第30話 侵攻開始と『衝突』
早朝、公爵領との国境付近に、地鳴りのような軍靴の音が響き渡った。
「――来たぞ! 第二、第三神殿騎士団、進軍開始!」
物見からの報告に、魔王軍の前線が一斉に色めき立つ。
「――待ってたぜ、こういうのをよ!」
軍神スルートが、下半身の馬体を勇ましく蹴り上げ、最前線へと躍り出た。
「野郎ども、続け! 力こそパワーだ!」
その傍らで、ルピンもまた、新調した棍と盾を構えていた。
「――随分と、頼もしくなったもんだな、ルピン」
スルートが、獰猛に笑う。
「シゴキのおかげでな。……そろそろ、恩返しといくか」
「ハッ、いいこと言うじゃねぇか!」
◇
「――我が名は、モカ。第三神殿騎士団長として、貴様らの相手をしよう」
隊列の中から進み出た、鋭い目つきの女騎士が、静かに剣を抜いた。
「治安維持担当と聞いていたが、随分と腕が立ちそうだな」
スルートが、興味深げに目を細める。
「――治安維持とは、すなわち、無法者を斬り伏せる仕事。……お前たちのような輩には、慣れている」
「面白い。だが、俺は"力こそパワー"を体現する男だ。舐めてかかると、痛い目を見るぜ」
スルートが、槍を握り直し、一気に間合いを詰めた。
「――ぬん!」
「くっ……! 速い……!」
モカの剣技は、確かに鋭かった。だが、軍神と称されるスルートの膂力と速度の前では、対応しきれない場面が徐々に増えていく。
「終わりだ!」
「が、ぐぅ……!」
スルートの一撃が、モカの鎧を貫いた。
「――見事な剣だった。だが、俺の方が、一枚上手だったな」
モカは、静かに崩れ落ち、二度と動かなくなった。
◇
一方、ルピンは、押し寄せる騎士たちの一団を、盾で真正面から受け止めていた。
「うおおおおおおッ!」
その一撃は、以前とは比べ物にならない重みを持っていた。オークジェネラルとしての力、そして幾度もの実戦で鍛え上げた盾術が、隊列を丸ごと押し返す。
「――大丈夫だ。この程度、乗り越えられる」
数ヶ月に及ぶスルートの荒稽古が、確かにルピンの中に、揺るぎない自信を育てていた。
◇
戦場の別の一角では、リアーナが、後方支援の別動隊を率いていた。その傍らに、俺の姿もあった。
「――ディア、随分と急な合流だな」
「ハクロウという男、放っておくには惜しい相手だと思ってな」
「――我が名は、ハクロウ。第二神殿騎士団長として、そこの真祖と、噂の悪魔を相手取ろう」
若き猛将が、鋭い眼光で剣を構える。
「――剣豪、か」
俺は、静かに槍を構え直した。
「悪いが、二対一だ」
「――卑怯とは言わせん。……この状況で、それを選んだ貴様らの判断こそ、正しい戦い方だろう」
ハクロウが、剣を構えた、その刹那。
リアーナの姿が、掻き消えた。
「――な……!?」
真祖の速さは、剣豪の反応速度すら置き去りにしていた。
「――遅い」
背後に回り込んだリアーナの手刀が、ハクロウの首筋を的確に捉える。
同時に、俺の槍が、彼の胴を貫いた。
「――が、はッ……」
ハクロウは、驚愕の表情のまま、声を発する間もなく崩れ落ちた。
「……あっけないものだな」
リアーナが、静かに呟いた。
「ああ。……だが、これで終わりじゃない」
俺は、遠く戦場の奥を見据えた。
◇
戦線は、双方譲らぬまま、日が暮れるまで続いた。
「――今日のところは、退くぞ!」
夜を待たず、第二・第三神殿騎士団は、指揮官を失いながらも、整然と後退していった。
「くそ、逃げ足だけは速いな!」
スルートが、悔しげに舌打ちする。
「――いや、これは"退いた"というより、"様子見だ"」
ルピンが、傷だらけの体で、静かに呟いた。
「本命は、まだ来ていない気がする」
その予感は、正しかった。




