第33話 エルフの誘拐と『英雄』
――時は少し遡る――
戦線が公爵領と男爵領で荒れ狂う中、その裏で、もう一つの汚れた作戦が静かに進行していた。
「――こっちだ、囲め!」
森の奥、魔王国領内に広がるエルフの集落へ、正規の神殿騎士とは異なる出で立ちの一団が、密かに侵入していた。
先頭に立つのは、優男風の甘い顔立ちをした男――英雄ニコルだった。
「戦争のどさくさに紛れて、こういう仕事をするのが、一番効率がいいんだよなぁ」
ニコルは、愉悦を隠しもせずに笑いながら、剣を肩に担いだ。
「容姿端麗な女で、なるべく若いのを選べ。……高く売れる」
「がってんだ、頭」
雇われた冒険者崩れの男たちが、下卑た笑い声を上げながら、エルフの集落へと踏み込んでいく。
「――逃げて、早く……!」
エルフの女が、幼子の手を引いて逃げ惑う。だが、その先には、既に別の冒険者が待ち構えていた。
「――残念だったな、お嬢さん」
「きゃあっ……!」
その凄惨な光景を、俺は木々の陰から静かに見つめていた。
(――間に合ったか)
サキュバスの諜報網からの報告を受け、俺は単身、先行して現場に駆けつけていた。リアーナたちの本隊は、まだ僅かに遅れている。
「――やめろ」
俺は、静かに姿を現した。
「――お、また会ったな。悪魔」
ニコルが、興味深げに片眉を上げた。
「戦争の最中に、随分と余裕だな。……いや、正規軍じゃ、こんな汚れ仕事は出来ないか」
「ご名答。神殿騎士どもは、変に潔癖でな。……こういう"効率のいい"稼ぎ方は、俺たちのような裏稼業が請け負うことになってる」
「――エルフを売って、汚職貴族から金を巻き上げる、か。人族の王も、随分と業の深い策を考えるものだな」
「知ってたのか。まあいい、どうせここで死ぬ相手だ」
ニコルが、剣を構えた。
「今度こそ、決着をつけようか」
◇
「――ハアッ!」
剣速は、以前戦った時よりも、さらに鋭さを増していた。
「くっ……!」
俺は槍で受け流しながら、静かに『鑑定』を発動させる。
『先天性スキル:英雄』
『後天性スキル:上級剣術、直感、商才』
(――スキル構成は変わっていない。だが、経験の積み方が違う)
「――随分と、腕を上げたな」
「戦場を渡り歩けば、嫌でも磨かれるもんでね」
ニコルの剣が、幾度も俺の防御をこじ開けようとする。だが、これまでの旅で積み上げてきた槍術、そして手にしたストレンジスピアが、以前とは違う俺を作り上げていた。
「――お前も、変わったみたいだな。その槍」
「ああ。……色々あってな」
「ふん。だが、俺の"直感"は、まだ死んでない。危険は、いち早く嗅ぎ分けられる」
「その直感、今日は当てにならないぞ」
俺は、静かに槍に語りかけた。
(――力を貸せ)
『――承知した』
穂先に、禍々しくも神々しい光が纏う。
「『神殺』――!」
――ズドンッ!!
一撃が、ニコルの構えを、まるで紙のように打ち砕いた。
「な――!? この威力……!」
「終わりだ」
俺は、間髪入れずに二撃目を放った。
――ドガァァンッ!!
ニコルの体が、地に沈んだ。
◇
「――くく……。まさか、ここまでとはな」
血を吐きながらも、ニコルは、皮肉げに笑った。
「なあ、悪魔。お前、なんで戦う」
「……仲間のためだ。守りたいものがある」
「――そうか。……俺には、そんなもん、とっくの昔になくなっちまった」
ニコルは、虚空を見上げながら、静かに続けた。
「金さえあれば、誰にも裏切られない。……そう思って、ここまで来た。だが、結局、金も、俺を裏切っていったよ。使えば減る、稼げば奪われる……。何も、残らなかった」
その声には、これまでの憎々しさとは違う、乾いた虚しさが滲んでいた。
「――お前は、いいな。守るものがあって」
「……」
「くく……。俺にも、そういうもんが、あったらな」
ニコルは、それきり、静かに目を閉じた。
俺は、しばし、その骸を見下ろしていた。
(――孤児として生まれ、裏切られ続けた男の、成れの果てか)
同情する義理はない。だが、その最期の言葉は、妙に俺の胸に残った。
「――エルフの皆さんは」
駆けつけたリアーナが、静かに問う。
「無事だ。冒険者どもは、片付けた」
「そうか。……よくやった、ディア」
俺は、静かに頷きながら、ニコルの亡骸に、一度だけ目を伏せた。




