第48話 龍王と姉妹の『絆』
開拓が軌道に乗り始めたある日、俺とべべは、デェソンから、折り入って話があると呼び出されていた。
「――べべよ」
デェソンは、静かに、しかし重みのある声で切り出した。
「――我が跡目を、継いでくれぬか」
「――な……」
俺は、思わず息を呑んだ。隣で、べべもまた、僅かに目を見開いていた。
「――力こそが、我らドラゴン族の絶対の理。……そして、貴殿は、既に、我を超える実力を持っておる」
デェソンは、静かに続けた。
「――名付けにより得た力、幾多の実戦を経て積み上げた経験。……歳を重ねた我よりも、貴殿の方が、遥かに、この地を導くに相応しい」
「――だが、我は」
べべは、静かに、しかし戸惑いを滲ませながら答えた。
「――まだ、成体にすらなりきれておらぬ身だ。……そのような大役、務まるだろうか」
「――見てくれなど、関係ない。力こそが、全てだ」
デェソンは、静かに、しかし揺るがぬ声で言い切った。
「――もし、その気があるのなら。ドラゴン族と戦い、分からせてほしい」
べべは、暫し、沈黙した。
(――こいつ、迷ってるな)
俺は、静かに、その横顔を見つめた。
「――なあ、べべ」
俺は、静かに声をかけた。
「――お前の好きにすればいい。……無理に、族長になる必要はない」
べべは、静かに、俺の方を見た。
「――我は、自由に生きたい。……それが、あの塔を出た、我の本懐だ」
「――ああ」
「だが」
べべは、静かに、しかし確かな決意を込めて続けた。
「――大恩ある貴殿のためならば、一肌脱ぐのも、悪くない。……この地の安定は、貴殿の国にとっても、大事なことだろう」
「――受けよう、デェソン殿。……ドラゴン族の力、しかと見せてもらおう」
◇
それから三日三晩、べべは、デェソンを除く、この地の全てのドラゴンたちと、次々に模擬戦を繰り広げた。
「――ぐ……! これほど、とは……!」
「まだまだ、行けるであろう」
一体、また一体と、べべは、圧倒的な力の差を見せつけながら、しかし、決して手を抜くことなく、真摯に相手を務め続けた。
その中には、ライトの姿もあった。
「――くっ……! この差は……!」
「――お主も、まだまだ、伸びる。これからも精進し、この地を支え続けてくれ」
「――ああ、無論だ」
俺は、その様子を、静かに見守っていた。
(――こいつ、本当に、強くなったな)
かつて、卵の状態だった氷雪龍の魂が、こうして、多くの者に、その力を認めさせている。感慨深いものがあった。
三日目の夜、最後に立ちはだかったのは、デェソン自身だった。
「――さあ、参ろうか」
デェソンの体から、凄まじい魔力が立ち昇る。
「攻撃魔法、飛行、豪力、瞬足、そしてリーダーシップ。……老いたとはいえ、この身に宿る力、侮ってもらっては困る」
「――望むところだ」
べべと、デェソンの戦いは、空を舞台に、激しく繰り広げられた。
「『炎獄雷撃』――!」
デェソンの放つ、灼熱の炎撃が、夜空を赤く染め上げる。
「――我には、通じぬ」
べべは、静かに、氷の障壁を展開し、その炎を、悉く受け止めていった。
「――氷雪の理、恐るべし……!」
「相性の差だ、デェソン殿。……お前の炎は、我の氷には、分が悪い」
「『氷結槍雨』――!」
べべの氷が、デェソンの巨躯を、着実に捉えていく。
長きにわたる激闘の末――
「――ぐ、ぅ……。……参った」
デェソンは、静かに、地に膝をついた。
「――見事だ、べべ。……我の全てを、出し尽くした上での、完敗よ」
◇
翌日、デェソンは、集まった全てのドラゴン族を前に、静かに告げた。
「――我は、この地の族長の座を、退く」
どよめきが、その場に広がった。
「――歳も、重ねた。そして、昨夜、我が力の全てを、べべにぶつけ、そして、完敗した。……ゆえに、次代の族長は、べべに任せたい」
デェソンは、静かに、しかし確かな笑みを浮かべた。
