三話『王都の流儀』
「王都じゃ弱ぇやつは狩られる。
てめぇみたいな田舎モンはエサだって話だ」
ゴズは鼻で笑いながら、そう言った。
「誰が田舎者だって?」
僕は下からゴズを睨みつける。
(……でっっか…)
どう見ても、荒事慣れしてる体だ。
……でも。
隙だらけだ。
「ハッ……てめぇ以外に誰がいるってんだよ、チビ助。
金でも置いて、とっとと帰りな!」
ゴズは足元の椅子を蹴り飛ばし、凄みを効かせる。
店のどこかで悲鳴が上がった。
……それが、合図だった。
――刹那。
一気に距離を詰め、ゴズの顔面へ右腕を振るう。
「おっとっ」
ゴズは咄嗟に上体を反らし、半歩下がろうとする。
(…ブラフだよ)
僕は踏み込んだ足を絡め、
ゴズの胸を「トンっ」と軽く押した。
それだけで。
あのでっかい体が後ろへ崩れ落ちる。
「――なっ、うぉっ!!」
ガッシャ――ン
倒れた衝撃で背後のテーブルが揺れ、
ジョッキが床へ弾かれて砕ける。
ゴズは床に転がったまま、
目をぱちくりさせている。
……ざまぁない。
僕は床に転がるゴズを見下ろす。
「……立つ?」
酒場がざわついた。
「――チビ助!」
ゴズが歯を剥き出しにして怒鳴る。
「てめぇ…
どうやらよっぽど痛ぇ目に遭いてぇみてぇだなあ!!」
ゴズが上体を起こした、
その時――
「すとぉおおーーーーっぷ!!!!」
甲高い声が、酒場に響いた。
酒場のおねーさんが、
両手を広げて僕らの間に割って入る。
「ネーア!
止めるんじゃねえ!」
ゴズが叫ぶ。
「俺ぁ、この田舎モンに王都の流儀ってやつを――」
「黙らっしゃい!!!」
ネーアの一喝で、
酒場の空気が、ぴたりと止まった。
怖い。
「…ここはね、お酒を楽しむ場所なの。
ケンカがしたいなら他所でやって!」
そう言い放つとおねーさんは
「すみません、本っ当に…」
と言いながら、割れたジョッキの片付けを始める。
(すみません……本当に。
悪いのはこのゴズってやつなんです)
「…へっ。違げぇねえ。
―――おい、チビ助。」
ゴズはゆっくりと立ち上がり、言った。
「お前さんにはヒョロを殴ったってぇいう“借り”を返して貰わなきゃ、
そうでなきゃ俺の気がすまねぇ。お前にだって俺とやる理由は十分にあんだろう?」
「―――なら、ここでの『流儀』に沿って、俺と一発やろうじゃねえか」
ゴズはニヤリと悪人ヅラを浮かべてそう言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルールは簡単だ」
ゴズと同じテーブルについた僕の前に、
数字の書かれたカードが並べられた。
さっきまで床に転がっていたはずのヒョロが、
いつの間にか何食わぬ顔でカードを整えている。
……いつ起きた?
「このカードを山札から、お互い三枚引く」
ゴズが顎で示す。
「合計の数字がでかい方の勝ちだ」
そう言って、
手本代わりに三枚のカードを軽く見せてくる。
「二枚揃えば、その数字は二倍。
三枚揃ったら――その時点で勝ちだ」
……なるほど。
――つまり、3・3・4なら、3が二倍で6、
そこに4を足して――10。
「いや、16っす」
すかさずヒョロが訂正する。
……うるさいよ。そうだよ。16だよ!
「負けた方は、この酒を一杯ずつ飲む」
ゴズがジョッキを指で叩く。
「飲めなきゃ、そこで負け。
文句はなしだ」
ゴズが指したジョッキから、
ほんのり甘い香りが漂ってきた。
「――うちの酒場の“流儀”よ」
ジョッキを置きながら、
ネーアさんがひそっと耳打ちする。
「頑張ってね」
軽くウインクをして、去っていった。
「ふーん。それで?
僕が勝った場合は?」
ゴズは腕を組み、「ハッ」と鼻で笑う。
「もう勝った気でいやがる。
そうだな、お前さんが勝ったら――」
ゴズは親指でヒョロを指差した。
「コイツに、きちんと詫び入れさせてやる」
「ヒョロっ!」
(いや、その驚き方はどうなの?)
