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【悲報】最弱インプ、勇者を事故死させてスキルを強奪してしまう~成り上がり魔王譚~  作者: 下総山中
奪われしスキル、成り上がりの道

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第2話 名付けと『ディア』

劇的な肉体と魂の変容劇から、三日が過ぎた。

 全身を焼き尽くすようだった狂乱の激痛が嘘のように引き、俺――名もないインプは、自分の巣穴でじっと自分の拳を見つめていた。

 頭の中に、明瞭な『理解』が芽生えている。

 あの日、あの大雨の橋で奪い取ってしまったのは、この世界にただ一つしか発現しない最頂点のパッシブスキル――『勇者』。

 その能力は、まさに破格の一言だった。

 筋力増幅は『豪力』を軽々と上回り、あらゆる武具への習熟度は『ウェポンマスター』以上。皮膚の硬度は『鉄壁』を超え、魔法に対する理解と演算能力はまるで『賢者』の領域だ。基礎能力の底上げに加え、各種状態異常への完全な耐性までついている。

 戦闘という一面において、間違いなく『最強』のスキルだった。

 ただし、この世界には『熟練度』と『経験値』という絶対のルールが存在する。

どれほど強力なスキルであれ、発動を重ね、他者を倒してレベルを上げることでしか、その真のポテンシャルを開花させることはできない。

 最強のパッシブスキル『勇者』。

 そして、発動率二割の最低なアクティブスキル『スリップ』。

 この歪で極端な二つの力を併せ持つのが、いまの俺だ。

(……これだけの劇的な変化だ。俺はあの日、間違いなくとんでもないスキルを手に入れた)

 冴え渡る頭脳が、即座に最適解を導き出す。

「――強くなるためには、戦うことが最優先だ」

 止まっている暇はない。俺は静かに巣穴を出て、動き始めた。

 この世界では、魔族も人間と同じように『蘇生場』が存在し、死んでもそこで復活することができる。ただし、死のペナルティとして能力が半減するのが基本だ。ごく稀に『デスペナルティ無効』などのレアスキルを持つ者もいるが、大半は命を落とせば弱体化を免れない。

 俺は来る日も来る日も、森の中を貪欲に動き回った。

 同じ下級の同族(魔族)だろうが、森に迷い込んだ人間だろうが関係ない。牙を剥くものはすべて狩り、スキルと肉体の熟練度を泥臭く貪り食っていった。

 ◇

 そんなある日のこと。

俺の縄張りである森の街道を、一台の黒い馬車が走り抜けていった。

馬車を引くのは、漆黒の炎を纏った魔獣『ナイトメア』。

乗っていたのは、ひとりの美しい女だった。

名をリアーナ。魔界において魔王に次ぐ権力を誇る『4大守護者』の一人であり、吸血鬼の頂点に立つ『真祖』のヴァンパイアである。

彼女がこんな辺境の地に赴いたのは、自身の持つ先天性スキル『予知』が、このルナーラ村周辺で『勇者スキルの発現』を感知したからだ。

人間側に覚醒される前に勇者を確保し、魔王城の奥深くに幽閉する――それが彼女に課せられた極秘の任だった。

しかし。どれほど森や村を探せど、勇者の気配など見つかるはずもなかった。

それもそのはずだ。世界の理がバグを起こし、肝心の勇者スキルはとっくに一匹の最弱インプの体内に収まっているのだから。

さらに最悪なことに、リアーナの目撃情報を嗅ぎつけた人間側が動いた。

ルナーラ村には、一国の軍隊に匹敵する最高峰の戦力――『S級冒険者』たちが集結しつつあったのだ。

「……ちっ、この周辺のはずなのに、一向に見つからぬ。……あのS級冒険者め、正面からやり合えば無事では済まんな。潮時か……。もう一日だけ探して、帰還するとしよう」

だが、リアーナのその判断は一瞬遅かった。

探索の隙を突かれ、手練れのS級冒険者に奇襲を許してしまったのだ。

激烈な戦闘の末、リアーナは命からがらその場を脱出した。

彼女が満身創痍で逃げ延びた先――それこそが、最弱の雑魚インプが潜む、あの薄暗い洞窟だった。

「……うわ、なんだこれ」

狩りから洞窟へ帰ってきた俺は、入り口で血だらけになって横たわる絶世の美女を発見し、大慌てで介抱を始めた。

手持ちの薬草をすり潰し、傷口に巻き、介助する。

……ちなみに、この時俺が人生で初めて恋に落ちたのだが、それはまた後日の話だ。

「……ふふ、おぬし……すまんな。恩に着るぞ……」

さすがは上位魔族というべきか。虫の息だったリアーナは、俺の手当てと持ち前の驚異的な再生能力により、二日後にはすっかり元気を取り戻していた。

動けるようになった彼女は、よく喋った。

昼間に人間の冒険者から奇襲を受けたこと。その戦闘の煽りで、相手の『鑑定の魔道具』を叩き壊してやったこと。ついでに「現在彼氏募集中である」ということまで、他愛もない会話をたくさん交わした。

(なぜ……このインプは、これほど人知を超えた言葉の理解と意思疎通ができるのだ……?)

リアーナは心の底で強い違和感と驚きを覚えていたが、あいにく深く追及する余裕はなかった。任務失敗の報告をして魔王から受けるであろう説教のことで、頭がいっぱいだったからだ。

洞窟を去る間際、リアーナは振り返り、優しく微笑んだ。

「インプよ、貴様には大変世話になったな。……ふむ、どうやら『名持ち』ではないようだな。よし、私が名付け親になってやろう」

『名付け』。

それは魔族にとって、生涯に一度あるかないかの決定的な儀式だ。

名を与えられた者は、能力の底上げ、スキルの上限解放、成長率の大幅向上など、あらゆる恩恵バフを享受する。

そして名付け親の格が高ければ高いほど、その恩恵は跳ね上がる。魔王直属の4大守護者ともなれば、実質的に最高峰の恩恵だ。

もちろん、リスクがないわけではない。

もし名付ける相手が強大な存在であれば、名付け親は自身の『熟練度(力)』をごっそりと持っていかれてしまう。

だが、リアーナは鷹揚に笑っていた。

「くく、相手はたかがインプだ。熟練度など減りもし破格のご褒美のようなものよ」

その判断は、完璧に正解だった。

どれほど『勇者』という最高峰の潜在能力を秘めていようと、いまの俺はまだ育ちきっていない最下級のインプ。熟練度の移動など、彼女の膨大な魔力からすれば微々たる誤差に過ぎない。

リアーナは指先に漆黒の魔力を宿し、俺の額にそっと触れた。

「――今日から、おぬしは『ディア』だ」

その瞬間、身体の奥底から暴風のような力が吹き荒れた。

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