「――我が力――攻撃魔法、飛行、豪力、瞬足、そしてリーダーシップ。……これらは、血を分けた我が子にのみ、譲り渡せるもの。……代々受け継いできたこの力はライトへ継承しよう」
デェソンの視線が、静かに、我が子――ライトへと向けられた。
「――ライトよ。我が力の全てを、お主に、継承しよう」
「――父上……」
ライトは、静かに、膝をついた。
デェソンは、静かに、ライトの額へと、手を触れた。
――刹那、ライトの全身が、眩い光に包まれた。
『――継承が発動しました』
淡い輝きなどでは決してない、荒々しいほどの熱と魔力の奔流が、ライトの体を包み込む。骨が軋み、鱗が一段と輝きを増し、体の奥底から、圧倒的な力が、次々と流れ込んでいくのが分かった。
「――ぐ、ぅ……!」
ライトは、思わず、その場に片膝をついた。全身を駆け巡る、これまでにない量の魔力に、耐えるように、歯を食いしばっている。
『――先天性スキル『攻撃魔法』『飛行』『豪力』を継承しました』
『――後天性スキル『瞬足』『リーダーシップ』を継承しました』
しばしの後、光が収まると、ライトは、静かに、自らの拳を見つめた。
「――これが……。父上の、力の全て」
「――使いこなせるかは、お主次第だ」
デェソンは、静かに、しかし満足げに笑った。
「――だが、力の継承者と、族長の座は、また、別の話だ」
デェソンは、改めて、べべへと向き直った。
「――べべ。お主には、力そのものではなく、"導く者"としての座を、託したい。……ライトとともに一族を支え、この地全体を纏め上げる、真の"長"としての役目を」
「――族長か…、しかと承った」
べべは、静かに、その言葉を、噛み締めるように呟いた。
「――お主の知恵と、経験、そして、外の世界を渡り歩いてきた見識は、何物にも代え難い。……この地に足りぬのは、まさに、それだったのだ」
デェソンは、静かに続けた。
「――個の強さに頼り、団結を疎かにしてきた我らドラゴン族に、真に必要なのは、力そのものよりも、皆を導く、確かな知恵だ」
べべは、暫し、目を閉じた後、静かに頷いた。
「――分かった。……ならば、我が、この地の族長として、皆を導こう。……ライト、お主の力、遠慮なく借りるぞ」
「――はい、べべ殿。……共に、この地を、支えていきましょう」
こうして、力を受け継いだライトと、知恵と経験を持つべべ、二人が手を取り合う形で、ドラゴン族の新たな時代が、静かに幕を開けることとなった。
一方、その頃。
建国から数ヶ月が経ち、着実に発展を続ける街の一角で、ノノとメメは、静かに、それぞれの想いを、抱え続けていた。
「――ねえ、メメ」
ある夜、二人が肩を並べて座る、住居の一室。
「――私たち、このままで、いいのかな」
ノノが、ぽつりと、そう漏らした。
「――ルピンは、あれだけの武功を挙げて、部下からも慕われてる。べべは、ドラゴン族の族長にまでなった。……私たちは」
その声には、隠しきれない、焦りが滲んでいた。
「――魔法の熟練度は、上がってる。……でも、まだ、二人とも、進化すら、してない」
メメも、静かに、俯いた。
「――リアーナ様は、あんなに、綺麗で、強くて……。ディアさんの隣に立つ人として、あまりにも、相応しすぎて」
「――追いつけない気が、するよね」
二人の間に、重い沈黙が落ちた。
◇
数日後、ノノとメメは、意を決したように、母親の元を訪れていた。
「――母様。……サキュバスが、進化するには、何が必要なの」
母親は、静かに、娘の瞳を見つめた。
「――どうしたの、急に」
「……知りたいの。私たちが、もっと、強くなるために」
母親は、暫し、考え込んだ後、静かに口を開いた。
「――サキュバスの進化には、二つの条件が必要だと、言われているわ。……一つは、十分な戦闘経験」
「――もう一つは」
「――心の底から、誰かと愛し合った経験よ」
その言葉に、ノノとメメは、静かに、息を呑んだ。
◇
