第15話 灼熱階層の『火龍』
草原エリアを抜けた先、階段を下りた俺たちを迎えたのは、むせ返るような熱気だった。
「――こりゃあ、たまらんな」
ルピンが額の汗を拭いながら唸る。
足元には赤黒く煮え立つ溶岩が幾筋も流れ、狭い岩場だけが安全な足場として点在していた。
「気をつけろ。足場を誤れば、それだけで大怪我じゃ済まない」
俺は槍を構えながら、周囲を見回した。
◇
「――来た。前方、複数!」
メメの『察知』が、真っ先に敵の接近を捉える。
岩陰から姿を現したのは、赤い鱗に覆われたトカゲ型の魔物――火トカゲだった。
動きは緩慢で、群れで押し寄せてくるものの、一体一体の脅威度はさほど高くない。
「――こいつら、動きが遅いな」
ルピンが盾を構えたまま、あっさりと一体を弾き飛ばす。
「ああ。物理には脆そうだ」
俺も槍を突き出し、二体、三体と着実に仕留めていく。
火トカゲは鈍重な分、群れの数だけが厄介だった。だが、これまでの連携があれば、対処は難しくない。
「メメ、バフを!」
「――『身体能力向上』!」
淡い光が全員を包み、俺とルピンの前衛としての働きが一段と冴え渡る。
「ノノ、『黒炎槍』は――」
「駄目、効きが悪い……! こいつら、炎耐性持ちみたい!」
火属性のトカゲに、同じ火属性の攻撃魔法はほとんど通らなかった。
「なら、俺たちで削るしかないな」
俺とルピンが前衛として次々と火トカゲを叩き伏せていく間、ノノは無理に前へ出ず、隙を見て牽制の矢を放つノノの弓で援護に徹した。
「――やっぱり、私の出番、少ないね」
ノノが悔しげに呟く。
◇
灼熱の環境は、想像以上に体力を蝕んだ。
「くっ……! 肌が焼けるように熱い……!」
数戦をこなす頃には、全員の体に軽い火傷が刻まれ始めていた。
「メメ、頼む」
「――『癒しの風』!」
淡い風が全身を包み込み、火傷の痛みがじんわりと引いていく。
「助かる……。この階層は、メメの回復がなきゃ話にならないな」
「え、あ……。役に、立ててます、か……?」
「ああ。十分すぎるくらいだ」
メメは僅かに頬を染めながら、扇を握り直した。
◇
数日、数週間と、俺たちは灼熱の階層で戦いを重ねた。
体は幾度となく熱に炙られたが、その分、俺とルピンの中に、少しずつ変化が芽生えていく。
『――【耐熱耐性】を習得しました』
「――これは」
俺は自分の掌を見つめた。以前より、肌を焼くような熱さが、明らかに和らいでいる。
「俺もだ。……随分、動きやすくなった」
ルピンが盾を構え直しながら笑った。
同じ頃、ノノの魔術師スキルの熟練度も、着実に積み上がっていた。
「――なんか、頭の中に、新しい術式が浮かんでくる」
ある夜、ノノがぽつりと呟いた。
『――攻撃魔法『黒流岩』を習得しました』
「黒流岩……?」
「試してみる」
ノノが詠唱を紡ぐと、上空に禍々しい漆黒の岩塊が形成されていく。発動までにかなりの時間を要するが、解き放たれた岩塊は、着弾と同時に凄まじい衝撃を叩き出した。
――ドガァァンッ!!
