第44話 不死鳥の『約束』
西大陸南部、絶えず噴煙を上げる火山地帯へと、俺たちは足を向けた。
「――俺らも、行こう」
タラボーヤとゴウロウが、当然のように名乗りを上げた。
「陛下、政務が――」
側近が慌てて諫めるも、タラボーヤは豪快に笑い飛ばした。
「不死鳥との対面など、そうそうあるものではない。政務は、後で倍働けば済むことだ」
「……相変わらずですね」
側近が、深い溜息をついた。
「――我が、案内役を務めよう」
デェソンに代わり、族長代理として同行するのは、以前べべと空中戦を繰り広げた、若きライトドラゴンだった。
「――経験を積め、と父上に言われましてな。……よろしく頼みます」
「ああ、頼む」
俺、べべ、ルピン、黄色い妖精、タラボーヤ、ゴウロウ、そしてライトの7人は、火山の中腹へと続く道を、慎重に登っていった。
◇
火口に程近い、巨大な岩窟。その奥に、俺たちは、小さな、しかし確かな神々しさを纏う存在を見つけた。
燃えるような紅蓮の羽毛を持つ、幼い鳥の姿だった。
「――お前が、モーチ、か」
俺の問いに、その幼鳥は、澄んだ、しかしどこか老成した声で答えた。
「――いかにも。……我が名は、モーチ。不死鳥の一族、唯一の存在だ」
「幼い、姿だな」
「――当然だ。我は、既に転生を終えたばかり。……この姿は、生まれたてのようなものだ」
モーチは、静かに続けた。
「――だが、魂に刻まれた記憶は、失われてはおらぬ。それに西大陸で起きていることは把握してえる。……お主らが、シャスドラの一件を解決し、この地に立っていることも、既に承知している」
「――話が早くて助かる」
「デェソンの話も聞いてる。……この地を、貴殿らに託したい、という話だな」
俺は、静かに頷いた。
「――だが、その前に、我の話を聞いてもらいたい。……少し、長くなる」
モーチは、静かに、遠い記憶を辿るように、語り始めた。
◇
「――遥か昔、我が生まれてすぐの頃、この世界は、今よりもさらに豊かで、穏やかな場所だった」
モーチは、目を閉じ、まるでその情景を見ているかのように、静かに語った。
「そんな折、中央大陸から一人の魔族が、この地を訪れた。……当時の魔王、アルカナだ」
「――アルカナが、直接、ここに」
「うむ。……彼は、この地に住まう我らのような、力ある古き者たちと親交を結び、共に、世界を良くしようと語り合っていた。……我にも、名を与えてくれた。それが、この"モーチ"という名だ」
「――だから、アルカナに、恩義があるんだな」
「恩義、というだけではない。……彼は、我にとって、恩人であり、そして、志を同じくした、友でもあった」
モーチの声に、僅かな熱が籠った。
「――当時のアルカナの治世は、まさに繁栄の極みにあった。魔素は豊かに満ち、民は健やかに暮らし、争いも少なかった。……だが、アルカナは、その繁栄の裏に潜む、奇妙な違和感に気づき始めていた」
「――違和感、とは」
「――なぜ、これほど豊かな土地で、これほど頻繁したが、争いや死が絶えないのか。……蘇生術があるからと、命を軽んじる風潮が、次第に蔓延していったのだ」
モーチは、静かに続けた。
「アルカナは、優れた学者たちに命じ、この世界の理――蘇生の仕組みそのものを、徹底的に調べ上げさせた。……そして、辿り着いたのだ。恐るべき真実に」
「――主神は意図的に殺し合いをさせている。」
モーチの言葉に、俺は目を見開いた。
「――ど、どういう事だよ…」
動揺する一行を横目に、モーチは話を続けた
「蘇生がなぜ殺し合いに繋がるか?なぜその様な仕組みを主神が作ったか?おぬしは蘇生の理に疑問を持ったことはないか?」
「――あ、あれは神の恩寵では…ま、まてよ…まさか…」
モーチは、静かに続けた。
「主神は、この世界の生と死の循環を利用し、生きとし生けるものから、絶えず"何か"を吸い上げていた」
その言葉に、俺は、思わず息を呑んだ。
「――生と死の、循環……。」
「そうだ。……10日以内の蘇生。あれは、慈悲ではない。死という抑止力を無効化することで、争いを促し、その度に生まれる生死の巡りから、僅かずつ、何かを刈り取り続けるための仕組みだ」
俺は、静かに拳を握った。
(――俺たちが、当たり前のように享受してきたルールが……、そう、神の目的は…レベリングなのだろう…)
「アルカナは、この真実を知った時、深く絶望した。……だが、絶望するだけでは終わらなかった。彼は、こう言ったのだ」
モーチは、静かに、当時のアルカナの言葉を、まるで昨日のことのように、丁寧に紡いだ。
「――『我らは、生かされているのではない。生かされ続けることで、絶えず刈り取られているだけだ。……この理不尽を、次代に引き継がせるわけにはいかぬ』と」
「――それで、神に、弓を引いた…と。」
「うむ。……アルカナは、我や、この地の古き友人たちに、事情を打ち明け、共に立ち上がってくれるよう、頭を下げて頼んだ。……傲慢さからではない。ただ、目の前の理不尽を、見過ごせなかっただけなのだ」
タラボーヤが、静かに腕を組みながら呟いた。
