十一話『目覚め、医務室にて。』
「――――うっ、……うーん……」
重たい瞼をゆっくりと開く。
目に入ってきたのは、見知らぬ天井だった。
(……どこだろう、ここ)
ぼんやりと辺りを見る。
「――――あっ、目が覚めましたかあ?」
明るい声が聞こえた。
僕はゆっくりと上半身を起こす。
……頭がぼうっとする。
(昨日、何か――――)
「あっ、無理に動いちゃだめですよお?
まだ起きたばかりですからっ」
声のした方を見る。
そこにいたのは、修道服を着た女の人だった。
年齢は僕とそこまで変わらないように見える。
ふわふわした雰囲気の、
……ふわふわした人だ。
「心配したんですよお。昨日からずっと目を覚まさなかったんですから」
昨日。
そこまで聞いて、途切れていた記憶が少しずつ戻ってくる。
……たしか昨日は、
騎士団試験があって、
そこで――――。
(……あ)
木刀が脳天に直撃した瞬間を思い出し、反射的に頭を触る。
……けど。
そこには腫れどころか、傷一つ残っていなかった。
「えっと……ここ、は……?」
「騎士団の医務室です!」
女の人はにこにこと笑った。
「わたしはオキシーっていいます!
治療とか蘇生とか担当してます!」
「……蘇生?」
「はい!」
蘇生魔法なんてあったっけ……。
何かの比喩だろうか。
「よかったぁ……!
ちゃんと大丈夫そうですね!」
「…………はい?」
僕はぱちくりと瞬きをする。
目の前のシスターは、なぜかものすごく嬉しそうだった。
「指とか増えてません?
腕が二本以上あったりしません!?」
「な、ないですけど……」
「よかったですぅ!」
……何が?
「……ふぅ。全く、
起きて早々騒々しいね。キミたちは」
奥のソファーで本を読んでいた少年が、ページをめくりながらそう言った。
(―――えっ、誰???)
オキシーさんが、ぱっとその少年の方を向く。
「もー、フォスさん!
だってわたし、久々にじょうずに回復魔法をかけられたんですよ?」
……久々?
「……さてね」
フォスと呼ばれた少年は、その顔に似合わない大きな丸眼鏡をくいっとかけ直すと、ようやくこちらへ目を向けた。
「―――おい、キミ」
「……はい?」
僕は間の抜けた声で返事をする。
「キミ、名前は?」
「……ハク、ですけど……」
なんでそんなことを聞くんだろう。
「ふむ。一応、意識ははっきりしているようだね」
フォスさんは観察するみたいに僕を見る。
「……なんでここにいるか、覚えているかい?」
「…………」
……いや。
そもそも、ここがどこだかよく分かってないんだけど。
騎士団?
医務室?
なんで僕がそんなところに―――。
(―――そうだ)
途切れていた記憶が、ゆっくりと繋がる。
「……確か、試験を受けてて……」
……そうだ。
誰かと、模擬戦を―――。
「―――っっ、あの黒髪の人は!?」
そうだ。
確か木刀で戦うことになって、
それで―――。
「……ふむ。今回は記憶も確かなようだね」
珍しく成功か…。
とフォスさんが小さく呟く。
―――負けた。
そうか。
僕は、負けたのか。
五歳の頃から、じぃちゃんに剣を習ってきた。
村では、
ほとんど負けたことなんてなかったのに。
「ふふ、わたしだってやればできる子なんですっ」
むふん、と胸を張るオキシーさん。
「……その『できる』の確率を、なるべく上げて欲しいものだね」
フォスさんはそう言うと、また本へ視線を落とす。
「―――あ、あのっ!」
僕は慌てて声を上げた。
「……さっきの、黒髪の人は……?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――クロノさんはすごいんですよぉ」
医務室を出た後。
――――まずは団長さんに報告しないとですねっ!
というオキシーさんに連れられて、僕は団長のところへ向かっていた。
「クロノさんは、わたしたちの隊長なんですよ!
隊長はすごいですよぉ~、死なないのでっ!」
横を歩くオキシーさんは、楽しそうに黒髪の剣士の話をしてくれる。
「へ……へぇ~……」
……死なない?
(この人の評価基準、どうなってるんだろう……)
死なないって、
つまり……すごく丈夫な人、とか?
「クロノさんはですねぇ~、どんな難しい任務の時でも、ほとんどケガをしたことがないんです!」
オキシーさんは思い出すように、宙にくるくると指で円を描く。
「訓練の時も、隣国への調査任務の時も。王様が暗殺者に狙われた時だって!
いっつも剣で、パァンってやっつけちゃうんです!」
ぱぁん!
と口で言いながら、オキシーさんは剣を振る真似をする。
……なんだろう。
ちょっとかわいい。
「……そんなに強い人、だったんですね……」
「そうなんです! 隊長はすごいんです!」
ふんすっ、とオキシーさんは得意げだ。
(……そんな強い人には見えなかったんだけどな……)
構えも、動きも。
僕と相対した彼は、凡庸な兵士にしか見えなかった。
(……でも)
僕は、負けたんだ。
勝負を焦ったのかもしれない。
油断してなかったと言えば、嘘になるのかもしれない。
……正直、どうやって負けたのかは、今でもはっきり思い出せなかった。
「―――あっ、つきましたよ!」
オキシーさんが、大きな扉の前でくるりと振り返る。
「ここがグラン団長の部屋です!」




