第9話 白い花畑の丘
戦から、数日が経っていた。
戦さは、エルフ軍の圧勝だった。
勝利を収めたが、ティスレイアは一ミリも嬉しくなかった。
戦場の片隅で、見覚えのある人間が死んでいた。
あのルーカスを殺したあの男だ。
他のエルフに殺されてしまったのだろう。
(バカな奴め)
ティスレイアは、若い男の遺体など目もくれず歩みを進めた。
ルーカスの遺体は、村に生き残っていた、かつて子供の治療をした女性と老婆に引き渡した。
生きて帰ってくると約束したのにと、ルーカスの遺体を見て泣いている女性と老婆に何も言ってやれなかった。
ルーカスの遺体は、村の外れにある丘の上に埋葬すると話していた。
戦が終わった数日のあいだ、まともに眠ることができなかった。
眠るといつも悪夢にうなされた。
何度も夢の中で、ルーカスを助けようとするが、助けられず死んでしまうのだ。
悪夢にうなされ、夜中に汗だくになりながら目覚める。
大量に汗が吹き出し、ポタポタと顎をつたい落ちる。
(こんなこと、今までなかったのに……)
ティスレイアは、膝を抱え、顔を埋めた。
※
「ティスレイア様、どちらへ行かれるのですか?」
早朝、エルフの里を出ようとしたティスレイアにアリエルが背後から話しかけた。
「ここ数日、落ち着きがないと思っておりました。戦でもないのに」
「アリエル、父王には黙っててくれないか」
「……なりません。貴方は次期王の身分のお方。そんな方が、許可もなく里を出るなど掟に反します」
「……頼む。行かせてくれないか」
ティスレイアは、アリエルの目をじっと見つめる。しばらくするとアリエルは、呆れたようにため息を吐いた。
「今回だけですよ。私が同行するという条件でいいなら、黙っておきます」
「ありがとう。馬を二頭頼む」
「……かしこまりました」
アリエルに行き先は告げなかった。
ティスレイアは、エルフの里を離れた。
エルフの里を抜けると迷路のような神秘の森がある。
馬で、神秘の森を抜けると、数日前に戦をした道に出た。
血の匂いは、もう、消えていた。
代わりに、秋の落ち葉の匂いがした。
冷たい、土と、葉の匂いだった。
風が、冷たかった。
森の途中で、戦の名残が、いくつか、残っていた。
折れた矢が、地面に刺さったままだった。
踏み荒らされた下草が、まだ、起き上がっていなかった。
馬の脇を、無言で通り過ぎた。
アリエルは、半歩後ろを馬で進んだ。
何も、聞かなかった。
馬の蹄の音だけが、しゃく、しゃく、と続いていた。
※
村は、空っぽだった。
戦後にいた女性と老婆は、安全な場所に避難しているのだろう。
馬から降り、手綱を木に結んだ。
人の姿どころか、鶏も、犬も、いなかった。
子供たちが、しとど、しとど、と笑い転げていた、広場だった。
今は、誰の声もしなかった。
村の墓地は、村の外れの丘の上にある。
村からしばらく歩いて、たどり着いたのは、一面、花畑が広がっている丘だった。
その先に、墓があった。
古い墓石が、いくつか並んでおり、新しく作られた墓が一番奥にあった。
その墓には、ルーカスの名前が彫られていた。
墓の前に、しゃがみ込んだ。
花をかき集め、墓の前に供えた。
「……なぜ、お前のような善人が死ななければならないのか。死ぬべきは、私の方だった」
ティスレイアを庇ったばかりに亡くなってしまったルーカス。
彼には、戦さのない世界にしたいという夢があったのに、それを叶えることはもうできない。
「……助けてくれたのに、あの時の礼すらまともにできなかった。……すまなかった」
長い、沈黙が続いた。
そのとき、後ろから、声がした。
「……ティスレイア様」
振り返らなかった。
「あなたは」
「……」
「あなたは、この方が、大切だったんですね」
時間が、止まった。
風の音も鳥の囀る音も、一瞬、何も聴こえなくなった。
「……そうだな」
「……」
「自覚した時には、もういないなんて悲しいな」
「……そうですね」
冷たい風が、頬を、撫でて、通り過ぎていった。
ティスレイアは、両手を顔の前に組み、目を閉じた。
来世でルーカスが生まれ変わった時、幸せに暮らせる平和な世界でありますように——、と神に願いを込め、祈った。
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