「うわ……! 威力、すごい……!」
「炎属性じゃない、物理的な質量攻撃だ。これなら、火耐性のある相手にも通じるはずだ」
俺の言葉に、ノノが得意げに笑った。
「これで、私の出番も増えそうね」
◇
そうして辿り着いた、この階層の最奥。
そこには、巨大な火龍が、翼を休めるように岩場に蹲っていた。
「――でかい、な」
ルピンが息を呑む。
俺は静かに、地面に転がっていた火トカゲの死体を見つめた。
「――策がある」
俺は懐から取り出した毒を、死体の肉に丁寧に染み込ませた。
「これを、あいつの近くに置いておく。……眠っている間に、餌として食わせる」
ノノが眉をひそめる。
「そんな上手くいく?」
「奴らは元々、共食いでも構わず腹を満たす習性がある。……賭ける価値はある」
俺たちは死体を火龍の近くへと運び、闇に紛れて距離を取った。
やがて、目を覚ました火龍が、無造作にその死体を丸呑みにする。
「……食った」
「毒が効くまで、少し待つぞ」
しばらく後、火龍の動きに、僅かな精彩の欠如が見え始めた。
「今だ。挑発する」
俺は槍を構え、火龍の眼前へと躍り出た。
「――こっちだ、トカゲ野郎!」
咆哮を上げ、火龍が怒りに任せて突進してくる。
俺は事前に見定めていた場所――落とし穴の縁ぎりぎりまで後退した。
「もう少し……もう少し……!」
火龍の巨体が、狙い通りその真上を通過する。
――ズドォンッ!!
毒に鈍った反応速度が仇となり、火龍の巨躯が盛大に落とし穴へと転落した。
「今だ、ノノ!」
「『黒流岩』――!」
長い詠唱の末、放たれた漆黒の岩塊が、体勢を崩した火龍へと直撃する。
――ドガァァァンッ!!
「グ、ガアアアアアッ……!!」
すさまじい衝撃に、火龍が悲鳴を上げた。だが。
「……まだ、生きてる」
「当然だ。これで終わるほど甘くはない」
怒り狂った火龍が、穴から這い出し、猛然と反撃に転じた。
◇
そこからは、まさに死闘だった。
「グオオオオオッ――!!」
炎の吐息が岩場を焼き払い、俺とルピンは交互に前へ出ては下がりを繰り返した。
「くっ……!」
「ディア、大丈夫か!?」
「問題ない……! この程度、耐熱耐性のおかげで、以前ほどのダメージじゃない……!」
「メメ、バフを!」
「――『身体能力向上』!」
「ノノ、隙を見て『黒流岩』を!」
「分かってる……! ずっと、狙ってる……!」
俺とルピンが交互に攻撃を仕掛け、火龍の意識を分散させる。その隙に、ノノが再び長い詠唱に入った。
「――『黒流岩』!」
再び放たれた岩塊が、満身創痍の火龍を捉える。
――ドガァァァンッ!!
「グ、ギィ……ァ……」
巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
『――溶岩エリアボスを撃破しました』
『――エリア攻略度:2/5』
俺たちは、全身に傷と火傷を負いながらも、その場に膝をついた。
「……勝った、な」
「ああ……。だいぶ、危なかったが」
「メメ、頼む……」
「――『癒しの風』!」
淡い光が全員を包み込み、傷が少しずつ癒えていく。
◇
ボスを撃破した先、階段の踊り場に、光の膜に包まれたセーフティエリアが広がっていた。
「――これは」
その奥には、見慣れない紋様の刻まれた円形の台座があった。
俺は鑑定を発動させ、その正体を確かめる。
『――転移陣。ダンジョン入口との間を行き来できる』
「入口と、行き来できる仕掛けか」
「便利じゃない。食料の補給に助かる」
ノノの言葉通り、俺たちはこの数週間、集落から持ち込んだ携行食を切り詰めながら戦い続けていた。もう底が見え始めていたところだった。
「これも、恐らく大昔にこのダンジョンを封印したサキュバスの祖先たちが、攻略の過程で設けた設備なんだろうな」
「そっか……。私たちの先祖、色々整えてくれてたんだね」
メメが、感慨深げに転移陣を見つめた。
「よし。一度、入口まで戻って、食料を調達し直そう。それから、次の階層――豪雪エリアへ挑む」
四人は転移陣に手をかざし、淡い光と共に、ダンジョンの入口へと一時的に姿を消した。




