第14話 草原の奇獣と『覚醒』
俺は静かに『鑑定』を発動させた。
まずは自分自身。
『先天性スキル:勇者、スリップ』
『後天性スキル:仕掛け(罠)、棒術、鑑定』
これまでと変わらない。次に、ルピンへと視線を移す。
「……ルピン、お前の後天性スキル、『リーダーシップ』が『統率』に進化してるみたいだ」
「――は? いつの間に」
「恐らく辺境伯の街での一件だろうな。……あれだけの人数を実質的に指揮下に置いた形になったんだ、条件を満たしても不思議はない」
俺は鑑定結果を、簡潔に伝えた。
『後天性スキル:統率』
――パーティー全体の基礎能力を底上げし、連携時の効果をさらに増幅する。
「――は? いつの間に」
「恐らく辺境伯の街での一件だろうな。……あれだけの人数を実質的に指揮下に置いた形になったんだ、条件を満たしても不思議はない」
俺は鑑定結果を、簡潔に伝えた。
『後天性スキル:統率』
――パーティー全体の基礎能力を底上げし、連携時の効果をさらに増幅する。
「なるほど、な……。道理で、この間の戦いは今までと感覚が違った」
続けて、ノノとメメの得物にも鑑定をかける。
「――お前たちの得物、ただの秘宝ってだけじゃないぞ。固有のスキルが宿ってる」
『宵闇の弓』――放った矢に、対象の動きを一時的に鈍らせる『黒縛』の効果が付与される。
『夢喰いの扇』――掲げて扇ぐことで、範囲に淡い眠気を誘う『微睡み』の効果を纏わせることができる。また、術式の触媒として、バフ効果と回復量を増幅させる性質を持つ。
「へえ……。こいつ、そんな力まで隠してたんだ」
ノノが弓を掲げ、興味深そうに見つめる。
「私の扇にも、ちゃんと役目があったんだ……」
メメが、手にした扇をそっと開きながら呟いた。
「この手の武具は、恩寵武具と呼ばれるものらしい。世界に百とないと言われる希少品で、大昔、神から直接授かったとされる逸話を持つものが多いそうだ」
「……神から?」
「恐らく、お前たちの祖先が”常世の塔”を攻略した際、ナアマ――このダンジョンを統べる天使から報酬として得たものなんだろう。誘惑を司る天使の持ち物らしく、対象を惑わせたり、術式を増幅させたりする系統の効果が付与されているのも頷ける」
「私たちの先祖、すごいことしてたんだね……」
◇
視線を上げると、見晴らしの良い草原が地平線まで広がっていた。
「よし。ここでの目標を決めておく」
俺は槍を軽く握り直しながら告げた。
「俺はこの槍を使いこなす――『槍術』を新たに習得する。ルピンは新調した盾を使いこなす『盾術』、ノノは『弓術』と攻撃魔法の熟練度、メメは『扇術』と回復魔法を、それぞれ一から身につけていく」
「一から、か……。まあ、慣れない道具なんだ、当然だな」
ルピンが盾を軽く叩きながら苦笑する。
「幸い、この階層は単体の大型奇獣が多い。不意打ちの心配も少なそうだ。何日かかけてでも、じっくり体に馴染ませていくぞ」
◇
「――来ます! 前方から、大きいのが一体……!」
真っ先に気づいたのは、メメだった。『察知』のパッシブが、俺たちより一瞬早く敵の接近を捉える。
「距離は?」
「そう遠くないです……! 猪の姿をした、奇獣……!」
「よし、聞いての通りだ。――ノノ、先制を頼む。ルピン、盾で受け止めろ。メメはバフを頼む」
「「了解」」
「――『身体能力強化』!」
淡い光が全員を包み込む。
「『宵闇の弓』――放て!」
矢が唸りを上げて突き刺さり、猪型の脚が僅かに鈍った。
『――『黒縛』発動。対象の俊敏が低下』
「ルピン、盾で受け止めろ!」
「任せろ――!」
ルピンが慣れない盾を構え、巨獣の突進を真正面から受け止める。
――ドガァンッ!!
