第10話 三百年後の街
白い花が、丘の斜面を、いっぱいに埋めていた。
風が吹くたびに、花がいっせいに揺れて、海のように波打った。
丘を、ゆっくりと登っていく。
頂上に、古い墓石がひとつ。
ずっと昔、新しかったその墓石も、今は角が丸く削れ、文字も薄くなりかけていた。
——300年が、経った。
しゃがみ込み、抱えてきた白い花を、墓の前に供えた。
両手を顔の前に組み、目を閉じた。
来世でルーカスが生まれ変わった時、幸せに暮らせる平和な世界でありますように——、と神に願いを込め、祈った。
何百回、繰り返してきた祈りだった。
目を開けて、立ち上がった。
丘の上から、街が見えた。
かつて、村だった場所。
家が、十軒に満たなかった、あの集落。
今は、街道が縦横に走り、屋根が幾重にも連なる街になっていた。
三百年は、村を、街に変えるのに、十分な時間だった。
街の通りを、人間とエルフが、ごく当たり前に並んで歩いていた。
子供の笑い声が、風に乗って、ここまで届いた。
※
三百年前のあの戦の数年後、持病の悪化で、父王は寝台の上で静かに息を引き取った。
父王の死から、数日後、ティスレイアは次期エルフの王になった。
ティスレイアは、玉座の間に一族の長老や戦士たちを集めた。
長い銀の髪を、背に垂らしたまま、玉座の冷たい背もたれに身を預けた。
一族のすべての視線が、こちらに集まった。
「人間との戦いを終わらせる」
短い宣言だった。
エルフたちのざわめきが、波のように広がった。
「ティスレイア様、なりません」
「あの者どもが何をしてきたかお忘れか」
「先王のご遺志は——」
ティスレイアの意見に反対する声が響く。
「……人間との争いの先に何があった。ただの憎しみしかなかっただろう。殺したから殺されて、殺されたから殺して、その繰り返しではないか」
「それは……!」
「もう、やめよう。今後は、誰も傷つかない平和な世界を目指す。反論がある者は、前へ出ろ」
ティスレイアは、一人ずつ目を見た。
声は次第に小さくなっていき、最後には誰も何も言わなくなった。
長老の一人が、震える声で、ようやく口を開いた。
「……仰せの、ままに」
玉座の脇に、アリエルが立っていた。
何も言わず、深く、頭を下げた。
※
あれから三百年が経った。
街の片隅に、人間とエルフが共に学ぶ学び舎が建った。
子供たちが、種族の違いなど気にも留めず、笑い合っていた。
ティスレイアは、遠くの並木の下から、それを見ていた。
隣に、アリエルが立っていた。
「人間とエルフがあんなに楽しそうに笑うなんて、昔じゃ考えられませんでした」
「……それでいい」
それだけ、返した。
共存は、もはや、誰にとっても当たり前になっていた。
若い世代は、戦争を、歴史書の中でしか知らなかった。
ティスレイアは、百年前に王の役目を終えた。
人間の評議会議長を、表向きの統治者として立て、ティスレイアは、裏方としてサポートとエルフたちの統括をしている。
ティスレイアは、表向きはただの平民として過ごし、暮らしている。
街の片隅の小さな家、かつてルーカスが住んでいた小屋をリフォームし、そこにひっそりと暮らしていた。
三百年も経てば、あの頃の記憶は所々薄れていた。
しかし、ルーカスの命日だけは覚えていた。
「お前が亡くなってから三百年が経った。この世界は、平和になった」
ティスレイアは、古い墓石に話しかけた。
すると、突然、風が吹き、花を揺らした。
白い波が、丘の斜面を、ゆっくりと渡っていった。
街からは、売り子の威勢のいい声と、子供たちのはしゃぐ声が、混じって聞こえてきた。
「もう、戻るよ。また来る」
ティスレイアは、立ち上がり、丘をゆっくりと下りていった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
★評価やレビュー、お気に入り登録、応援コメントは、
どれも大きな励みになります。
ぜひご感想をお聞かせください。




