第22話 救出と『英雄』
「――ハアッ!」
ニコルの剣速は、俺の想定を軽く上回っていた。
「くっ……!」
槍で受け止めるも、衝撃で腕が痺れる。
俺は間合いを取りながら、咄嗟に『鑑定』を発動させた。
『先天性スキル:英雄』
『後天性スキル:上級剣術、直感、商才』
(――英雄、だと……! それに、上級剣術……!)
「先天性スキル『英雄』か。……人族側でも相当な上位者ってわけだ」
俺の呟きに、ニコルが片眉を上げた。
「――鑑定持ちか。まあいい、隠すようなことでもない」
「――ほう、悪くない反応だな。だが」
ニコルの剣が、まるで生き物のように軌道を変え、俺の脇腹を掠めた。
「がっ……!」
「頑丈さは認めるが、それだけじゃ俺には勝てないぜ」
(――思った以上に、強い……!)
俺は歯を食いしばりながら、状況を冷静に整理した。
(――今の俺の役割は、勝つことじゃない。情報を持ち帰ることだ)
「――退かせてもらう」
俺は、懐から手早く仕掛けた罠――煙玉と足止めの縄を、地面に叩きつけた。
「な――!」
視界を塞ぐ濃霧のような煙と、足元に絡みつく縄。ニコルの動きが、一瞬止まる。
「――逃げるつもりか! 卑怯な――!」
「褒め言葉として受け取っておく」
俺は煙に紛れ、全速力で樹海の奥へと駆け出した。
「くそ……! 待て――!」
だが、勇者の頑強な脚力と、これまで積み上げてきた身体能力が、俺をニコルの追跡から確実に引き離していく。
◇
魔王城へと帰還した俺は、すぐさまリアーナの元へと駆け込んだ。
「――リアーナ、状況が分かった」
「聞かせてくれ」
「敵は、人族の"英雄"を持つ男――ニコル。……ドライアド族数十体を集落内に監禁し、樹液を採取している。周辺には、武装した見張りが多数配置されてる」
「なんと、そこまで……」
「奴が現地にいる以上、正面からの救援は難しい。……ただ、ドライアドは、俺たち魔族や人族と違う呼吸の理を持つはずだ」
リアーナが、はっとした表情を浮かべる。
「――酸素ではなく、魔素を糧に呼吸する種族、か」
「そうだ。なら――」
俺は、その場で作戦の骨子を語った。
「集落全体にバリアを張り、内側を密閉する。外側の森を、こちらから焼き払う。……燃焼で発生する二酸化炭素を、バリアの隙間から内部へと送り込めば、人族の襲撃者は呼吸困難になって撤退せざるを得なくなる。だが、ドライアドは魔素で呼吸する体――酸素濃度の変化には、そもそも影響を受けない」
「……つまり、ドライアドは無傷で、敵だけを追い出せる、ということか」
「ああ。その混乱の隙に、リアーナの工作部隊が突入し、ドライアドたちを救出する」
リアーナは、感心したように頷いた。
「――相変わらず、えげつない知恵を回すものだな。よかろう、その作戦で行く」
◇
作戦は、迅速に実行に移された。
工作部隊が集落の周囲にバリアを展開し、外側の木々に次々と火を放つ。
「――燃え広がるぞ! 位置取りを維持しろ!」
轟々と燃え盛る炎が、樹海の一角を赤く染め上げる。
バリアの隙間から流れ込む煙と二酸化炭素に、集落を包囲していた人族の傭兵たちが、次々と苦しげに咳き込み始めた。
「な、なんだ、これ……! 息が……!」
「撤退だ、撤退……!」
混乱と呼吸困難に陥った襲撃者たちが、次々と後退していく。
その隙を突き、リアーナ率いる工作部隊が、集落へと突入した。
「――皆、無事か!」
木々に囲まれた集落の奥、監禁されていたドライアドたちが、次々と救出されていく。
「感謝、いたします……。まさか、救援が……」
弱り切ったドライアドの長らしき女性が、涙ながらに頭を下げた。
「礼はいい。……早く、安全な場所へ」
◇
だが、混乱の中、殿を務めていた俺の前に、再びニコルが立ちはだかった。
「――やってくれたな、悪魔」
ニコルの目に、明確な殺気が宿っていた。
「せっかくの商売道具を、まんまと奪われたんだ。……ただでは帰さんぞ」
「今度は、逃げるだけじゃない」
俺は静かに槍を構え直した。
先の戦闘の教訓を活かし、既にニコルの剣速や間合いへの対策――呼吸のリズムを読む集中と、槍の間合いを調整する立ち回りを、頭の中で組み立て直していた。
「――ハアッ!」
「甘いな!」
剣と槍が、幾度も激しく交錯する。互いに一歩も譲らぬ攻防が続いた。
「――くっ、思ったより、成長が早いじゃないか……!」
ニコルが、僅かに苛立ちを滲ませる。
「これでも、色々くぐり抜けてきたんでな」
「――ハッ、面白い。だが、今日のところは、俺もこの辺で退かせてもらう」
「お前だけならまだしも、『真祖』まで相手にしたら分が悪いからな。」
ニコルは、殺気を収めながらも剣を鞘に収め、後方へと跳び退った。
「せっかくの商品を取り返された以上、無理に長居する理由もない。……だが、次はこうはいかないぞ、悪魔」
「――こちらも同じ台詞を返しておく」
ニコルは、不敵な笑みを残し、樹海の奥へと姿を消していった。
◇
戦いの余韻が収まった頃、俺は、無事に救出されたドライアドたちと共に、魔王城への帰路についた。
「――見事な作戦だったな、ディア」
リアーナが、満足げに労いの言葉をかけてくる。
「奴とは、また相見えることになりそうだ」
「そうだろうな。……次は、もっと万全の状態で挑みたいものだ」
俺は、微かな疲労を感じながらも、静かに闘志を燃やしていた。
こうして、魔王国での初任務は、辛くも成功のうちに幕を閉じた。




