十五話『会議は踊る、お茶も進む』
―――クロノ。
お前、ちゃんとアイツを見ているか?
団長室。
置いてあった菓子をつまんでいると、
グラン団長から話しかけられる。
(アイツ……?)
「……ハクのことだ」
「はぁ……」と、
グラン団長は呆れたように小さく息を吐いた。
……ハクか。
見てる、ちゃんと見てるよ?
よく訓練場にもいるし、
すっごい真面目だ。
(俺とは大違いだね!)
ちょくちょく声もかけに行ってるし。
この前も、
――――おう、ハク。
今日も良い振りしてるな!
って修練してるところに顔を出したばっかだ。
……でもさあ。
あいつ妙に真剣に木刀振ってるから、
邪魔するのも悪いかなって思ってさ。
まあ一応、先輩としては見に行ってる。
「もちろんですとも、団長殿」
軽く冗談めかして返した。
「……はぁ」
その一言だけで、部屋の空気が少し重くなる。
「……クロノ。」
団長の声が低くなる。
「お前が真面目じゃないことくらいは、俺もわかっている」
おっしゃる通りで。
「だがな。
お前も隊長の一人だ。
もう少し……こう、なんだ」
団長は言い淀むように無精髭を触る。
「……つまらん、と言っていた」
「つまらん?」
何が?
「そうだ。
……訓練場で叫んでいたぞ」
なにそれ。
ハク、面白い子。
「お前、ハクにちゃんと訓練をつけているのか?」
「……?
まあたまに声をかけるぐらい?」
別に教えることとかないしな。
入団試験で戦った時も強かったし。
「……そうじゃなくてだな。
ちゃんと実践的なアドバイスをしたり、組手をしたり」
団長はもう一度、深くため息をついた。
「……指導とは、そういうもんだ」
「はあ。」
……とは言ってもなあ。
剣の“型”とか、正直よくわからないし。
組手は……
まあ、そのうちナイトが戻ってきたらでいいか。
……いつ戻ってくるかは知らないけど。
「大丈夫です、団長」
まあ、そのうちなんとかなるでしょ。
「指導なら、ナイトが帰ってきたらちゃんと言っときますから!」
早く帰ってこないかなあ。
「……そうじゃない」
団長は額を押さえた。
「そうじゃないんだ、クロノ……」
団長はそのまましばらく動かなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――エニオン公国国境付近で、新しい遺跡が見つかった」
団長室には、本部に残っている隊長たちが集められていた。
「……まだ確定ではないがな。だが、まず間違いないだろう」
「……おお」
「……久しぶりだな」
隊長たちから、ざわめきが漏れる。
「……しかし国境付近とは」
第3部隊のイオド隊長が、わずかに眉をひそめる。
「そうだ。問題はそこだ」
団長は視線を落とし、地図を広げる。
オリジナ王国とエニオン公国。
―――その境界線。
「公国との関係は、現状良好ではある」
指先が、国境付近をなぞる。
「だが、この曖昧な領域で遺跡が見つかったとなれば話は別だ。
……どちらの所有か、という問題になる」
遺跡は国にとって、新たな資源を生む重要な場所だ。
その価値は、言うまでもなく大きい。
古代文明の遺産として、生活に応用できる技術や道具、
未知の鉱石、さらには古代兵器の類までが発見される。
そのため、遺跡漁り(トレジャーハンター)と呼ばれる者たちも少なくない。
「……となると、どちらが先に動くかで話は変わりそうですね。
公国側もこのことは既に?」
「いや、これは俺が“遺跡漁り”の連中から聞いた話だ。
確定した情報ではない。公国もまだ知らんだろう」
「……また“あそこ”ですか」
イオド隊長が小さく息を吐く。
「あんな連中の出入りする酒場に……。
団長も随分と物好きが過ぎますね。
もう少し騎士団長らしく振る舞われては?」
