第42話 虚獣と『異変』
「――異変の子細を、聞かせてもらえるだろうか」
俺の問いに、デェソンは、重々しく頷いた。
「――この大陸の北に、古くから、我らの手に負えぬダンジョンがある」
「……本来、ダンジョンから溢れ出た虚獣は、外界の理に馴染めず、霧散して消えるはずのもの。だが、あのダンジョンからは、時折、消えぬまま溢れ出る個体がおるのだ」
デェソンの声に、初めて、隠しきれぬ苦さが滲んだ。
「我らドラゴン族は、この地に住まう者として、その都度、溢れ出た虚獣を駆逐してきた。……だが、あの穴には、我らの巨躯では入ることが叶わぬ‥。だから原因も調査できずにいるのだ」
「――なるほど。だから、放置されてきた、と」
「人も魔族も足を踏み入れぬ、この西の大陸。……我らだけで、細々と対処するしかなかったのだ」
デェソンは、静かに続けた。
「――だが、ここ数年、明らかに様子がおかしい。溢れ出る頻度は増し、個体の強さも、年々増している」
「魔素の異常、ということですか」
「恐らくは。……だが、原因までは、我らには分からぬ」
俺は、静かに思考を巡らせた。
(――ダンジョンの内側で、何かが起きている。それも、外に溢れ出るほどの規模で)
「――北の先端、その岩穴から、内部に入れるのですね」
「うむ。……貴様らの体格であれば容易に入れよう」
「――我も大丈夫そうだな」
べべが、静かに進み出た。
「小柄ゆえに侮られてきたが、こういう時に役立つとはな」
「――貴殿が」
デェソンの視線が、べべへと向けられる。
「先の一戦で、その実力は見た。……頼めるか」
「無論だ」
俺は、静かに頷いた。
「――一旦、報告と準備のために、中央大陸へ戻ります。討伐隊を編成し、必ず、この地に戻ってきます」
「――約束だぞ、ディア」
デェソンの言葉に、俺は静かに頷いた。
◇
俺とべべは、その場に、ノノの試作した転移陣を設置した。
「――これで、次からは飛行に一週間もかからずに済む」
俺は、静かに魔力を込め、陣を起動させた。淡い光と共に、視界が瞬時に切り替わり、俺たちは魔王城へと帰還していた。
「――便利なものだな、これは」
「ああ。……ただし、この陣を維持するには、貴重なマナストーンが必要になる。大量生産は、とても叶わない」
俺は、これまでの旅で拾い集めてきた鉱石の残りを思い浮かべながら、静かに呟いた。
◇
アリマンへの報告は、迅速に行われた。
「――ダンジョンの異常な虚獣氾濫、か」
アリマンは、静かに眉を寄せた。
「放置すれば、いずれ、中央大陸にまで影響が及ぶやもしれん。……討伐隊を編成せよ」
「はい。……メンバーについては、既に、考えがあります」
俺は、静かに続けた。
「べべは確定。加えて、ルピン、黄色い妖精、そして――人族とライオネル王国に協力を要請したく思います」
「――三国合同、というわけか」
「はい。……この西大陸は、いずれ、どこか一国が独占すべき土地ではない。最初から、多国間で関わった土地として扱う方が、後々のためになるかと」
アリマンは、暫し俺を見つめた後、静かに頷いた。
「――良い判断だ。手配しよう」
◇
タラボーヤは、報せを受けるや否や、二つ返事で快諾した。
「――面白そうな話だな! よし、俺が行こう!」
「陛下……! また、そのように軽々しく……!それに‥公務をまたすっぽかすつもりですね!まったく‥あなたという人は…」
側近が、慌てて諫めるのを、タラボーヤは豪快に笑い飛ばした。
人族側でも、国王から指名を受けたゴウロウもまた、静かに頷いた。
「――借りは、返さねばならん。デスペナルティで力は落ちたが、まだまだ、役には立てるつもりだ」
こうして、ディア、べべ、ルピン、黄色い妖精、タラボーヤ、ゴウロウの六人による討伐隊が、西大陸北端の岩穴前へと、転移陣を通じて降り立った。
◇
「――ここが、入り口か」
見上げるほどの岩壁に、ぽっかりと口を開けた洞穴があった。
「随分と、狭いな」
ルピンが、自分の体躯を見比べながら唸る。
「ドラゴンの巨躯では、確かに入れないだろうな」
俺たちは、慎重に、その内部へと足を踏み入れた。
◇
洞穴を抜けた先に広がっていたのは、見渡す限りの、荒涼とした砂漠だった。
「――これが、一階層か」
障害物らしいものは、ほとんど見当たらない。ただひたすらに、乾いた砂の大地が、地平線まで広がっている。
「――来るぞ!」
べべの声と同時に、砂塵を巻き上げながら、無数の虚獣が押し寄せてきた。
「隠れる場所もねぇ……! 真っ向勝負しかねぇな!」