「ぐ、おおおおッ……!」
盾の角度がまだ定まらず、衝撃をまともに受けきってしまい、ルピンの体が僅かに後方へ流された。
「くそ……! こいつ、思ったより勝手が違うな……!」
「今だ、ディア!」
「ああ!」
俺は側面へと回り込み、槍を構える。
――だが。
「くっ……!」
長年慣れ親しんだ棍の”叩き潰す”感覚と、槍の”突く”動作は、根本から違った。
間合いの取り方、体重の乗せ方、踏み込みの深さ――全てが噛み合わず、俺の一撃は浅く逸れる。
「な、慣れない……!」
「ディア、危ない!」
猪型が体を捻り、反撃の牙を振るう。
俺はとっさに槍の柄で受け流したが、体勢が崩れた。
「まだまだこれからだ……!」
歯を食いしばりながら、俺は何度も何度も不慣れな突きを繰り返した。
◇
初日は、正直、惨憺たるものだった。
「――今日はここまでにしよう。体を休めるのも大事だ」
日が暮れる頃、全員が満身創痍で焚き火を囲んでいた。
「盾、全然思い通りに動かせない……。今までの棍の感覚が抜けなくて」
ルピンが唸る。
「私も……。『微睡み』を仕掛けるタイミングが、まだ掴めなくて……」
メメが力なく肩を落とす。
「まあ、いきなり上手くいく方がおかしい。焦らず、数をこなすしかない」
俺自身、槍捌きはまだ及第点にすら届いていなかった。だが、この一年間、水車と棍だけで熟練度を極限まで積み上げてきた実感がある。地道な反復こそが、力への一番の近道だ。
◇
二日目、三日目と、狩りを重ねるごとに、少しずつ変化が生まれ始めた。
「――ルピン、盾の角度、もう少し斜めに」
「こうか……! ――おお、衝撃が逃げる!」
盾で衝撃を受け流すコツを掴み始めたルピンは、以前よりも遥かに安定した接敵ができるようになっていた。
「メメ、『微睡み』は敵の攻撃前に仕掛けておく方がいい。効果が乗るまで、僅かにラグがあるみたいだ」
「あ……! そうか、先に仕掛けておけばいいんですね……!」
『微睡み』の”間合い”を掴み始めたメメの援護が、着実に的確さを増していく。
「ノノ、無理に接近せず、俺たちが崩した隙を狙って魔術を差し込め」
「言われなくても……! ――『黒炎槍』!」
ノノの魔術も、狙いすましたタイミングで放たれるようになっていった。
数日をかけて狩りを重ねる中、俺自身の槍も、ようやく体に馴染み始めていた。
「――『仕掛け(罠)』の感覚に近いな。相手の”起こり”を見て、最短距離で差し込む」
棍とは違う、槍という得物特有の間合い感覚。それを、勇者の知恵と実戦の反復が、急速に俺の体へと刻み込んでいく。
◇
そして、幾日目かの夜。
『――【槍術】を習得しました』
『――【盾術】を習得しました』
『――【弓術】の熟練度が上昇しました』
『――【扇術】を習得しました』
「――ようやく、か」
俺は槍を手に、静かに息を吐いた。突き、払い、薙ぐ――あらゆる動作が、まるで最初から自分の体の一部であったかのように馴染んでいる。
「盾も、大分感覚が掴めてきた」
ルピンが盾を掲げ、獰猛に笑う。
「弓の方も、狙い通りに『黒縛』を乗せられるようになってきたよ」
「『微睡み』も……。皆さんの、おかげです」
ノノとメメも、それぞれの得物を構え直した。
「――よし。全員、目標には十分届いたな」
俺は草原の奥、鬱蒼とした森が途切れる方角へと目を向けた。あの先に、この階層の出口――そして、噂に聞く巨大な”主”が鎮座しているはずだ。
「行くぞ。草原エリアの出口――ボスの元へ」
四人は同時に頷き、それぞれの得物を握り締めながら、静かに歩みを進め始めた。
◇
草原の奥、開けた場所に辿り着いた瞬間、地面が大きく震えた。
「――来る」
視線の先、巨大な影が土煙を上げながら姿を現す。
体高だけで五メートルを優に超える、白い体毛に覆われたマンモス型の奇獣だった。牙は人の背丈ほどもあり、踏みしめる足取りだけで大地が唸る。
「――でかい、な」
ルピンが盾を構え直しながら唸る。
「メメ、察知は?」
「他に反応は……ありません。単体、です」
「よし。手筈通りにいくぞ」
◇
「――『身体能力強化』!」
メメが夢喰いの扇を軽く広げ、詠唱に合わせて掲げる。触媒としての効果によって、紡がれた支援魔術の効きが一段と増していた。
淡い光が、俺とルピンの体を包み込む。
「『宵闇の弓』――放て!」
ノノの放った矢が、マンモスの前脚に突き刺さる。
『――『黒縛』発動。対象の俊敏が低下』
「ルピン、前へ!」
「応よッ!」
ルピンが盾を構え、マンモスの突進を真正面から受け止める。
――ドガァァンッ!!
「ぐ、おおおおおおッ……!」
以前とは比べ物にならない安定感で、ルピンはその巨躯を踏みとどまらせた。習得したばかりの『盾術』が、衝撃を逃がす角度を的確に選び取っている。
「今だ!」
俺は側面から回り込み、槍を構えた。
――突き、払い、返す。
もう迷いはない。習得したばかりの『槍術』が、勇者の頑強な肉体と噛み合い、鋭い一撃を繰り出していく。
「――ハアッ!」
槍先が、マンモスの脇腹を深々と貫いた。
「グオオオオオッ……!」
咆哮を上げ、マンモスが暴れ狂う。巨大な鼻が薙ぎ払われ、俺は紙一重で飛び退いた。
「メメ、『微睡み』を!」
「――『夢喰いの扇』!」
メメが扇を掲げ、固有効果を発動させる。周囲に淡い眠気を誘う靄が広がった。
『――『微睡み』発動。対象の反応速度が低下』
「今のうちに――『黒炎槍』!」
ノノの魔術が、動きの鈍ったマンモスの頭部を正確に撃ち抜いた。
「ぐ、ル、ぅ……!」
巨体が僅かによろめく。
「ルピン、最後の一撃を!」
「――承知した!」
ルピンが盾を構えたまま踏み込み、渾身の力を込めて棍を振り上げる。
「オオオオオオッ――!!」
――ドガァァァンッ!!
