第18話 迷宮の罠と『不死の王』
豪雪エリアを抜ける前に、俺たちは一度、転移陣を使って宝物殿へと戻った。
「――防寒具は、ここに置いていこう。次はもう要らない」
俺は厚手の外套を丁寧に畳み、棚へと戻した。
「卵、ちゃんと預かってもらえるかな」
メメが、腹の辺りで抱え続けていた卵を、心配そうに見つめる。
「大丈夫。同郷の皆に頼めば、きっと大事にしてくれる」
案内役のサキュバスに卵を託すと、彼女は柔らかく微笑んだ。
「温かくして、しっかり見守っておきますね」
「頼む」
メメは名残惜しそうに卵を一撫でしてから、静かに手を離した。
◇
宝物殿の棚を整理していると、隅に古びた一枚の地図が眠っているのを見つけた。
「――これ、以前この塔を攻略した先人が残したものか?」
広げてみると、そこには塔の内部構造――階層ごとの見取り図らしきものが、丁寧に描き込まれていた。
「幸い、大まかな設計は変わっていないみたいだな。……これがあれば、多少は楽になる」
俺たちは地図を手に、迷宮エリアへと足を踏み入れた。
◇
迷宮エリアは、これまでの階層とは打って変わって、石造りの入り組んだ通路が延々と続く場所だった。
「――来ます。前方、複数……! 人間の冒険者みたいな、動き……!」
メメの声に、俺たちは身構えた。
現れたのは、腐り落ちた鎧を纏い、剣や斧を手にした人型の魔物だった。意識も名も持たない虚獣のはずだが、その動きは、まるで生前の冒険者の癖をそのまま引き継いだかのように、妙に人間臭かった。
「――こいつら、連携までしてきやがる」
ルピンが盾を構えながら唸る。
「油断するな。動きの”型”は人間そのものだ」
俺は槍を構え、側面から回り込みながら、着実に一体、また一体と仕留めていった。
◇
さらに奥へ進むと、地図に記された通り、無数の罠が張り巡らされていた。
「――落とし穴、ガス、丸太振り子、毒矢、痺れ罠……。よくもまあ、ここまで詰め込んだものだな」
「これ、大丈夫なの?」
ノノが不安げに尋ねる。
「問題ない。『仕掛け(罠)』の勘とメメの『察知』があれば、大抵は見抜ける」
俺とメメが先行し、罠の位置を的確に指し示していく。
「――そこ、床がわずかに沈んでる。落とし穴だ」
「その先、壁に細い穴が。ガス噴出のトラップですね」
四人は罠を華麗に躱しながら、迷宮の奥へと進んでいった。
――だが。
「おっと、っと……!」
ルピンが、うっかり足元の起動盤を踏み抜いてしまう。
ガコンッ、と鈍い音とともに、壁の一部から巨大な丸太が唸りを上げて振り出された。
「――ルピン、危ない!」
「うおおおおっ!?」
咄嗟に盾で受け止めるも、勢いに押されてルピンの巨躯が後方へと吹き飛ばされる。
――ドテッ。
尻餅をついたルピンを見て、ノノとメメが思わず吹き出した。
「あはは……! ルピン、私たちがあれだけ見抜いてきた罠、自分で踏むなんて」
「う、うるせぇ……! ちょっと考え事してただけだ……!」
「考え事って、何をだよ」
俺が呆れたように尋ねると、ルピンは決まり悪そうに頭を掻いた。
「……いや、あの卵、無事に孵るかなって」
「――ルピン、お前」
思わぬ優しさに、その場の空気が和んだ。
「ふふ、ルピンって、見た目に反して優しいですよね」
メメが微笑ましそうに笑う。
「うるせぇ、行くぞ!」
照れ隠しに立ち上がったルピンを先頭に、俺たちは笑いながら先へと進んだ。
◇
さらに進んだ先、地図上には記されていない、奇妙な違和感のある空間があった。
「――ここ、何かおかしいな」
俺は足を止め、『仕掛け(罠)』の感覚を研ぎ澄ませた。
「……壁の一角、僅かに空洞になってる」
丹念に壁を探ると、隠された切り替えの仕掛けが見つかった。作動させると、石壁がゆっくりとスライドし、隠し部屋が姿を現す。
中には、輝きを放つ貴重な鉱石と、見たこともない美しい花――淡い光を纏う一輪の花が、静かに安置されていた。
「――これは」
俺は鑑定を発動させた。
『――エターナルフラワー。枯れることのない、神秘の花』
「エターナルフラワー……。聞いたことないけど、なんかすごそう」
ノノが興味深げに覗き込む。
「今すぐ使い道はなさそうだが……、持っておいて損はない」
俺はそれらを丁寧に回収し、懐へとしまった。
◇
そうして辿り着いた、この階層の最奥。
そこには、朽ちた王冠を戴く、骨と腐肉の混じった巨大な人型――ワイトキングが、玉座らしき瓦礫の上に座していた。
「――不死者の、王か」
俺は静かに槍を構えた。
ワイトキングが骨の杖を掲げると同時に、周囲の地面から次々と下級の死霊が湧き上がった。
「グ、ル、ゥ……」
「死霊まで召喚してくるとはな……! 数で押し切る気か!」
ルピンが盾を構え、押し寄せる死霊たちを弾き飛ばす。
「メメ、ノノをバフで支えろ! ルピンは前を頼む! 俺は死霊を掃除する!」
「了解……!」
俺は槍で死霊を次々と屠りながら、じわじわとワイトキングとの距離を詰めていった。
