第10話 虚獣の巣と『恩恵』
ルーメン遺跡ダンジョンは、街道からさほど離れていない丘の斜面に、ぽっかりと口を開けていた。
「……なんつーか、不気味な穴だな」
ルピンが顔をしかめる。
「ダンジョンってのは、そもそも何なんだ? ディア、お前は知ってるのか」
勇者の知恵が、問われるままに情報を整理していく。
「この手のダンジョンは、長い年月をかけて大地に溜まり続けた魔素が臨界点を超えた時に生まれる、世界の"裂け目"らしい。異なる世界と繋がる綻びだ」
「異なる世界、だと?」
「そして、その裂け目を管理するために、神が遣わした下僕――ダンジョンマスターってやつが住み着く。魔族でも人族でもない、境界そのものを司る存在だ」
俺は、地図の隅に走り書きされた注記にも目を通した。
「ダンジョンマスターは、溢れ出す魔素を逃がすために、無数の階層と、魂を持たない番人――『虚獣』を生み出し続ける」
「虚獣ってのは、魔物とは違うのか?」
「先天性スキルもなければ、血統もない。ただの器だ。だから――」
「倒しても、スキルを奪う理は発動しない、ってわけか」
「そういうことだ。純粋な経験値と熟練度だけが手に入る、都合のいい狩場ってわけさ」
ノノが興味深そうに口を挟んだ。
「じゃあ、奥に行けば行くほど、危ないダンジョンマスターがいるってこと?」
「規模と歳月次第だな。ここは駆け出し向けの下級ダンジョンらしいから、そう恐れることもないはずだ」
「よし、なら遠慮なく潜ろうぜ」
ルピンが丸太のような肩を回し、先陣を切って洞口へと足を踏み入れた。
◇
ダンジョン内部は、外見に反して整然とした石造りの回廊が続いていた。
「来るぞ――!」
通路の奥から、灰色の粘土のような体を持つ虚獣が数体、湧くように現れる。
「ハアッ!」
俺とルピンが前衛で叩き伏せ、ノノとメメが後方から矢を放つ。
「――当たった!」
「ナイス、ノノ!」
奪った弓は、まだ二人の手に馴染みきってはいない。だが、実戦を重ねるたびに、放たれる矢の精度が目に見えて上がっていった。
『――パーティーメンバーの経験値取得量が上昇しています』
『――リーダーシップ効果により、基礎能力が底上げされています』
誰にも聞こえないその囁きは、静かに四人の体に染み渡っていった。
数十体の虚獣を屠り、最下層へと辿り着く頃には、日が傾き始めていた。
◇
最下層の広間には、一際おぞましい気配が渦巻いていた。
「ケケケケケ……! 久方ぶりの、来訪者、来訪者ェ……!」
歪な翼を持つ、半ば崩れた人型の"何か"。かつては神々しかったであろう白い羽根は所々黒く汚れ、左右非対称に生えた腕が、耳障りな笑い声とともにわなわなと震えている。
「あれが……ダンジョンマスター?」
「ケケッ、いかにも、いかにもォ! 長い長い孤独の果てに、我が魂は歪んでしもうたわァ……! だが暇潰しにはちょうどいい、遊んでいけェ――!!」
長年地上に留まりすぎた天使の成れの果て――狂気に蝕まれた獰猛型のマスターは、開口一番、こちらへと躍りかかってきた。
「散開しろ――!」
俺の指示で四人が瞬時に散る。
ノノとメメの矢が牽制として飛び、隙を作ったところへ、俺とルピンが同時に切り込んだ。
「ケケケッ、良い動きだァ! だが、まだまだ足りん――!」
マスターの爪が空間を裂くように振るわれ、俺の肩を掠める。
「くっ……!」
「ディア!」
「大丈夫だ、構わず攻めろ!」
俺の頑強な肉体と、ノノ・メメの援護射撃、ルピンの怪力による連携が、じわじわとマスターを追い詰めていく。
「ぬ、ぐ……! ば、化け物どもがァ……!」
「その台詞、そっくり返してやるよ!」
ルピンの渾身の一撃が、ついにマスターの胸元を捉えた。
「ぎ、ぃやァァァ……ッ!!」
断末魔の叫びとともに、その体が黒い霧となって霧散していく。
『――ダンジョンマスターを撃破しました』
『――報酬アイテムが生成されます』
◇
霧が晴れた広間の中央に、二つの装備が残されていた。
神気を帯びた漆黒の棍と、同じく神気を纏った重厚な鎧。
「これは……」
俺は棍を手に取った。触れた瞬間、これまでの棍とは比べ物にならない力が馴染むのが分かる。
「鎧の方は、お前に合うだろう、ルピン」
「おう、ありがたく貰おう」
だが、俺の中の『仕掛け(罠)』の熟練度が、それだけでは終わらないことを告げていた。
(――この部屋、まだ何か仕掛けられている)
罠感知の勘が、壁際のわずかな違和感を捉えた。
「――ここか」
石壁の一部を押し込むと、隠された小部屋が姿を現す。
中には、金色の装丁が施された書物が三冊、静かに安置されていた。
『――神の恩恵書。使用者に、ランダムなスキルを付与します』
「三冊……。ノノ、メメ、お前らも取れ」
俺たちはそれぞれ一冊ずつ手に取った。
刹那、光が三人の体を包み込む。
◇
『――スキル『鑑定』を取得しました』
「これは……!」
俺は震える手で、自分自身に鑑定を発動させた。
かつて鑑定士に見てもらうことすら叶わなかった、自分自身のステータス。
その先天性スキル欄には――
『先天性スキル:勇者』
「……ようやく、はっきりと分かったな」
奪い取ったあの日から、ずっと自分の中で燻っていた実感が、ここでようやく形になった。
隣では、ノノとメメも自分の手を見つめている。
「私は……攻撃魔法、みたい」
「私は……回復魔法、だ」
「私、母様を助けるために、絶対に強くなる」
「私も。皆を、守れるように」
四人はそれぞれの新たな力を胸に、互いの顔を見合わせた。
「――さて。次の目的地は、決まってるな」
俺の言葉に、三人が頷く。
「北だ。魔王城を目指す」
ダンジョンを後にした四人の影が、夕焼けに染まる街道を、確かな足取りで北へと歩き始めた。




