第13話 継承と『財宝』
「――あなた方に、話しておかねばならないことがあります」
母親は、震える手でノノとメメの手を握りながら、静かに切り出した。
「私たちサキュバスの一族には、古くから伝わるダンジョンがあるのです」
「ダンジョン……?」
「上級ダンジョンに分類される、名を『常世の塔』」
母親の声が、僅かに重みを増した。
「誘惑を司る天使――ナアマが統べる、全五階層の塔型ダンジョン。……そして、一族の長の血を引く者でなければ、その扉すら開かぬよう封じられた、手つかずのダンジョンです」
「なんで、そんな場所が……」
「昔、私たちの祖先が命懸けで封印し、守り続けてきたもの。理由は、もはや誰も正確には知りません。……ただ、"それほどの力を秘めた場所"だということだけが、伝承として語り継がれています」
俺は思わず身を乗り出した。
「その扉の在り処は」
「――焼かれた、あの集落の地下です。古くからある洞窟の奥に、常世の塔へと続く入り口があります」
◇
「母様、私たちも行く」
ノノが即座に言い切った。
「……危険です、ノノ」
「危険なのは、今までだって同じだったよ。母様を助けるためだって、私たちは死ぬ気で戦った」
メメも、静かに頷く。
「私たちは、もっと強くなりたい……。母様を守れるくらいに」
母親はしばらく二人を見つめていたが、やがて深く息を吐いた。
「……分かりました。ですが、私はこの隠れ里に残ります。もう、私の体では、あなた方の足手まといにしかなりません」
「母様……」
「その代わり――」
母親は、静かに二人の額に手を添えた。
「私の持つ力を、あなた方に継がせましょう。……これが、母として最後にしてやれることです」
◇
淡い光が、母親の体からノノとメメへと流れ込んでいく。
『――スキル継承が発動しました』
『――ノノに『魔術師』『瞬足』が継承されました』
『――メメに『回避』『察知』が継承されました』
ノノの体が、僅かに光を纏う。
「これ、が……」
「魔力の巡りが、明らかに違う……! 攻撃魔法の威力が底上げされてる感じがする……」
隣で、メメも自分の手のひらを見つめていた。
「気配が……よく分かる、気がします……」
俺は静かに、その様子を見守っていた。
(――『魔術師』は魔力と攻撃魔法の底上げ、『瞬足』は俊敏性のパッシブ強化。ノノは完全な攻撃特化に近づいたな)
(メメの『回避』はアクティブ、『察知』は敵の接近を知らせるパッシブか。どちらも生存力に直結する)
継承を終えた母親は、その場に崩れるように座り込んだ。
「……母様!」
「大丈夫……。少し、力が抜けただけです」
母親は微笑んでいたが、その体からは、以前まとっていた微かな魔力の気配が、綺麗に消え失せていた。
継承の代償――彼女はもう、サキュバスとしての力を、何一つ持ってはいなかった。
「……これで、私にできることは全て終えました。あとは、あなた方次第です」
「母様は……ずっと、ここにいてくれる?」
「ええ。里の皆さんと一緒に、あなた方の帰りを待っています」
ノノとメメは、母親を強く抱きしめた。
「行ってきます、母様」
「必ず、また会いに来る」
◇
集落を発つ朝、ノノとメメの目には、涙の跡がまだ僅かに残っていた。
「……大丈夫か」
俺が声をかけると、ノノは強気にそっぽを向いた。
「当たり前でしょ。むしろ、やる気に満ちてるくらいだから」
「そうか」
「……それより、あんた、私たちのこと心配してくれてるわけ?」
「まあ、パーティーメンバーの体調は把握しておきたいからな」
「な……っ、それだけ!?」
「他に何がある」
「べ、別に……! いいもん、もう!」
隣で、メメがくすりと小さく笑った。
「ノノ、分かりやすいね」
「メメまで何言ってんの!?」
道中、二人のそんなやり取りに、ルピンも豪快に笑い声を上げた。
「賑やかなパーティーだ、悪くない」
俺たちは軽口を交わしながら、燃え尽きた集落の跡地へと向かって歩みを進めた。
◇
集落の焼け跡には、既に草木が芽吹き始めていた。時の流れの早さを感じさせる光景だ。
「――ここです。地下への入り口」
案内役として同行してくれた同郷の生存者の一人が、崩れた家屋の下、隠された石段を示した。
「代々、長の血筋にだけ伝えられてきた場所……。まさか、こんな形で足を踏み入れることになるとは」
石段を下りると、そこには自然の洞窟が広がっていた。
「――ここにも、宝物殿があるみたいだな」
洞窟の壁沿いに、小さな祠のような造りの一角があった。
中には、いくつかの品が丁寧に安置されている。
「……これは」
俺は、その中の一振りの槍と、傍らに置かれた鎧を手に取った。触れた瞬間、これまでの得物とは比較にならない神気が全身に馴染んでいく。
「ディア、これ、あんたにちょうど良さそうじゃない」
「ああ。……頂いていく」
ルピンの方には、頑丈な盾が用意されていた。
「盾、か。俺には棍があるが……」
「その棍、ルピンに譲る。俺はこっちの槍を使う」
「――いいのか?」
「使い手が変わった方がいい得物ってのもある。それに、お前のタンクとしての戦い方には、盾と合わせた方が活きるはずだ」
ルピンは棍を受け取り、頷いた。
「……ありがたく貰おう」
さらに奥には、一族の秘宝と呼ばれる品々もあった。
「これは……」
弧を描く美しい弓と、繊細な意匠の扇。
「『宵闇の弓』、『夢喰いの扇』……。私たちの一族に伝わる、秘宝の品……」
ノノとメメが、それぞれ手に取る。
同時に、魔導師のローブが二着、その傍らに用意されていた。
「これも、着けていきなさいってことなのかな」
「ああ、装備一式、纏めて温存されてたみたいだな」
さらに祠の隅には、いくつかの小さな品々もあった。
「――『身代わりの勾玉』、『封印の呪符』、『移動のオーブ』、か」
俺はそれらを手に取り、丁寧に懐へとしまった。
「今すぐ使うものじゃなさそうだが……、持っておいて損はない」
(――こういうのは、いつか思わぬ場面で役に立つものだ)
◇
装備を整え終えた俺たちは、洞窟のさらに奥――伝承に語られた『常世の塔』への入り口へと辿り着いた。
そこには、淡く発光する巨大な扉が、静かに佇んでいた。
扉の表面には、複雑な紋様が刻まれ、微かな脈動を繰り返している。
「……これが」
「サキュバスの長の血族にのみ開かれる、封印の扉」
ノノとメメが、同時に扉へと手をかざした。
紋様が淡く輝き、ゆっくりと扉が音もなく開いていく。
「――開いた」
扉の奥から、これまでのダンジョンとは明らかに異質な、濃密な魔力の気配が漏れ出してきた。
「……行くぞ。全五階層、気を引き締めていけ」
「ああ」
「うん」
「……頑張ろう」
四人は互いに頷き合い、常世の塔――その一階層、草原エリアへと足を踏み入れた。