だが、王自身も後方から絶え間なく強力な魔術を撃ち込んでくる。
「――『骨槍』!」
放たれた黒い骨の槍が、ノノの肩口を掠めた。
「痛っ……!」
「ノノ! ――『癒しの風』!」
メメの回復魔法が、ノノの傷を包み込む。
「くっ……! 召喚が終わらない……! 湧いてくる数が減らない!」
死霊を掃除しても掃除しても、ワイトキングが次々と新手を呼び出す。じわじわと消耗が積み重なっていった。
「ディア、そっちは!」
「押されてる……! こいつ、思ったよりしぶとい!」
俺は槍を振るいながら、王本体への接近を図るが、死霊の壁に阻まれ、なかなか間合いを詰められない。
「ぐ……! 削っても削っても、キリがない……!」
「メメ、また回復を頼む! ノノ、俺の援護を!」
「わ、分かりました……! ――『癒しの風』!」
戦況は膠着し、じわじわと全員の体力が削られていった。
「――このままじゃ、消耗戦で負ける……!」
俺が焦りを滲ませたその時だった。
ちょうど死霊の壁を薙ぎ払った拍子に、メメの放った『癒しの風』の光が、狙いから逸れ、ワイトキング本体を掠めた。
「グ、ル、ォォォ……!?」
ワイトキングが、まるで苦しむように大きく身を捩ったのだ。
「――今の、嫌がって、た……?」
メメが、はっとした表情を浮かべる。
「不死者は、神聖な力に弱いと聞いたことがある……! メメ、狙って当てられるか!?」
「や、やってみます……!」
メメは咄嗟に狙いを変え、ワイトキング目掛けて『癒しの風』を放った。
「グ、ギィィィアアアアッ……!!」
淡い光がワイトキングの体を包んだ瞬間、王は苦悶の声を上げ、大きくよろめいた。
「――今だ!」
俺とルピンは同時に踏み込み、隙だらけになったワイトキングへと最大の一撃を叩き込んだ。
――ドガァァンッ!!
その胸元に埋め込まれていた、禍々しく脈打つ核の魔石が、砕け散る。
「――ガ、ァ……」
王の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。同時に、召喚されていた死霊たちも、糸が切れたように次々と消滅していった。
『――迷宮エリアボスを撃破しました』
『――エリア攻略度:4/5』
俺たちは、その場に膝をつき、荒い息を整えた。
「……勝った、な。だいぶ、削られたが」
「本当に……。あと少し長引いてたら、危なかったかも」
「メメ、さっきの偶然、よく気づいたな」
俺の言葉に、メメは僅かに照れたように微笑んだ。
「たまたま、です……。でも、役に立てて良かったです」
◇
戦いを終えた俺たちは、光の膜に包まれたセーフティエリアで、次なる最上階――マスタールームへの備えを話し合っていた。
「――最上階のマスターは、誘惑の天使ナアマ、だったな」
俺は静かに切り出した。
「誘惑系の敵となると、当然、魅了や幻惑の類が飛んでくるはずだ。……何か対策を考えておかないとまずい」
「――ふぅん。誘惑、ね」
ノノが、意味ありげに俺の顔を覗き込んだ。
「なら、私で慣れておく? 今のうちに」
「――お前、それは対策になるのか?」
「……もう、ちょっとくらい照れなさいよ!」
ノノが、顔を赤らめながら声を荒げる。
「効率を考えるなら、耐性がつくまで繰り返すのが確実だとは思うが……」
「そういうことじゃないの……! もういい!」
ノノはぷいと顔を背け、それ以上何も言わなかった。
(――何か、間違えたか?)
俺には、いまいちその機微が掴めなかった。
◇
真面目な対策を求め、俺たちは一度、宝物殿へと戻った。
「――これは」
棚の奥から見つけたのは、古びた一冊の魔導書だった。ページをめくると、対魅了・幻惑への防御術式が記されている。
『――回復魔法『清心の光』。対象の心に清浄な加護を纏わせ、一定時間、魅了・幻惑の類を無効化する』
「解除じゃなく、そもそも”かからなくする”魔法か」
「……これなら、対策になりそうだね」
ノノが呟く声には、僅かな複雑さが滲んでいた。
「……私たちも、サキュバスなんだけどね。魅了を弾く魔法を、私たちが唱えるって、なんか変な感じ」
メメも、魔導書を見つめながら小さく苦笑した。
「同族の力を封じるための術を、自分たちが覚えるっていうのは……確かに、皮肉かもしれません」
「それでも、必要なことだ。……使うかどうかは、その時々で判断すればいい」
俺の言葉に、メメは小さく頷いた。
「――やってみます」
メメは魔導書を手に、数日をかけて詠唱と魔力の練り方を修練した。慣れない感覚に何度も詠唱を乱しながらも、根気強く繰り返す。
『――回復魔法『清心の光』を習得しました』
「――できました……!」
メメが、僅かに疲れた様子ながらも、達成感に満ちた表情を浮かべる。
「これで、最上階への備えは整ったな」
俺たちは互いに頷き合い、ついに迷宮エリアの先――塔の最上階、マスタールームへの扉の前へと立った。




