第46話 密談と『出立』
会議を終えたその日の夕刻、アリマンは、静かにリアーナへと声をかけていた。
「――リアーナ、あとで自室にきてくれるか?」
アリマンの言葉に、リアーナは、僅かに眉を上げた。
「わかったわ。……大事な話なのね」
夕刻、リアーナが訪れると、アリマンは、静かに窓辺に佇んでいた。
「――して、何の話かしら」
「――リアーナは、ディアをどう思う」
「スキルがあるとはいえ、優秀な子ね。……四大守護者として、既に十分な働きをしている」
「そうではなく」
アリマンは、静かに、しかし真っ直ぐに、リアーナを見つめた。
「――番として、じゃ」
「――!?!?」
リアーナの表情が、初めて、明確に固まった。
「な……! 何を、急に……!」
「気付いて、いなかったのか」
「な、何を言って……! 私が、名付け親よ? そんなこと、あるわけないじゃない!」
言葉とは裏腹に、リアーナの視線が、微かに泳いだ。長年、傍で仕えてきたアリマンには、その僅かな動揺すら、見逃せなかった。
「――そんなんだから、数千年も、彼氏ができんのだ」
「……いくらあなたでも、燃やすわよ?」
低く、しかし本気の響きを帯びた声だった。
「――すまん、すまん」
アリマンは、静かに、両手を上げた。
「――ただ、な。……リアーナが、心配なのだ」
その声色が、僅かに柔らかくなった。
「私は、リアーナに、育てられたようなものだ。……幼き日、剣を、戦術を、そして、生き方そのものを、教えてくれたのは、他でもない、お主だった」
リアーナは、静かに、口を噤んだ。
「――だからこそ、リアーナにも、幸せになってほしいと、思っておる」
沈黙が、しばし、部屋を満たした。
「――そう」
リアーナは、静かに、視線を落とした。
「……余計なお世話だけど。……受け取っておくわ」
その声には、いつもの涼やかさとは違う、僅かな、しかし確かな揺らぎが滲んでいた。
「――ディアは、リアーナに、認められたい一心で、頑張っておる」
アリマンは、静かに続けた。
「此度の開拓も、恐らくは、良いところを、お主に見せたい、という思いがあるのだろう。……よくサポートし、しっかりと、その姿を、目に焼き付けておくのだ」
リアーナは、静かに、窓の外――遠く、西の方角を見つめた。
「――そうね。……既に、私より強いし、頭も切れる。……将来性は、バッチリね」
その口調は、努めて軽やかだったが、その瞳の奥には、何か、静かに揺れ動くものがあった。
「――考えて、おくわ」
「――そうやって、考えたままにするから、生き遅r……」
「――アリマン?」
リアーナの声が、一段と冷たくなった。
「――あなた、後で、魔王城の裏に、来なさい」
「……す、すまん」
アリマンは、静かに、肩をすくめた。
その姿に、リアーナは、僅かに、口元を緩めた。
――こんな軽口を叩き合える相手が、他にどれだけいるだろうか。長い年月を、ただ職務に生きてきた自分にとって、こうして誰かを気にかけ、気にかけられる関係は、思いのほか、得難いものだった。
(――番、か)
リアーナは、静かに、その言葉を、胸の内で反芻した。
(――私自身が、まだ、気づいていなかっただけ、なのかもしれないな)
その夜、リアーナは、いつもより少しだけ長く、月を見上げていた。
◇
翌日、俺は、まずルピンの元を訪れた。
「――ルピン、一緒に、来てくれるか」
「――何を今更」
ルピンは、静かに、しかし力強く笑った。
「お前と旅をして、お前と共に戦ってきた。……その果てに、新しい国を作るってんだ。……付いていかねぇ理由が、どこにある」
「――ありがとう」
「礼はいらねぇよ。……それより」
ルピンは、少し声を落とした。
「実は、スルート隊の連中の中に、俺についていきたいって言ってる奴らが、何人かいてな」
「――お前を、慕ってる奴らか」
「ああ。……荒稽古を、一緒に耐え抜いた仲間たちだ。あいつらとなら、新天地でも、心強い」
数日後、俺は、スルート隊の訓練場を訪れた。
「――お前ら、本当に、いいのか。ここに残れば、軍神直属として、まだまだ、名を上げられるだろうに」
「――ディア様」
一人の若い魔族の兵が、真剣な眼差しで進み出た。
「――俺たちは、ルピン様に、鍛え直してもらった身です。……あの人が向かう先になら、俺たちも、命を懸ける価値がある」
「……そうか」
俺は、静かに頷いた。
(――ルピンは、いつの間にか、これほどの信頼を、勝ち得ていたんだな)
その光景に、俺は、密かな誇らしさを覚えていた。
◇
続いて、俺はノノとメメの元へと向かった。