ルピンが、盾を構えながら吼えた。
「――望むところだ! 力こそパワー、だったか!」
タラボーヤが、豪快に笑いながら、素手で虚獣を殴り飛ばす。
「ぬん!」
一撃で、数体の虚獣が同時に吹き飛んだ。
「――さすがは、魔王と互角と称される御方だな」
ゴウロウも、デスペナルティで衰えたとはいえ、その剣技は健在だった。
「――ハアッ!」
流麗な剣筋が、次々と虚獣を斬り伏せていく。
「『氷結槍雨』――!」
べべの氷魔法が、広範囲の虚獣をまとめて凍りつかせる。
「ボクも、頑張るー!」
黄色い妖精の魔法が、閃光と共に、押し寄せる虚獣の群れを一掃した。
俺もまた、槍を振るいながら、着実に虚獣を屠っていった。
「――終わりが見えないな、これ」
「ああ。だが、押されてはいない」
数時間にわたる激闘の末、ようやく、虚獣の波が途切れた。
◇
「――あそこに、階段がある」
砂漠の中央、小さな石造りの階段を見つけ、俺たちは慎重に降りていった。
その先に広がっていたのは、これまでとは明らかに異質な、荘厳な広間だった。
「――ここが、マスタールーム、か」
つまり、この巨大な砂漠こそが、まだ一階層に過ぎなかったということだ。
「――随分と、広いダンジョンだな……」
ルピンが、額の汗を拭いながら呟いた、その時だった。
「――ヒヒヒ、来客、か……!」
耳障りな哄笑と共に、広間の奥から、その”存在”が姿を現した。
八枚の漆黒の翼を持つ、かつては神々しかったであろう、しかし今は狂気に歪んだ、堕天した天使だった。
「――久方ぶりの、来訪者……! 遊んでいけェ……!」
その瞬間、翼の一枚が、爆ぜるように弾け飛んだ。
――ドガァァァンッ!!
爆発の余波が、広間全体を薙ぎ払う。
「くっ……! 広範囲攻撃か……!」
俺たちは、咄嗟に散開した。
「『癒しの精霊風』――!」
黄色い妖精の淡い光が、傷ついた仲間たちを包み込む。
「――お前、回復も、できたのか!」
「ボク、精霊王だからねー! 攻撃魔法の方が好きだけどー!本来精霊術は回復魔法が起源なんだよっ!だから両方できるのー!」
◇
戦いは、想像を絶する消耗戦となった。
「速い……! そして、頑丈すぎる……!」
タラボーヤの渾身の一撃すら、堕天天使の体に、決定的な傷を与えられなかった。
「自己回復も、絶え間ない……! これでは、削りきれん……!」
ゴウロウが、苦々しく呟く。
「魔法も、まるで通じん……!」
べべの氷魔法すら、僅かに掠める程度の効果しかない。
「――このままじゃ、埒が明かない」
俺は懐から1つの『勾玉』を取り出した。
「――俺が、囮になる」
「な……! ディア、正気か!」
「あいつの最大の一撃を、俺が引き受ける。……そして、この勾玉で、対象を、あいつ自身に指定する」
俺は、静かに槍を構えた。
「――こっちだ、来い!」
俺は、あえて隙を晒し、堕天天使の意識を、自分へと引きつけた。
「――ヒヒヒ、良い覚悟だ……! 死ねェ……!」
八枚の翼、その全てが、一斉に爆ぜた。
――ドガァァァァァァンッ!!!
その瞬間、俺は勾玉を握りしめ、静かに念じた。
『――身代わりの勾玉、発動』
対象が、俺自身から、堕天天使本体へと、瞬時に切り替わる。
「な……!? これ、は……!?」
自らの最大攻撃を、そのまま受け止めることになった堕天天使の体が、大きく抉れた。
「――今だ! 全員、畳みかけろ!」
「応よ!」
ディアの神殺しの槍が、ルピンの棍が、タラボーヤの拳が、ゴウロウの剣が、べべの氷が、そして黄色い妖精の光が、一斉に、抉れた体へと叩き込まれた。
――ドガァァァァァンッ!!!
「――ぎ、ゃァァァ……!」
断末魔の叫びと共に、堕天天使の体が、黒い霧となって、静かに霧散していった。
『――ダンジョンマスターを撃破しました』
◇
「――終わった、のか……」
俺は、肩で息をしながら、槍を杖代わりにした。
「見事な囮役だった、ディア殿。まさか身代わりの勾玉を攻撃してきた本人に指定するとは。あれが無ければ負けておったな」
タラボーヤが、豪快に笑いながら、俺の肩を叩いた。
「――本当に、無茶をする」
ゴウロウが、呆れたように、しかしどこか感心したように呟いた。
戦いの余韻の中、俺たちは、静かに、この長きにわたる異変の元凶が、ようやく取り除かれたことを実感していた。
だが――この堕天天使が、なぜここまで狂い、なぜこれほどの魔素を蓄えていたのか。その根本の原因は、まだ、誰にも分かっていなかった。




