ教』、だそうです」
案内していた住民の一人が、少し照れくさそうに、説明してくれた。
「――内緒で、始めたんですが……。モーチ様には、まだ、秘密にしていて」
「――……モーチ、本人は、知らないのか」
「――ええ。……もし知ったら、恐縮されて、やめてしまわれそうで」
俺は、思わず、苦笑した。
(――モーチが知ったら、一体、どんな顔をするだろうな)
かつて、神による搾取に、命を賭して抗った不死鳥が、今、住民たちから、静かに、神格化されようとしている。
その皮肉めいた光景に、俺は、静かに、複雑な、しかし、どこか温かい気持ちを抱きながら、その小さな祠を、見つめ続けていた。




