六話『クロノ・ハル』
「――――クロノっ!
クロノはいるかぁっ!!」
騎士団寮のエントランスが、勢いよく開かれる。
(……うえっ、なんか面倒くさそうな気配……)
俺、
クロノ・ハルの『ろくでもないこと察知センサー』が、即座に反応した。
「……いませーん。クロノはここにはいないですー」
俺はソファに寝転んだまま、背もたれに顔をうずめる。
「……いるじゃないか。そこに」
…ばれてた。
おそるおそる顔を上げると、
グラン団長がじっとこちらを見ていた。
俺のだらけきった姿に、なんとも言えない顔をしている。
(……だってさ、
グラン団長がこうやって俺を呼びに来る日は、大抵ろくなことがないんだよ…)
任務だったり、雑務だったり、任務だったり。
あと……任務だったり。
「……はぁ。クロノ。
お前ももう少し……こう、隊長としての威厳というかだな」
あ、これ怒ってるんじゃないな。
これは“呆れてる”やつだ。
(……怒られてるうちは、まだまだなんだよ。
「あ、こいつ何言ってもダメだな」って思われてからが勝負なんだ……)
そんなくだらないことを考えつつ、俺はとりあえずニヒルな笑みを作ってみる。
「……なにをニヤニヤしとるんだ、まったく」
グラン団長は、深くため息をついた。
「――お前さん、今日が何の日か、ちゃんと分かっとるよな?」
……え?
俺の頭の上に、はてなマークが浮かぶ。
「……オキシー。今日って、何かあったっけ?」
隣のソファで本を読んでいたシスターに声をかけると、
オキシーはぱっと顔を上げて、にこっと笑った。
「はい!
今日は騎士団入団試験の日ですよっ、クロノさんっ!」
……あー、
そういや、そんなものもあったなぁ……。
「そうかそうか。
がんばれ、未来の騎士諸君たち……」
「……いやキミ、そんなに他人事じゃないだろうさ」
と、もう一人、
本を読んでいた丸眼鏡の少年が顔を上げた。
……みんな読書家だね。
片方は聖書。
片方は……なんだかよくわからない難しい本。
「……ふぅ。
あのさ、キミ」
丸眼鏡の少年は、ぱたりと本を閉じる。
「キミは僕らの“隊長”なんだ。
もう少し、自覚というものを持ってもらいたいものだね」
……おっと。デジャヴっちまったぜ…。
「いやぁ、
今さらじゃないかい?フォスさんや」
俺は、フォスがテーブルに置いた本をぱらぱらとめくる。
……難しくて、よくわからない。
「大体、新入隊員っていってもさ。
俺らの部隊に来るわけじゃないし」
と、本を諦めて、ふぁあ、とひとつ欠伸をする。
「……新人さん、ですか。
そういえばわたしたちの部隊って、新しい方はどなたも入ってきませんね……」
オキシーが、紅茶を飲みながら会話に混ざる。
そう。何を隠そう、
我が13部隊は精鋭ぞろいなのだっ!
(……って訳でもなく)
「……お前らみたいな問題児ばかりの隊に、
大事な新人を預ける訳にゃいかんだろう」
やれやれ、とグラン団長は首を振る。
(……問題児、問題児ねえ……)
確かに俺は、
ちょおおおおっとだけ、
ほんのちょーっとだけ、
サボり癖があると言えなくもないけれど。
フォスは訓練に出ないし、研究ばっかりだし。
オキシーは……まあ、がんばれ。
「……でも、団長さんが、
だいじな試験中にクロノさんを呼びに来たということは……」
オキシーが、団長を見上げて言う。
「……ああ。
たまにはお前さんらも“先輩”として、新入りたちの壁になってもらわんとな」
そう言って、団長は意味ありげに笑みを浮かべる。
……ほら、やっぱりろくでもない。
◇◇◇◇◇◇
――――で、
なぜか俺は、訓練場に連れて来られましたとさ。
「……じゃ、ボクは実験の続きがあるから、これで」
フォスはそう言うなり、さっさと自室へ引き上げていった。
逃げるなっ、ひきょうもの!
(……とはいえ、オキシーに任せるわけにもいかないし……)
「がんばってくださ〜いっ!」
背後から、オキシーの声援。
――――クロノさんが戦うなら、わたしも見にいきたいですっ!
