第38話 魔王と剣聖と『決着』
王都陥落の報せは、瞬く間に全戦線を駆け巡った。
「――王都が、消えた、だと……!?」
公爵領で指揮を執っていた第一神殿騎士団の残存兵たちが、動揺に足を止める。
「本国が、機能を失った……! これでは、戦を続ける意味が……!」
統制を失った人族軍は、瞬く間に瓦解し始めた。
「――退け! 全軍、撤退だ!」
指揮官たちの声が、混乱の中に虚しく響く。
◇
だが、その報せを受けてなお、ただ一人だけ、退かぬ者がいた。
「――ぐ……、こんな、ところで……」
剣聖ゴウロウは、崩落した瓦礫の街を、独り、掻き分けるように進んでいた。
その鎧は、既に半分以上が砕け、体中には、無数の切り傷と打撲が刻まれている。地割れに足を取られ、崩れる建物の下敷きになりかけながら、恐慌に陥った避難民たちを庇い、それでもなお、彼は前へと進み続けていた。
「――我が、退くわけには、いかん……」
血の滲む足取りで、ゴウロウは、辛うじて魔王城の門前へと辿り着いた。
「――陛下! 剣聖ゴウロウが、単身で城門へと迫っております! 見るからに、満身創痍の様子ですが……!」
報告を受けたアリマンは、静かに玉座から立ち上がった。
「――ここまで、無理をして辿り着くとは。……ちょうどいい。私が、相手をしよう」
「陛下、危険です!」
「案ずるな。この程度の相手に、後れは取らぬ」
アリマンは、静かに、北の遺跡から持ち帰った恩寵武具――『魔を統べし王冠』を頭に戴き、『覇者の杖』を手に取り、『創世のローブ』を纏った。
「これは……」
装備を纏った瞬間、アリマンの纏う気配が、一段と重厚さを増した。まるで、この世の理そのものが、彼を中心に渦を巻くかのようだった。
「――アルカナよ。そなたの力、しかと借り受ける」
◇
城門の前、アリマンとゴウロウは、静かに対峙した。
「――貴様が、魔王アリマンか」
「――そして、貴様が、人族最高戦力、剣聖ゴウロウだな。……その体で、よくぞここまで」
「……分かっている。だが、それでも、我は退かぬ。……我が国の誇りを賭けて、貴様と刃を交える」
ゴウロウが、限界を超えた体に鞭を打ちながら、静かに剣を抜いた。
「――良い覚悟だ」
アリマンもまた、静かに杖を構えた。
「――参る」
激突は、瞬く間に始まった。
「――ハアッ!」
ゴウロウの剣が、まるで光の筋のように迸る。満身創痍とは思えぬ、鬼気迫る一撃だった。
「――ぬん!」
アリマンは、杖でその一撃を受け止めながら、静かに応じた。
――ドガァァンッ!!
大気が震えるほどの衝撃が、両者の間に走る。
「――さすがは、剣聖。……この状態で、なおこれほどの太刀筋とはな」
「貴様もまた、只者ではないな、魔王よ」
打ち合いは、瞬く間に激化していった。だが、既に限界を超えていたゴウロウの体は、次第にその精彩を失い始めていた。
「――くっ……!」
「――終わりにしよう」
アリマンは、静かに杖を掲げた。
「『創世のローブ』が纏うは、この世が生まれる前の、混沌の力……。そして『覇者の杖』は、その力を、一点に収束させる」
杖の先に、夜空そのものを凝縮したような、深い漆黒の輝きが宿る。
「――なんだ、その、光は……」
ゴウロウが、僅かに息を呑んだ。
「『星屑の裁き――』」
アリマンの声と共に、天より、無数の光の奔流が降り注いだ。まるで、億万の星々が、一つの意志を持って、この地に牙を剥いたかのような光景だった。
「――な……!」
「これが、我が祖アルカナの、そして――我が、覇道の証明だ」
――ドガァァァァァァンッ!!!
星々の裁きが、ゴウロウの体を、その場ごと呑み込んだ。
轟音が収まった後、そこには、もはや何も残っていなかった。
◇
「――終わった、か」
アリマンは、静かに杖を下ろした。
「……見事な、最期だった」
その声には、勝者の高揚ではなく、一人の武人への、静かな敬意が滲んでいた。
「王都は落ち、軍の指揮系統も崩壊した。……そして、統括神殿騎士団長も、討たれた」
その報せは、瞬く間に、全戦線へと伝えられた。
人族側の抵抗の意志は、完全に折れた。
こうして、戦争は、魔王国の、圧倒的な勝利のうちに幕を閉じた。




