第25話 仲間と『休日』
ライオネル王国から帰還した俺は、リアーナから久方ぶりの休暇を言い渡されていた。
「――たまには、羽根を伸ばすがいい。お主も、随分と働き詰めだったろう」
「ありがたく受け取っておく」
せっかくの機会だ。俺はまず、デルポポ隊で研究に励んでいるというノノの元へと足を運んだ。
◇
「――お、ディア。丁度いいところに」
デルポポ隊の資料室で見つけたノノは、机の上に山積みの魔導書を前に、難しい顔で唸っていた。
「何をしてるんだ」
「攻撃魔法の新開発。……デルポポ様の手伝いをしながら、合間に研究させてもらってるの」
ノノは、得意げに胸を張った。
「『黒炎槍』『黒流岩』に続く、新しい術式を考えてるんだけど……」
「――『黒雷』、か」
俺は、机上に広げられた術式図を覗き込んだ。
「そう。でも、まだ未完成でさ。……雷属性の術式自体は組めたんだけど、発動条件が厄介で」
「条件?」
「雨雲がないと、発動しないの。空気中の湿度と、電位差みたいなものが必要みたいで……。晴れた日には、まるで役に立たない」
ノノが、悔しげに眉を寄せる。
俺は、しばし術式図を眺めながら考えを巡らせた。
「――なら、雨雲がないなら、作ればいい」
「は?」
「疑似的な雨雲だ。……水属性の魔力で、局所的に湿度の高い空間を演出できないか。本物の雨雲である必要はない、電位差を生む"環境"さえ再現できればいいはずだ」
ノノが、目を見開いた。
「――それ、いけるかも……!」
その日から、ノノは俺のアイデアを元に、術式の再構築へと取り掛かった。
数刻の試行錯誤の末――
「――やった、成功した!」
ノノの掌の上に、小さな黒い雷雲が形成され、そこから漆黒の雷撃が迸った。
――バリバリバリッ!!
轟音と共に、標的の丸太が黒焦げになって崩れ落ちる。
「――これ、絶対やばい威力だよ……!」
ノノが、興奮気味に自分の手を見つめた。
「『黒雷雲』。……お前の研究の成果だ。俺は、ちょっとしたきっかけを渡しただけに過ぎない」
「――そんなことない。あんたのアイデアがなきゃ、まだ行き詰まってた」
ノノは、僅かに頬を緩めながら、俺を見上げた。
「――ありがと、ディア」
「礼はいい。お前の実力だ」
その素直な言葉に、ノノは何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに視線を逸らし、小さく咳払いをした。
「――ま、まあ、それはそれとして。次、頑張るから」
◇
続けて、俺はメメと合流した。今回の一連の任務にずっと同行していたこともあり、丁度、休暇の日程も重なっていたのだった。
「――ディアさん、今日はどこか、行きたい所とかありますか?」
メメが、僅かに緊張した面持ちで尋ねてくる。
「特にないな。……お前が行きたい所でいい」
「じゃあ、街を、少し見て回りましょうか」
魔王城下の街は、思いのほか賑わっていた。露店には、様々な種族向けの品が並び、活気に満ちている。
「――これ、似合うと思います」
メメが、控えめな柄の外套を勧めてくる。
「ん、悪くないな」
「わ……。じゃあ、これも……」
メメの提案するまま、いくつかの服を試着し、甘味処では、彼女が薦める菓子を並んで頬張った。
「――美味しい、ですね……」
メメが、頬を緩めながら幸せそうに微笑む。
「ああ」
その笑顔を見て、俺は素直にそう思った。だが、メメの頬が、時折ほんのりと赤く染まっていることには、あまり深く気を留めなかった。
(――ディア、鈍いですね……)
メメが、内心でそっと呟いた言葉には、当然、気づく由もなかった。
サキュバスであるノノやメメの中に流れる恋心は、人間に近い、情熱的で分かりやすいものだ。だが、俺という存在は、悪魔としての性質を色濃く受け継いでいる。悪魔にとっての"番"とは、単なる恋慕ではなく、深い敬愛――時に、主従にも似た絶対的な信頼を土台とするものだった。
俺にとって、それに最も近い感情を抱く相手は、今のところ、ただ一人しかいない。
その事実に、俺自身、まだはっきりと気づいてすらいなかった。
◇
「――そういえば、べべの装備、まだ何も買ってなかったな」
俺がふと呟くと、メメが目を輝かせた。
「あ、行きましょう! べべちゃん、お留守番してますもんね」
俺たちは、装備店へと足を運んだ。
「――この子用のサイズ、あるか」