「ついでに、そうだな……
ここの代金は俺の奢りだ。
それでどうだ?」
僕は呆れながら、両手を横に広げる。
「それじゃ足りないな。
――ついでにゴズ、
あんたにも謝ってもらおう」
目の前の男を指差して言った。
「ハッ!
気の強ぇえこって」
ゴズは口の端を歪める。
「…まぁ、それでも構わねぇ。
その代わり、負けたら――」
「……てめぇは、有り金全部、置いてけや」
割に合わない賭けだ。
……でも、構わない。
要は、
勝てばいいだけだ。
「うん。それで構わないよ」
周囲から
ひゅう、と囃す声が上がった。
ヒョロが、にやつきながら山札を切る。
「じゃあ――
配りますよっと」
(勝てる。大丈夫だ)
そう思いながら、
差し出されたカードに手を伸ばした。
「ほぅ……」
ゴズが場に出された僕の手札を覗き込む。
「4のダブルに、3が一枚。
なかなか強ぇえ手じゃねえか」
ゴズは手札を伏せたまま、
テーブルへ放り出す。
「俺の手札は――
2、1、6。
……まずは、俺の負けだな」
酒場が、どっと沸いた。
「おおっ!」
「やるじゃねえか!」
ゴズは気にも留めず、
ジョッキを掴むと――
ごくり、と一気にあおる。
「ヒュー……。
まあ、一回程度で終わっちゃあ、
つまらねえよなぁ?」
口元を拭い、笑う。
「さて――
二回戦といこうじゃねぇか」
その後、
僕は二回続けてゴズに勝った。
「ハッ!またお前ぇの勝ちかよ。
――イカサマでもしてんじゃあねぇのかい?」
ゴズの言葉に眉をひそめる。
「……自分の弱さを棚に上げるなんてね。
いいから早く飲んだら?」
「くっくっく……」
ゴズはニヤリと笑い、ジョッキをあおった。
流石に慣れているのか、
三杯程度では顔色ひとつ変わらない。
――いや。
変わらない、というより。
「さぁて次だ…。
そろそろ俺が勝つ番かもなぁ?」
ヒョロが黙ってカードを配る。
(僕の手札は……3が三枚)
……え、全部3だ。
なんか嬉しい。
「さて。
……ショウダウンだ」
ゴズの合図で、
互いに手札を場へ出した。
ゴズの手札は――
6、6、6。
「クックック……。
いやぁ、てめぇの引きも中々だったが……」
ゴズは口角を吊り上げ、
こちらを見下ろす。
「…文句なしに、俺の勝ちだな?」
ゴズの勝利に、
酒場が一瞬遅れて――どっと湧いた。
「うぉおお、すげえ!」
「どっちもトリプルだってよ!」
歓声と笑い声が、酒場を揺らす。
その中で――
ネーアさんだけが、
「またか」とでも言いたげに、
ほんの一瞬だけ眉をひそめた。
「さて……」
ドン、と音を立てて、
僕の前にジョッキが置かれる。
「ほら、飲めよ」
(……仕方ないか)
「ふぅ……」
一つ息を吐いて、
ジョッキを口元へ近づける。
どこか甘ったるく、
それでいて、鼻の奥がくらりとする匂い。
――ごく。
一口。
二口。
その瞬間――
「……きゅぅ」
視界が、ぐらりと傾いた。
次の瞬間、
僕は椅子ごと床に倒れ込んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―――チュン、チュン……
いてっ。
チュン、チュン……
いてっ。
チュン、チュン……
いてっ……いたっ、痛いっ。
「痛っ!」
顔をなにか硬いものでつつかれていた。
その痛みで僕は目を覚ます。
チュン、チュン……
(??
なんで僕は小鳥に囲まれてるんだ?)
僕は体を起こし、
(…朝?
ここは一体……)
周りをぐるっと見回す。
……見慣れない街並み。
どうやら外で寝てしまったらしい。
(…なんでこんなところで……。
―――なんか気持ちわる、)
――――ヴォェええぇ…
盛大にリバースしました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――で、ここはどこなんだろう……?」
立ち上がって周りを見渡す。
ズキリ、と頭が痛い…。
(昨日は確か……
酒場に行って…盗っ人を見つけて……)
……うーん。
なんだか記憶がぼやけてる。
(……ん?)
そこで僕は気づく。
――あれ?
―――あれれ?
――――あれれれれ?
「荷物が…
僕の荷物が全部なぁーーーあああいぃぃいいいい!!!!!!」
――――絶望したぁああぁあぁぁぁあああ!!!!!