その夜、ノノは、意を決して、ディアの元を訪れた。
「――ディア。……ちょっと、いい?」
「ん? どうした」
「――その……。今度、二人だけで、時間、もらえないかな」
ノノの声は、僅かに、震えていた。
「――二人だけで? ああ、構わないが……。ああ、丁度いい、税収の見直しについて、相談したいことがあったんだ。ノノなら、数字にも強いし、頼りにしてる」
「――え……」
「今度、時間を作ってくれるか。帳簿、一緒に見てほしくてな」
ディアは、屈託のない笑顔で、そう告げた。
(――そういう、意味じゃ……)
ノノは、静かに、その場で、言葉を失った。
◇
同じ頃、メメもまた、勇気を振り絞っていた。
「――ディアさん、あの……」
「ん、どうした、メメ」
「――その……。最近、疲れてませんか。……よかったら、私が、その……」
「――ああ、実は、少し肩が凝っててな。……悪いが、メメの回復魔法、いつも助かってる。今度も頼めるか?」
「――は、はい……」
メメもまた、静かに、俯いた。
(――そういう、つもりじゃ……)
ディアには、まるで、その真意が、届いていなかった。
◇
その夜、二人は、静かに、部屋で肩を寄せ合っていた。
「――駄目、だったね」
ノノの声は、震えていた。
「――ディアさんは……。私たちのこと、本当に、仲間としか、見てないんですね」
メメの目に、静かに、涙が滲んだ。
「――なんで、私たち、こんなに、頑張ってるのに」
「――強くなりたいのも、認めてほしいのも……。全部、ディアさんのため、だったのに」
ノノの瞳からも、堪えきれない涙が、零れ落ちた。
「――ノノ……」
「――メメ……」
二人は、互いに、抱きしめ合った。
「――悔しいよ、ね」
「――はい……。悔しい、です」
その涙は、恋の届かぬ悲しさと、そして、これまで積み重ねてきた想いの重さが、混じり合ったものだった。
「――でも」
ノノが、静かに、涙を拭いながら、口を開いた。
「――メメがいてくれて、良かった。……一人だったら、もっと、辛かったと思う」
「――私も、です。……ノノが、姉として、いつも、そばにいてくれたから」
二人は、互いの顔を見つめ合い、静かに、微笑み合った。
「――大好きだよ、メメ」
「――私も、大好きです、ノノ」
その言葉と共に、二人の間に、これまでとは違う、確かな熱が、静かに込み上げ始めた。
『――進化条件を満たしました』
「――な……! 体が、熱い……!」
「これ、は……!」
二人の全身から、艶やかな魔力が、迸るように溢れ出した。骨格が僅かに変化し、肌が、しっとりと艶を帯び、背に生える翼と角が、より優美な形へと作り変えられていく。
「あ、ああっ……! 何か、込み上げて……!」
ノノが、思わず声を漏らす。
「私、も……! 体の奥から、力が……!」
メメも、両手で自らの体を抱きしめながら、その変化に耐えていた。
『――種族【サキュバス】から【ハイサキュバス】への進化が完了しました』
姉妹の間に育まれた、深い、家族としての愛――それもまた、"心の底から愛し合った経験"として、確かに、条件を満たしていたのだった。
◇
しばしの後、光が収まると、二人は、互いの姿を見つめ、思わず息を呑んだ。
以前よりも、より洗練された、美しい姿へと変貌を遂げていた。
「――メメ、すごい……! 私たち……!」
「――ノノ……! 綺麗、です……!」
二人は、静かに、互いの手を取り合った。
「――恋は、届かなかったけど」
ノノが、静かに、しかし晴れやかに笑った。
「――私たちの絆は、ちゃんと、力になったんだね」
「――はい」
メメも、静かに、涙ながらに、微笑んだ。
「――これからも、一緒に、頑張りましょうね、ノノ」
「――うん。……そして、いつか、絶対、ディアに、振り向いてもらうんだから」
その決意に満ちた笑顔には、悲しみだけでなく、確かな、次への希望が、宿っていた。




