第35話 水の都と『潜入』
男爵領の地下トンネルの入り口――既に第一神殿騎士団が使い終えた後の坑道は、不気味なほど静まり返っていた。
「――ここから、逆走するのか」
ルピンが、坑道の奥を覗き込みながら唸る。
「ああ。数年かけて掘られたトンネルだ。……皮肉にも、これが俺たちの侵入路になる」
俺たちは、松明の灯りを頼りに、暗い地下道を進んでいった。
「――誰もいない、ですね」
メメの『察知』が、周囲に反応がないことを告げる。
「主力は、既に前線へ出払っているはずだ。……好都合だな」
数時間の道のりを経て、俺たちは、地上へと繋がる出口へと辿り着いた。
「――ここが」
出口を抜けた先に広がっていたのは、想像を超える光景だった。
無数の水路が街並みを縦横に走り、澄み渡る水面が、朝日を反射して輝いている。
「――水の都、か」
俺は、思わず呟いた。
「人族の王都は、南西の地形に位置し、豊富な地下水脈を有する土地に築かれている、と聞いたことがある」
リアーナから事前に聞かされていた情報を、俺は静かに反芻した。
「地下水は、この国随一の飲料水として重宝されているらしい。……そして、地下には、大規模な鍾乳洞が広がっているとも」
「――鍾乳洞? そんなものが、王都の真下に?」
ノノが、意外そうに目を見開いた。
「長い年月をかけて、地下水が石灰岩を溶かして出来たものだろう。……この国の"水の都"という異名は、伊達じゃないってことだ」
「――なるほどね。それを、今回の作戦に使う、と」
「ああ」
◇
俺たちは、人目を避けながら、慎重に街の内部へと侵入していった。
「――ここまでは、順調だな」
「うん。……でも、なんか、複雑な気分」
ノノが、行き交う人々を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「普通に、生活してる人たちが、こんなにいるんだね」
「……そうだな」
俺も、同じ気持ちを抱いていた。この街の人々の多くは、戦争の意図も、王の思惑も知らず、ただ日々を生きているだけだ。
「――だからこそ、建物の破壊に留める。人死には、最小限にする」
「分かってる」
メメが、静かに頷いた。
「私たちがやろうとしていることは、正しいことじゃないかもしれません。……でも、これ以上、仲間が傷つくのを、見過ごすわけにはいかない」
「――ボクは、あんまり難しいこと分かんないけどー、みんなが辛そうなの見たくないから、頑張るよー!」
黄色い妖精が、無邪気に笑った。その屈託のない様子に、場の空気が、僅かに和らいだ。
◇
「――べべ、地下水脈の流れ、感じ取れるか」
俺の問いに、べべは静かに頷いた。
「造作もない。……我は、水と氷の理を司る者。この地の下に眠る、巨大な空洞――鍾乳洞の位置も、おおよそ掴めそうだ」
べべが、静かに目を閉じ、集中する。
「――あった。この街の中心部、ちょうど王城の真下あたりに、かなり広大な空洞がある」
「王城の、真下……」
俺は、静かに地図を広げた。
「そこを狙う。……あそこなら、王都の主要施設が集中している。上手くいけば、一撃で全てを無力化できる」
「――どうやって、そこまで潜り込むの?」
ノノの問いに、俺は静かに答えた。
「水路だ。……この街は、水路が縦横に走っている。地下水脈にも、恐らく繋がっているはずだ」
「なるほど、な。水の都だからこそ、地下への抜け道も、水の道にある、というわけか」
ルピンが、感心したように頷いた。
俺たちは、日が暮れるのを待ち、闇に紛れて、水路の奥深くへと足を踏み入れていった。