「市井の声に耳を傾けるのも、騎士団の務めだ」
団長はそれだけ言って、視線を地図へ戻した。
「……話を戻すぞ。
イオドの言う通り、この件は公国より先にこちらが動かなければならん」
―――ズズッ。
「だがこちらが大きく動けば、公国にこの情報を掴まれかねん」
―――ボリボリ……。
「……要は秘密裏に、少人数で動く必要があるんだが……」
―――ボリボリ、ズズッ。
「………おい、クロノ」
(……このお茶結構うまいな)
―――ズズッ。
「クロノっ!ちゃんと聞いているのか!」
「……ボリボリ……ん?」
お茶のおかわりを注ごうとしたところで、
ようやく団長がこちらを見ていることに気づいた。
「……はぁ……クロノ」
団長が深く息を吐く。
「会議中だ。
せめて茶菓子を食うのは後にしろ……」
「いやいや聞いてます、
聞いてました、ハイ」
ひとまず口の中の菓子を飲み込んだ。
(……まあ最初の方しか聞いてなかったけど)
「……まったく、緊張感の欠片もない」
イオド隊長が冷めたように息を吐く。
「由緒正しき原初騎士団の隊長がこの有様とは……。
まったく、“13”のは自由な方ばかりだ」
(まあウチってみんな好き勝手やってるしなあ……)
「いや……その、ちょっと考えを……ね。
こう、まとめてただけですよ」
このお茶、どこで買ったんだろう、とかね。
「……ほぅ。
では貴方はこの件をどのようにお考えで?」
イオド隊長が探るような視線を向ける。
「ぜひお聞かせ願いたいものですね。
“不敗の剣士”殿のお考えを」
(……うーむ)
なーんも考えてない。
とりあえず地図を見る。
(……この辺って確か、デカい街があったよな)
東方との交易が盛んな場所だっけ。
……このお茶もあっちのやつかな。
(……んー、あそこまでなら大体)
「……五日か」
……うん。
そのくらいあれば行けるな。
久々に遠出するのも悪くないかもしれない。
一瞬、部屋の空気が止まる。
「……五日、か」
団長がその言葉を反芻する。
「確かに。
五日かどうかはともかく、公国が情報を掴むまでには多少の猶予があるな。
……ウィル、どう思う?」
団長はそう言って、先程から静かに話を聞いていた隊長へ視線を向けた。
「……そうですね」
ウィルと呼ばれた隊長が眼鏡をクイッと持ち上げる。
「クロノさんの数字に根拠はありませんが……。
確かに、五日程度の猶予は十分あるかと」
(……やっぱりウィルさんは冷静でかっこいいなあ)
ウィルさんは第4部隊の隊長だ。
諜報とか作戦とか。
……まあ、難しいこと全部やってる人だ。
困ったら大体この人に聞けばなんとかなる。
「……ふん。どうやら“一応は”考えていたようですね。
それで?
クロノ隊長はその猶予を、どうお使いになるつもりで?」
イオドさんが、値踏みするような視線を向けてくる。
「え?
それはもちろん、大事なのはスピードでしょ?」
お茶は鮮度が大事、ってよく言うもんね!
「……つまり、時間をかけず最小人数で先行調査を行うべき、ということですね」
ウィルさんが静かにそう言う。
「ふむ」
団長が腕を組み、小さく頷いた。
「確かに、それが最善か」
再び地図へと視線を戻す。
「よし。
まずは王に報告し、迅速に先行調査隊を編成する。
……ウィル、そしてクロノ。その際は頼む」
「はっ」
ウィルさんが静かに一礼する。
(……行ってこいってことかな?)
「承知しました、団長!」
あっちまで行くなら、ついでに周りも見てこいってことかな、多分。
俺はそう思い、
「……ズズッ」
残っていたお茶を飲み干した。
……誰かが舌打ちした気がしたけど、
まあ、気のせいでしょう!
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