巨大な一撃が、マンモスの頭蓋を捉えた。
数瞬の静寂の後、巨躯がゆっくりと横倒しに崩れ落ちる。
「――終わった……のか」
俺は肩で息をしながら、槍を杖代わりに体を支えた。
『――草原エリアボスを撃破しました』
『――エリア攻略度:1/5』
四人は互いの顔を見合わせ、安堵の息を漏らした。
「勝った……! やった、やったよ!」
ノノが弓を掲げて声を上げる。
「皆さんの、おかげです……」
メメも、ほっとしたように微笑んだ。
「初めての得物にしちゃ、上出来だろう」
ルピンが盾を軽く叩きながら笑う。
「――ああ。悪くない滑り出しだ」
◇
ボスを撃破した直後、周囲の空間が僅かに歪み、草原の一角に淡い光の膜に包まれた区画が浮かび上がった。
『――セーフティエリアが解放されました』
「これは……」
「エリアボスを倒すと、休憩用の安全地帯が出現するみたいだな」
俺たちは光の膜の中へと足を踏み入れた。中は不思議と外の喧騒から切り離されたように静かで、地面には柔らかな草が広がっている。
「――ここなら、ゆっくり休めそうだ」
ルピンが盾と棍を下ろし、大きく息を吐いた。
「よし。今日はここで休息を取ろう」
「お疲れ様、ノノ、メメ。よくやった」
「べ、別に。当然のことをしただけだから」
「私も、頑張りました……」
◇
休息の合間、俺はふと、倒したはずのマンモスが横たわっていた場所――光の膜の外へと目をやった。
「――あれ」
さっきまで骸すら残っていなかったはずのその場所に、まるで何事もなかったかのように、真新しいマンモスの影が悠然と佇んでいた。
「……もう湧いたのか」
ルピンが怪訝そうに眉を寄せる。
「ダンジョンの魔物は、時間が経てば同じ場所に再出現するらしい。……瘴物は魂を持たない、いわば魔素から生まれる”器”だ。倒された個体がそのまま消え、また新たに生まれ直す――そういう理なんだろうな」
俺はその光景を眺めながら、ふと、脳裏に一つの光景が過った。
――洞窟の水車。切断され、増殖し、また削られていくスライムたち。
(――これ、あの時と同じじゃないか)
同じ場所に、同じように湧き続ける存在。ならば。
(ここに、罠を仕掛ければ……)
思考が、勝手に加速していく。
出現地点の真下に落とし穴を掘り、その底に、宝物庫で見た大量の槍を隙間なく並べて突き立てておけば。
湧いた瞬間、奇獣は自重で落下し、串刺しになって死んでいく。そして、また同じ場所に湧いては、また同じように死んでいく――完全に自動化された、無限の狩場。
(――やれる。間違いなく、やれるぞ、これは)
ニヤリと口角が上がりかけたその時、俺は静かに首を振った。
(――いや、今は駄目だ。今優先すべきは、最上階を目指すことだ)
こんな仕掛けに時間をかけている余裕は、今はない。だが。
(……覚えておこう。この手は、いつか必ず使える)
俺は静かにその考えを、頭の奥深くへとしまい込んだ。
ディア
武器:槍(常世の塔・宝物殿にて入手、神気を帯びた一振り)
防具:鎧(同じく宝物殿にて入手)
先天性スキル:勇者、スリップ
後天性スキル:仕掛け(罠)、棒術、槍術、鑑定
ルピン
武器:棍(ディアより譲渡。元はダンジョンマスター討伐報酬の神気の棍)
防具:神気の鎧、盾(常世の塔にて新調)
先天性スキル:怪力、自己回復
後天性スキル:統率(リーダーシップより進化)、棒術、盾術
ノノ
武器:宵闇の弓(一族の秘宝/恩寵武具。固有効果『黒縛』)
防具:魔導師のローブ
先天性スキル:魔術師(母より継承)
後天性スキル:瞬足(母より継承)、弓術、攻撃魔法(黒炎槍)
メメ
武器:夢喰いの扇(一族の秘宝/恩寵武具。固有効果『微睡み』、バフ効果・回復量増幅の触媒)
防具:魔導師のローブ
先天性スキル:回避(母より継承)
後天性スキル:察知(母より継承)、扇術、回復魔法(身体能力向上、癒しの風)




