第47話 開拓と『変化』
「――ここが、いいだろう」
ライトの案内で辿り着いた場所は、山と川、そして海に囲まれた、豊かな平地だった。
「東側は、水源も近く、土壌も肥沃です。……何より、山からは、良質な石材が採れます」
「――ああ、悪くない」
俺は、静かに、その土地を見渡した。
(――ここに、新しい国を作る)
胸の内に、静かな高揚と、そして、確かな責任の重みが、同時に込み上げてきた。
◇
「――まずは、区画を決めよう」
俺は、地面に図を描きながら、皆に語りかけた。
「居住区、商業区、工房区……。計画的に配置していく。目安としては、居住区が全体の六割、商店が二割、工場が二割、というところか」
「なるほど、な。……行き当たりばったりじゃないんだな」
ルピンが、感心したように頷く。
「後々の暮らしやすさを考えると、最初にちゃんと決めておいた方がいい。……あとは、少し離れた場所に、田んぼ、畑、酪農場、それに、ため池を使った養殖所も作る」
「――ディアの城は?」
「――それは、後回しだ。まずは、皆の住む場所からだろう」
俺の言葉に、周囲から、控えめな笑いが漏れた。
「――王様が、一番後回しかよ」
ルピンが、からかうように笑う。
「当然だ。……皆が安心して暮らせてこそ、国だからな」
◇
最初の数日は、持ち込んだテントでの暮らしが続いた。
「――さすがに、これはキツいな……」
夜、地面に敷いた毛布の上で、ノノが小さく身震いした。
「もう少しの辛抱だ。……山から、良い石材が採れる」
俺の言葉通り、ルピンを先頭に、開拓作業は、瞬く間に本格化していった。
「――よし、ここに積むぞ!」
ルピンが、巨大な石材を軽々と担ぎ上げながら、指示を飛ばす。
ドラゴン族の若者たちも、力を貸してくれていた。
「――我らの力が、こうして役に立つとは、嬉しいものだ」
一体の若いドラゴンが、翼を器用に使い、重い資材を運びながら、笑顔を見せた。
石垣が積まれ、壁が立ち上がり、少しずつ、住居の骨組みが姿を現していく。
「――形になってきたな」
俺は、その光景を、静かに、しかし胸を熱くしながら見つめていた。
◇
田んぼやため池の造成は、ガロス率いるリザードマンたちが、率先して進めていた。
「――水の扱いなら、我らに任せておけ」
ガロスは、生き生きとした様子で、水路の設計に取り組んでいた。
「この地形なら、川の水を、上手く引き込める。……養殖池も、悪くない環境だ」
畑や酪農場は、メメが中心となって、丁寧に整えられていった。
「――土の質を、まず確かめましょう。……ここは、水はけが良さそうです」
メメは、以前ライオネル王国で見た農業改善の知識を、実地で活かしながら、着実に作業を進めていく。
「――メメ、随分と、頼もしくなったな」
俺が声をかけると、メメは、少し照れたように微笑んだ。
「――皆さんの、役に立てるのが、嬉しいんです」
◇
現場には、常に、活気が満ちていた。
「――みんな、頑張ってー! ボクも、手伝うよー!」
黄色い妖精が、軽やかに宙を舞いながら、絶えず精霊王の力を振りまいている。作業をする者たちの体には、微かな加護がかかり、疲労が和らいでいくのが分かった。
「――おかげで、随分、作業が捗るな」
ルピンが、額の汗を拭いながら、笑った。
土地そのものにも、妖精の豊穣の力が、静かに染み渡っていた。整えたばかりの畑には、既に、小さな芽が、力強く顔を出し始めている。
「――こんなに早く、芽吹くなんて」
メメが、驚いたように、その光景を見つめた。
◇
そんな中、俺の知らないところで、また一つ、新しい灯りが灯っていた。
「――あら、ディア。まだ、気づいていなかったの?」
リアーナが、悪戯っぽく笑いながら教えてくれたのは、山の麓、少し奥まった洞穴の一角だった。
そこには、ノノとメメの同郷――サキュバスとインキュバスたちによる、小さな酒場のような店が、静かに営業を始めていた。
「――夜になると、疲れた住民たちが、皆、ここに集まってくるのよ」
「――いつの間に……」
「彼女たちにとっても、これが、得意分野だからな。……皆の疲れを癒すのも、立派な仕事だ」
ほのかな灯りの下、笑い声や、労いの声が、静かに響いていた。
その光景に、俺は、静かな温かさを覚えた。
◇
数日が経ち、少しずつ、国としての形が見え始めた頃。
俺は、リアーナと共に、高台から、作りかけの街並みを見下ろしていた。
「――出だしは、好調だな」
「そうね。……私も、眷属たちの知識が、こうして役に立って、嬉しいわ」
リアーナが、静かに微笑んだ。ダキオスたちが、街の警備や、資材の輸送計画に、着々と貢献してくれていた。
「――ところで」
俺は、ふと、素朴な疑問を口にした。
「――国王って、何をすればいいんだ?」
「――……」
リアーナが、暫し、呆れたように、俺を見つめた。
「――呆れた。……世話のかかる子ね」
「い、いや、真面目に聞いてるんだが」
「――まず、国民を守る義務を果たすことよ。そのためには、兵が必要。……そして、それを維持するには、お金が必要になる」
「金、か」
「そう。……お金は、住民から、税として徴収するの」
「――正直、金には、あまり興味なくてな……」
俺が、素直にそう漏らすと、リアーナは、小さく笑った。
「――あら。それなら、ノノに任せてみたらどう?」
「――ノノに?」
「あの子、ああ見えて、しっかり者よ。……デルポポ隊にいた頃も、帳簿や予算管理を、きっちりこなしていたわ。……命じてみなさい。きっと、喜ぶわよ」
「――そうか。……助言、助かる」
俺は、静かに、その言葉を胸に刻んだ。
「――それに、私がいるから、安心しなさい」
リアーナが、静かに、しかし確かな温もりを込めて、続けた。
「――サポートするわ」
「――ありがたい」
「――いいのよ。……私も、あなたを、放っておけないし」
その最後の一言は、ほとんど、俺の耳にすら届かないほどの、小さな呟きだった。
「――え? なんて?」
「――ふふ、なんでもないわ」
リアーナは、静かに、はぐらかすように微笑んだ。
「――お礼は、今度、私の買い物に、付き合ってもらおうかしら」
「――喜んで」
俺は、素直に、そう答えた。
その横顔に、リアーナが、僅かに、頬を緩めたことには、まだ、気づいていなかった。
◇
高台から見下ろす、まだ半分も出来上がっていない街並み。
だが、そこには、確かな活気と、そして、多くの者たちの、新しい未来への希望が、満ちていた。
(――ここから、俺たちの国が、始まる)
俺は、静かに、その光景を、胸に、深く刻み込んだ。




