第49話 全力の証と『本音』
建国から、およそ一年が経とうとしていた。
「――随分と、立派になったものだな」
俺は、城の露台から、眼下に広がる街並みを見下ろしていた。
黄色い妖精の力によって安定した土壌は、季節を問わず豊かな実りをもたらし、整然と区画された街には、活気ある店舗が軒を連ねている。経済は好調で、人々の暮らしにも、確かな余裕が生まれ始めていた。
(――成果は、出せている。……だが)
俺の胸中には、一つの焦りが、静かに燻っていた。
(――あと、一ヶ月ほどで、リアーナが、中央大陸へ帰ってしまう)
最初の約定通り、開拓が軌道に乗った今、リアーナがこの地を離れる日は、確実に近づいていた。
(――何か、しなければ)
だが、何をどうすればいいのか、俺自身、まるで見当がつかずにいた。
◇
この一年、俺は、鍛錬を欠かしたことはなかった。
「――ハアッ!」
「まだまだ、甘いぞ、ディア!」
ルピンとの組手も、日に日に激しさを増していた。
「――我にも、挑んでみるか」
べべもまた、以前より一回り成長したその体躯で、俺の相手を務めてくれていた。
無限とも言えるレベリングと、実戦経験の積み重ねにより、俺の力は、着実に、以前とは比べ物にならない領域へと達しつつあった。
だが――それでも、リアーナとの距離は、なぜか、縮まっている気がしなかった。
「――リアーナ、少し、話が」
「――ごめんなさい、今、手が離せなくて」
素っ気ない返事と共に、目も合わせず、足早に去っていく背中。
「――リアーナ、この間の――」
「……あら、ダキオスが、呼んでいるみたい。また今度」
会話は、いつも、不自然に途切れた。
(――嫌われて、いるのか?)
俺は、日に日に、募る不安を、静かに抱え続けていた。
◇
――一方、その頃。
リアーナもまた、密かに、悩みを抱えていた。
(――あの時の、アリマンの言葉……)
「番として、じゃ」
その一言以来、リアーナの心は、絶えず、揺れ動いていた。
(――今までは、こんなこと、なかったのに)
これまで、幾人もの魔王を支え、時に導き、時に叱咤してきた。誰かに対して、こうも動揺することなど、なかったはずだった。
(――ディアの、顔を見ると……。うまく、話せない。目を、合わせられない)
自分でも、その理由が、分からなかった。いや――分かっていて、目を逸らしていた、というのが、正しかったのかもしれない。
ある夜、自室で一人、リアーナは、静かに、自分の胸に手を当てた。
「――恋……、よね……。これって……」
数千年に及ぶ、独り身の日々。誰かを想うということが、これほどまでに、不慣れで、扱いに困るものだとは、思ってもみなかった。
(――どうすれば、いいの……)
答えの出ない問いを、リアーナは、静かに、月明かりの下で、抱え続けていた。
◇
そんな折、俺は、一つの結論に至っていた。
(――魔族にとって、力を示すことは、何よりの誠意だ)
リアーナは、常々、「自分より強い者が好き」と口にしていた。ならば――今の自分の力を、まっすぐに、彼女の目に焼き付けるべきではないか。
その考えは、決して、間違ってはいなかった。魔族の価値観としては、真っ当な発想だった。
だが、俺は、まだ、知らなかった。リアーナの心が、既に、少しずつ、変化し始めていたことを。
「――リアーナ、一度、私と、全力の模擬戦をしてほしい」
俺は、意を決して、彼女を呼び出し、そう切り出した。
「自分が、どれくらい強くなったか、確認したいんだ」
「――あなたは、十分、強くなったわ」
リアーナは、静かに、しかしどこか、視線を逸らしながら答えた。
「――アリマン様には及ばないまでも、……スルートと、同じくらいには、成長してるわよ」
「――かもしれない。ただ」
俺は、静かに、しかし、真っ直ぐに、彼女を見つめた。
「――リアーナには、ちゃんと、見ておいてほしいんだ。……言葉には、うまく、できないんだけどさ」
その言葉に、リアーナの心臓が、僅かに、跳ねた。
(――ど、どういうこと……? 私は、特別ってこと……?)
「……わ、かったわ」
リアーナは、静かに、俯きながら、答えた。
「――私も、全力で、応えるわね」
「――ありがとう。……明日、訓練所で、待っている」
◇
翌日、リアーナは、緊張のあまり、ほとんど眠れぬまま、訓練場へと足を運んでいた。
「――リアーナ、今日は、ありがとう」
「――わかったわ。……準備は、万端よ」
その声は、いつもより、僅かに硬かった。
「――お互い、降参するまでで、頼む」
「――ええ」
俺たちは、静かに、間合いを取った。
◇
戦いは、瞬く間に、激化した。
「――『重力の楔』!」
リアーナの魔法が、俺の周囲の空間を、一瞬にして押し潰そうとする。
「くっ……!」
俺は、瞬時に、飛行の力で空へと躱した。
「――甘い! 『黒炎の渦』!」
続けて放たれた火魔法が、追いすがるように迫る。
「――ハアッ!」
俺は、槍を振るい、その炎を、真っ二つに切り裂いた。
「――やるじゃない」
リアーナが、不敵に笑う。
「――まだまだ、これからだ!」
俺は、地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
「――『予知』」
リアーナは、静かに、俺の動きを、寸前で読み切り、紙一重で躱していく。
「――速い……!」
彼女の体術もまた、洗練の極みだった。真祖としての、幾千年もの戦闘経験が、その一挙一動に、確かに宿っている。
俺とリアーナの速度は、共に、魔族の中でもトップクラス。互いの動きは、もはや、傍で見る者の目には、捉えられないほどの領域に達していた。
「――ハアッ!」
「――そこ、甘いわよ!」
槍と、彼女の繰り出す拳、そして魔法が、幾度も交錯する。
砂塵が舞い上がり、周囲からは、もはや、二人の姿すら見えなくなっていた。
その渦中、俺は、ふと、彼女の一瞬の表情――苦しさの中に滲む、真剣な美しさに、思わず、目を奪われた。
「――やはり、リアーナは、美しいな……」
「――なっ……!?」
思わず零れた本音に、リアーナの体勢が、僅かに崩れた。
「――こんな時に、何を……!」
「――悪い、つい」
その隙を、俺は、見逃さなかった。
「――ここだ!」
一瞬の隙を突いた俺の一撃が、彼女の防御を、僅かに、しかし確かに、上回った。
――ドガァァァンッ!!
大きな音と共に、砂塵が、辺り一面を包み込んだ。