ふんす、と鼻息荒くついてきてくれた。
うん、オキシーはやさしい。
(……で、この状況なわけだけど)
「―――始め!」
訓練場に、グラン団長の声が響く。
(……こういう時の団長って、やたら威厳あるよな……)
―――と思った瞬間、
カンッ!
(…っ、あぶねっ!)
開始と同時に相手が踏み込んできた。
――カンッ!
続けざまに、もう一発。
(あぶなっ、ちょ、危ないって!)
……強っ!
え、誰だよここに俺を連れてきたの。
――――先輩として、新入りたちの壁に……
(……いやいやいや、無理でしょこんなの!)
俺、壁どころか紙だよ。
むしろ切り刻まれる側だよ!
「はぁああぁああっ!!」
――カンッッ!!
強い一撃に押し込まれ、体勢が一瞬崩れる。
(……今年の新人、優秀すぎない?)
いや、たぶん俺が弱いだけだな、これ。
視界の端で、団長がにやにやとこっちを見ている。
(……あっ、絶対知ってたなコレ)
―――カンッ!
……と思ったら、相手が視界から消えていた。
(……え?)
「――泡沫流『瞬泡』!」
え、待っ――
――ズルッ
(…ありゃ?)
足元が滑る。
体勢を崩した、その横を―――
ビュウッ!
突風みたいな剣閃が、すり抜けていった。
(…………あっっっぶな……)
ダレカタスケテ。
「オラァ! やっちまえぇええ!」
「”剣なし”に敗北を教えてやれえぇえぇえ!!」
野次馬が湧き立つ。
……なんで君たちあっち側なん?
「がんばってくださぁぁい!」
やっぱりオキシーはやさしい。
「……なんでみんな俺の応援じゃないんだよ……ったく」
そりゃあ、俺らの隊が“剣なし”とかであんまり好かれてないのは知ってるけどさ!
それもコレも!
(あの生意気丸眼鏡とか!
あと……ウチの可愛い妹とか!)
アイツらが全部悪い。
そう。
決して、断じて、
俺のせいなどではない!
「……どうした。これで終わりか?」
団長が相手に語りかける。
(いや終わりでいいでしょ!)
もうなんもないって!
そもそも手に余るって!!!
……そこ!
構え直すんじゃないよ!!
(……絶対なんか来るよなぁ…)
ウタカタリュウ?
…ってなんやねん!
(……まーた低ぅーい構えを…)
相手が懐へと飛び込んでくる。
――――カァンッッッッ!!!
(………あ)
一際甲高い音が上がると同時に、俺の木剣がクルクルと宙を舞う。
―――クルクル…
――――クルクルクル……
(……あ…)
ガンッッ!
と鈍い音を立てて、木剣は相手の脳天へと直撃した。
(……ありゃー…)
訓練場が、シンと静まり返る。
「―――勝者、クロノ・ハル!」
―――あぁぁ……
と、野次馬から落胆の声が上がる。
(なんで残念がる!)
「だいじょうぶですかぁぁ!」
パタパタと、オキシーがこっちへ駆けてくる。
「……ま、ざっとこんなもんだな」
とりあえず決めてみる俺。
(……っあぶねええぇ…)
ちょーあぶねぇ…
今確実にヤりにきてたって……。
「……ふむ、クロノ。
新人相手じゃ剣を持つまでもない、ってか!」
ハッハッハッ…、と豪快に笑う団長。
「……いや、そういうのじゃ……」
「ホント!曲芸みたいでしたね!
こう、くるくるーって!」
対戦相手に“完璧に”治癒魔法をかけながら、オキシーがニコニコと笑う。
純粋なオキシーがまぶしー……。
「……容赦ねえな、アイツ…」
「……ああ。剣を投げるとか卑怯すぎんぜ……」
「……流石“剣なし”の隊長…」
周りの野次馬も、なんか言ってる。
「……いやあれはわざとじゃ…」
「……ハッハッハッ…、
……しかしどうだ?クロノ。」
コイツも中々やるだろう?
と、団長が問いかけてくる。
(いやぁ…細っこいのにこいつ…)
結構強かったよなぁ……。
ウチの部隊の奴らほどじゃないにしろ、
あそこでヒソヒソ俺の悪口を言っている奴らと同じか、
それ以上の技量は既にありそうだった。
そこで、“きゅぅ…”と倒れている対戦相手の顔を初めてちゃんと見た俺は、
(…あれ……?この子の顔、どこかで……?)