「随分と小さめの竜種ですね……。少々お待ちを」
店主が持ってきたのは、小さな首輪型の防具や、翼に合わせた軽装だった。
「これなんて、可愛いと思います……!」
メメが、小さな装身具を手に取り、嬉しそうに笑う。
その様子は、まるで子の持ち物を選ぶ夫婦のようで、俺は思わず苦笑した。
「――随分と、楽しそうだな」
「え……あ、そ、そうですか……?」
メメが、慌てたように頬を染める。
俺たちは、べべの喜びそうな品をいくつか選び、店を後にした。
「――今日は、楽しかったです」
別れ際、メメがそっと微笑んだ。
「また、今度、一緒に買い物、行きましょうね」
「ああ、また誘ってくれ」
俺が頷くと、メメは花が咲くような笑顔を浮かべ、軽い足取りで去っていった。
◇
その日の夕方、俺はスルート隊の訓練場へと足を運んだ。
「――おお、ディアじゃねぇか!」
満身創痍のルピンが、地面に大の字になりながら、こちらへと手を振ってきた。
「随分と、絞られてるみたいだな」
「ああ、酷いもんだぜ……。スルートの奴、加減ってものを知らねぇ」
ルピンの全身には、無数の傷跡が刻まれていたが、見る間にそれらが薄れ、癒えていく。
「――お前の自己回復、大分頼りにされてるみたいだな」
「まったくだ。治ったら、またすぐにぶちのめされる。地獄の繰り返しだよ」
そう言いながらも、ルピンの表情には、確かな充実感が滲んでいた。
俺は、何気なく『鑑定』を発動させた。
『後天性スキル:統率、上級棒術、盾術』
「――ルピン、お前の棒術、上級に上がってるぞ」
「――は? まじか」
「ああ。この短期間で、随分と鍛え上げたみたいだな」
ルピンは、驚いたように自分の得物を見つめた後、獰猛な笑みを浮かべた。
「――そうか。……なあ、ディア」
「ん?」
「そろそろ、俺たちも決着つけるか?」
ルピンの目に、久方ぶりに、あの初対面の日と同じ、燃えるような闘志が宿っていた。
「――いいぜ、かかってこい」
俺も、静かに槍を構え直した。
◇
――ドガァァンッ!!
最初の一撃から、激しい打ち合いが始まった。
「ハアッ!」
ルピンの棍が唸りを上げる。オークジェネラルとしての膂力、そして実戦経験の蓄積が、その一撃に凄まじい重みを乗せていた。
「くっ……!」
俺は槍で受け流しながら、後方へと下がる。
(――偵察と交渉ばかりで、実戦の場数はルピンの方が圧倒的に多い)
正面から力比べをすれば、分が悪いのは明らかだった。だが、俺には、俺なりの強みがある。
「――当たれよ!」
ルピンの棍が、四方八方から俺を追い詰めるように振るわれる。
「だが、そう簡単には当たらせない」
俺は数手先を読みながら、最小限の動きで攻撃を躱し、隙を見ては反撃を差し込んだ。
「ちっ……! 躱すのだけは、相変わらず上手いな!」
「褒め言葉として受け取っておく」
打ち合いは、拮抗したまま続いた。
受けながらも押し込むルピン、避けながらも追撃を刻むディア。互いの手の内を知り尽くしているだけに、簡単には決着がつかない。
「――足元、そう易々とは晒さないぞ」
ルピンが、慎重に足運びを整えながら呟く。
(――スリップを警戒してるな。当然か)
俺の得意技は、既にルピンにとって織り込み済みの脅威だった。
◇
戦いは、じりじりと膠着していった。
「――そこだッ!」
ルピンが、俺を訓練場の四隅へと追い詰める。
「もらったぁーー!」
ルピンが、渾身の力を込めて棍を振りかぶった、その刹那。
俺は、狙いすましたように、ルピンの――握る"手"へと『スリップ』を発動させた。
「な――!?」
握力を失った棍が、掌からするりと滑り落ちる。
「――ゲームセット」
俺は、空いた間合いへと即座に踏み込み、槍先をルピンの首元へと突きつけた。
「……くっ、はは……! やられたぜ……!」
ルピンが、悔しさと爽快感の入り混じった笑い声を上げた。
「足元ばかり警戒して、手元は疎かにしたな」
「まさか、あの技を、そんな使い方するとはなぁ……!」
俺は槍を引き、ルピンに手を差し伸べた。
「――俺の勝ちだ」
「ああ、認める」
ルピンは、その手を掴んで立ち上がりながら、獰猛に笑った。
「だが、次はこうはいかねぇぞ。……もっと鍛えて、絶対にお前を抜いてやる」
「――望むところだ」
俺たちは、固い握手を交わした。
久方ぶりの休日は、それぞれの成長を確かめ合う、良い一日となった。