「――ノノ、メメ、一緒に来てくれ」
「当然でしょ」
ノノが、腕を組みながら、不敵に笑った。
「――ここまで、ずっと、一緒にやってきたんだから。……今更、置いていかれてたまるもんですか」
「私も……。皆さんと一緒に、新しい場所で、頑張りたいです」
メメが、静かに、しかし確かな決意を込めて頷いた。
俺は、静かに、二人を見つめた。
「――お前たちの故郷は、もう戻らない。……それでも、いいのか」
その問いに、ノノは、僅かに目を伏せた後、静かに答えた。
「――故郷は、確かに、もうない。……でも、私たちには、新しい仲間がいる。母様だって、いる。……なら、これから作る場所が、私たちの、新しい故郷になればいい」
「――そうだな」
俺は、静かに頷いた。
◇
さらに、俺はルピンの旧集落――かつて、辺境伯の討伐によって焼かれた、あのオークの集落の生き残りたちの元を訪れた。
「――皆で、新しい土地へ、行かないか」
俺の言葉に、老いたオークの一人が、静かに、涙ぐみながら頷いた。
「――あの日、全てを失ったと思っていた。……だが、こうして、また、新しい場所で、暮らしを始められる。……ルピン様、そして、ディア様には、感謝してもし尽くせません」
「礼を言うのは、まだ早い。……これから、俺たちで、一緒に作っていくんだ」
彼らの瞳には、失った過去への悲しみと、これから始まる未来への、確かな希望が、同時に宿っていた。
◇
ノノとメメの同郷――サキュバスとインキュバスたちの元にも、俺は足を運んだ。
「――新しい土地で、共に、暮らしてみないか」
俺の言葉に、長老格の一人が、静かに頭を下げた。
「――望むところです。……ずっと、魔王国に間借りさせてもらっていました。……その温情には、深く感謝しております。ですが、そろそろ、自分たちの居場所を、この手で、持ちたいと思っていました」
「――ノノとメメの母上は」
俺の問いに、長老格は、静かに微笑んだ。
「――ええ。あの方も、共に参ります。……娘たちの築く国を、この目で見届けたい、と」
その報せを聞いたノノとメメが、思わず顔を輝かせた。
「――母様も、一緒に……!」
「良かった……! 本当に、良かったです……!」
二人の声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。
◇
隣接するリザードマンの集落へも、俺は改めて足を運んだ。
「――ガロス、今後も、良い付き合いを続けさせてくれ」
「無論だ。……何かあれば、いつでも声をかけろ。水場の縄張りなら、我らの十八番だからな」
ガロスは、牙を鳴らして笑った。彼らは、あくまで独立した隣人として、今後も友好関係を続けていく形になった。
「――お前たちの門出だ。せめて、見送りくらいはさせてもらうぞ」
「――ありがとう、ガロス」
◇
転移陣のメンテナンスを担う、魔術研究所の技術者たちも、名乗りを上げた。
「――あの試作品、実地でどこまで使えるか、ぜひ見てみたいです」
若き研究者の一人が、目を輝かせながら言った。
「未知の土地での実証実験なんて、研究者冥利に尽きます。……ぜひ、連れて行ってください」
「――頼りにしてる」
◇
最後に、俺はアリマンの元を訪れた。
「――陛下。黄色い妖精の同行を、改めて、お許しいただきたく」
「――ふむ」
アリマンは、静かに顎に手を当てた。
「あれの力は、開拓には、確かに有用だろう。……だが、無闇に長く、あの地に置いておくわけにもいかん」
「――期間限定、ということでしょうか」
「うむ。……開拓の目処が立つまで、という条件で、許そう。落ち着いた頃には、一度、中央大陸へ戻すこととする」
「承知しました」
同じ条件は、リアーナにも適用されることとなった。
「――私も、あくまで、最初のサポート要員、ということだ」
リアーナが、静かに、しかしどこか名残惜しそうに呟いた。
「――軌道に乗った頃には、私は、中央大陸へと戻る。……それまでの間だけ、しっかり、お主の働きを、見届けさせてもらうぞ」
「――ああ、頼りにしてる」
◇
出立の前日、俺は、集まった全員を見渡した。
かつて最弱のインプとして、たった一人で洞窟に籠っていた自分が、今は、これほど多くの者たちと、共に、新たな一歩を踏み出そうとしている。
(――随分と、遠くまで来たものだな)
「――明日、俺たちは、新天地――ディスガイアへと発つ」
俺の声に、およそ四百名の人々が、静かに、しかし確かな決意を込めて、頷いた。
こうして、種族も背景も様々な者たちを乗せ、新たな国の始まりへと、旅立ちの時が訪れようとしていた。