「――今まで、傲慢の果てに滅んだ国、とだけ伝わっていたが……。随分と、印象が違うな」
「歴史とは、時に、勝者にとって都合の良い形で語られる。……あの戦の後、我らのような当事者は、ほとんどが姿を消した。真実を語れる者が、誰も残らなかったのだ」
◇
「――だが、負けた」
俺の言葉に、モーチは、静かに頷いた。
「――そうだ。……アルカナの持つ『魔王』のスキルは、確かに強大だった。だが、神という存在そのものには、遠く及ばなかった」
モーチは、静かに目を伏せた。
「――魔族の頂点に立つ力『魔王』のスキルだけでは、届かぬのだ。……神を倒すには、恐らく、全ての種族――人、魔族、亜人、そして我らのような伝説の存在まで、全てが手を取り合う必要がある。それに、アルカナは、百日にわたる戦いの中で、既に気づいていた」
「――何に」
「――自分一人の代で、決着をつけることの、無謀さにだ。……ゆえに、最後、神の圧倒的な力が振り下ろされる、その直前」
モーチの声が、僅かに震えた。
「――アルカナは、最後の力を振り絞り、生き残った我が同胞たちを、今の中央大陸へと転移させた。そして、自らは、その場に残り、我らを――逃げ延びた者たちを、守るために、盾となって散った」
その場に、静かな沈黙が満ちた。
◇
「――散り際、アルカナは、我に、二つの約束をさせた」
モーチは、静かに、その時の記憶を辿るように、言葉を紡いだ。
「一つは――『来たる日がくるまで西大陸の秩序を守り抜いてくれ』ということ」
「そして、もう一つは――」
モーチの声が、僅かに掠れた。
「『いつか、我が意志を継ぐ者、あるいは、我が子孫が現れたなら……共に、もう一度だけ、神へと挑んでほしい』と」
「――友よ、すまない。……我一人では、成せなかった。だが、いつか必ず、この理不尽を終わらせる者が現れる。それまで、どうか、この地で、命の灯を繋いでいてくれ」
モーチは、静かに、その最期の言葉を、まるで今、目の前で語られているかのように、丁寧に再現した。
「――それが、アルカナの、最後の言葉だった」
俺は、静かに、拳を握りしめた。
(――アルカナは、怠慢でも、傲慢でもなかった。ただ、理不尽に抗おうとした、一人の王だったんだ)
「――そして、我は、その日から、一億年以上もの間、二つの約束を、守り続けてきた」
モーチの瞳に、静かな決意が宿った。
「一つは、この地の秩序を守ること。……そしてもう一つは、いつか、共に神へ挑んでくれる者を、待ち続けること」
◇
「――だが、ご覧の通り、我は、2000年に一度の転生の狭間に、綻びを生んでしまった。……この度の魔素の氾濫も、我の力が弱まっていた時期と、恐らく無関係ではない」
「――それで、力を蓄えている、と」
「うむ。……いずれ、神々へと続く扉の封印を解く力を、少しずつ、この身に蓄えておる。……気の遠くなるような、時間がかかるだろうがな」
◇
「――だからこそ、頼みたい」
モーチは、静かに、俺を見つめた。
「我一人では、この地を治めながら、力を蓄えることは、もはや難しくなってきている。……貴殿らのような、外の世界を知る者に、この地の統治を託したい」
「――俺らに、この西大陸を」
「うむ。……ドラゴン族も、既に貴殿らを認めておる。……そして、我からも、深く感謝したい」
モーチは、静かに頭を垂れた。
「――あの狂ったシャスドラを鎮め、魔素の氾濫を止めてくれたこと。……そして、いつか、共に神へと立ち向かってくれるであろう、貴殿らのような存在が現れてくれたこと」
その声には、2000年という、途方もない年月を待ち続けてきた者の、深い安堵が滲んでいた。
「――分かった」
俺は、静かに頷いた。
「この地を、俺らが統治しよう。……ドラゴン族と、モーチ、お前の悲願、必ず、俺たちが引き継ぐ」
「――感謝する」
モーチは、静かに、幼い姿には不釣り合いなほど、深く頭を下げた。
「――いずれ、我が力を蓄え終える時――共に神のもとへ、行こうではないか」
俺は、静かに、槍を握る手に力を込めた。
「――ああ。……約束する」
その言葉に、モーチの瞳から、一筋の光るものが零れ落ちた。
「――友よ。……アルカナよ。……ようやく、この日が、来たようだ」
その呟きは、誰に向けたものでもなく、ただ、2000年という長い年月の果てに、静かに、報われた祈りのように、その場に響いた。
タラボーヤが、静かに、そして深く頭を垂れた。
「――良い日に、立ち会わせてもらった」
ルピンも、べべも、黄色い妖精でさえも、静かに、その光景を見守っていた。
「――族長にも、しかと、この話を伝えましょう」
ライトが、静かに、しかし確かな声で告げた。
「――人の寿命は短い、しかし、真実を知った今、必ず国に持ち帰ることを約束しよう」
ゴウロウが、熱い視線で見つめている。
「頼む」
こうして、西大陸は、正式にモーチたちから託されることとなった。
長き旅路の果てに、新たな責務を背負うこととなった。
――そして、モーチから聞かされた"神の真実"、そしてアルカナの遺した二つの約束は、静かに、俺の胸の奥深くへと、刻み込まれていった。




