第21話 魔王国でしばしの『別れ』
魔王国の城門を潜った瞬間、俺たちは思わず息を呑んだ。
石造りの城壁の内側に、思いのほか整然とした街並みが広がっていた。オーク、ゴブリン、リザードマン、ダークエルフ――多種多様な魔族たちが、当たり前のように行き交っている。
「――思ったより、人間の街と変わらないな」
ルピンが感心したように呟く。
「魔王国は、四つの部門で成り立っている」
リアーナが歩きながら説明を続けた。
「軍神スルート率いる、最前線部門。……主に対人族の前線戦力を担う」
「私の率いる、工作・サポート部門。諜報、後方支援、救援作戦など、裏方仕事全般だ」
「全知の王デルポポ率いる、守護・事務担当部門。内政、防衛、組織運営を一手に担う頭脳部隊だな」
「そして、黄色い妖精率いる、特別対策部門。……とはいえ、あれは実質、彼女一人だけの部署だ。誰の指図も受けず、魔王陛下のみがその手綱を握る」
「階層は、魔王陛下を頂点に、四大守護者、部隊長、一般兵という構成だ」
俺は静かに頷いた。
「――で、俺たちはどこに配属されるんだ」
「まずは、陛下への謁見からだ。……正式な配属は、追ってそれぞれの守護者から通達がある」
◇
――だが、その前に。
「――ディア。お主だけ、先に来てくれ」
リアーナに促され、俺は一人、玉座の間へと通された。人払いがされているのか、控えていたはずの近衛の姿もない。
「――お前が、ディアか」
低く、重みのある声だった。歴戦を重ねた威圧感が、玉座越しにも肌を刺してくる。
「リアーナから、事情は聞いている。……勇者のスキルを、身の内に宿しているそうだな」
俺は静かに頷いた。
「はい」
「隠す理由も、名乗り出た心境も、リアーナから聞いた。……この件、私とリアーナ、そしてお主の仲間たち以外には、決して漏らさぬ。約束しよう」
「感謝します」
「その力、これからは正しく我が魔王国のために使うがいい。……歓迎する」
アリマンは、静かに頷いた。
「――さて。他の者たちも、通せ」
◇
改めて、ルピン、ノノ、メメが玉座の間へと招かれた。この場には、スルートとデルポポも同席していた。
「――配属を言い渡す」
アリマンが、厳かに告げた。
「ディアは、リアーナ直属の特任部隊長とする」
リアーナが、悪戯っぽく微笑んだ。
「まだ部下はいない。……お主の高い知能を活かした戦略立案、単独での調査や暗躍が主な仕事になる」
「ルピン、お前はスルート隊への配属だ」
「――よし、望むところだ」
スルートが、獰猛に笑った。
「ノノ、メメ。お前たちは、デルポポ隊への配属となる」
「よろしくお願いします……!」
「攻撃・支援両面の魔術適性を買われての配属、ということだな」
デルポポが眼鏡を軽く押し上げながら、淡々と告げた。
「早速、業務資料を渡す。追って研修日程も組む」
「……相変わらず、仕事が早いな、デルポポ」
リアーナが苦笑する。
◇
謁見を終えた後、俺たちは、しばしそれぞれの部署へと散っていくことになった。
「――しばらく、別行動になるな」
俺の言葉に、ノノが小さく肩を落とした。
「そうだね……。でも、また合流できるんでしょ?」
「ああ。それぞれの部署で力をつけて、また同じパーティーとして動く時が来る。……それまでの、辛抱だ」
「私、頑張ります……!」
メメが、拳を握りながら微笑む。
「俺も、スルートの下で鍛えてくるぜ。次会う時には、もっと強くなってる」
ルピンが、獰猛な笑みを浮かべた。
「――ああ。それぞれの場所で、精一杯やろう」
四人は、それぞれの部署の入り口で、一度固く頷き合い、別々の道へと進んでいった。
◇
配属初日、俺はリアーナの執務室に呼び出されていた。
「――ディア。早速、任務が入った」
リアーナの表情が、僅かに強張っている。
「東方――禁忌の樹海の外れにある、ドライアド族の集落から、救難信号が届いた」
「救難信号?」
「ああ。……詳細な状況はまだ不明だが、人族の何者かが、集落を襲撃しているらしい」
俺は眉をひそめた。
「ドライアドは、あの樹海に古くから住まう種族だ。魔族側にも、友好的な立場を取ってきた……。放ってはおけん」
「救援部隊は?」
「今、編成中だ。だが、まず現地の状況を正確に把握する必要がある」
「――俺が、先行して偵察に行く」
俺は迷わず申し出た。
「単独で調査を行うのが、俺の役目だ。まずは状況を把握してから、作戦を立てた方がいい」
リアーナは、しばし俺の顔を見つめた後、頷いた。
「……分かった。だが、無理はするな。あくまで偵察に徹しろ」
「ああ、心得てる」
◇
俺は単身、禁忌の樹海の外れへと足を向けた。
木々の合間を縫うように進むと、やがて、粗末な柵で囲われた一角が見えてきた。
武装した人族の男たちが、周囲を固めるように配置されている。柵の中では、木の肌を持つ女性型の亜人――ドライアドたちが、何かの作業を強いられているようだった。
(――樹液の採取、か)
俺は木々の陰に身を潜め、しばらく状況を観察した。監禁されている数、見張りの配置、周囲の地形――全てを頭に叩き込んでいく。
――だが。
「――おや。魔族の斥候か?」
不意に、涼やかな、しかしどこか粘着質な声が背後から響いた。
振り返ると、そこには、優男風の甘い顔立ちをした人間の男が、剣を肩に担いだまま、笑みを浮かべて立っていた。
「……お前は」
「ニコル。……人間の間じゃ、そこそこ名の知れた男だよ」
ニコルは、愉悦を隠しもせずに笑った。
「魔族が、こんな場所に何の用だ? ……もしかして、あそこの木の女どもを助けに来たのか?」
俺は静かに槍を構えた。
「――お前が、あの集落を狙っているのか」
「ああ、そうだよ。木の女の樹液は、良い薬の材料になるんでね。……採り尽くすまでは、逃がすわけにはいかない」
その言葉に、俺の中で、静かな怒りが煮え立った。
「……趣味が悪いな」
「趣味じゃない、商売だよ。……まあ、いい。せっかくだ、お前で試させてもらおうか」
ニコルが、愉快そうに剣を構えた。
「……たくさんの魔族を殺せば、こっちも箔がつく」
「――望むところじゃないが、退くわけにもいかないな」
俺は槍を構え、静かに、しかし確実に、戦意を固めた。




