第26話 氷海の底と『眠れる王』
「――ここが、伝承にある場所か」
リアーナ達は魔王アリマンの指示で、北にある古代都市の調査に来ていた。
リアーナが、地図を片手に、荒涼とした氷原を見渡した。
「何度か調査に来たことがある。だが、いつ来ても、遺跡らしきものは見当たらなかった」
「気になるな。伝承では、都市は"一夜にして破壊された"、とあるだけだったな」
俺は、地図と目の前の光景を見比べながら眉をひそめた。
「その後、都市がどうなったかまでは、記録に残っていない」
「――あれ、ここ、変じゃないですか?」
メメが、足元を指差した。
「本来なら、陸地であるはずの場所……。なのに、なぜか一面、氷に覆われてます」
「――言われてみれば」
俺も、違和感に気づいた。海に近い氷原ならまだしも、伝承にある位置は、本来もっと内陸のはずだった。
「――もしや」
俺は、静かに口を開いた。
「破壊された後、都市はどこかへ落ち、そのまま氷に閉ざされた……。そういうことなんじゃないか」
「――なるほど。伝承にない、その後の顛末、というわけか」
リアーナが、興味深げに頷いた。
「――べべ、頼めるか」
俺が声をかけると、べべは静かに頷いた。
「造作もない。……我は、元より氷雪の理を司る者」
べべが翼を広げ、静かに詠唱を紡ぐ。
『――氷解』
淡い光と共に、広大な氷原が、みるみるうちに水へと姿を変えていった。
――ゴゴゴゴゴゴッ……!
轟音と共に、氷の下から、巨大な石造りの都市の輪郭が姿を現す。
「――これは」
リアーナが、感嘆の声を漏らした。
「一億年、誰も目にすることのなかった、伝説の都市……。アオス」
◇
俺たちは、慎重に都市の内部へと足を踏み入れた。
「――酷いな」
崩れ落ちた石柱、砕けた彫像。かつての繁栄を思わせる荘厳な建築の随所に、激しい戦闘の爪痕が刻まれていた。
道中、いくつもの遺体が、腐ることなくそのままの姿で横たわっていた。
「――一億年経っても、朽ちていない、だと……?」
「恐らく、氷に閉ざされていたおかげだろう。……この寒さと密閉された環境が、腐敗そのものを止めていたんだ」
リアーナが、静かに頷いた。
「――なるほど。神の奇跡ではなく、ただの、自然の理か」
◇
「――ここ、罠だ! 動くな!」
先行していたダキオスが、鋭く声を上げた。
眷属となった元A級冒険者――アレン、ユート、カリナの三人が、手早く周囲を確認する。
「――圧力感知式の罠、か。古いが、まだ機能してる」
アレンが、慎重に解除の手順を進めていく。
「こういう場所は、俺たちの得意分野だ」
ダキオスが、静かに呟いた後、リアーナへと向き直った。
「――リアーナ様。この先、罠の解除は我らにお任せを。……あなた様に、万が一のことがあってはなりません」
「ふふ、心配性だな、ダキオス」
「命を救っていただき、こうして再び戦う機会まで頂いた身です。……この程度の役目、当然のこと」
ダキオスは、深く頭を垂れた。
俺は、その様子を横目に見ながら、密かに感心していた。
(――随分と、律儀な忠誠心だな)
眷属化された当初の反発は、既にどこにも見られなかった。
俺たちは、彼らの案内で、幾つもの罠を回避しながら、都市の奥――かつての王城へと進んでいった。
◇
たどり着いた玉座の間には、今にも動き出しそうなほど、生々しい姿の遺体が、玉座に腰掛けたまま鎮座していた。
「――この方が」
「――魔王アルカナ、だろうな」
俺は、静かにその姿を見つめた。
頭には荘厳な王冠、手には杖、そして纏うのは、豪奢なローブ。ただの装飾品ではなく、その全てから、確かな神気――恩寵武具特有の気配が漂っていた。
「――これは、飾りじゃないな」
俺は鑑定を発動させた。
『――恩寵武具:魔を統べし王冠、覇者の杖、創世のローブ。歴代の魔王に相応しき者へ、その力を貸す』
「歴代の魔王に相応しき者、か……」
リアーナが、静かに呟いた。
「これは、今の陛下――アリマン様にこそ、相応しい品だろうな」
「――俺も、そう思う」
俺たちは、それらを丁重に回収した。
「――丁重に、埋葬しよう」
俺の言葉に、皆が頷いた。
俺たちは、その亡骸を、静かに石棺へと納めた。
「――安らかに」
リアーナが、そっと祈りを捧げる。
一億年の時を超え、ようやく、伝説の王は、その眠りを全うすることができた。
◇
弔いを終えた後、俺は玉座の裏に、僅かな違和感を覚えた。
「――ここ、何かある」
俺は『仕掛け(罠)』の感覚を研ぎ澄ませながら、玉座の裏側を丹念に探った。
やがて、隠された切り替えの仕掛けが見つかり、静かに石壁がスライドしていく。
「――階段、か」
その先には、地下へと続く、隠し階段が広がっていた。
「行ってみよう」
俺たちは、慎重に足を進め、更なる深部――アオスの、最後の秘密へと近づいていった。




