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第11話 面影

朝の光が石畳の通りに長く伸びていた。


通りの両側に露店が並び、いくつもの声が重なっていた。


野菜の籠を並べ直す老婆。

パンの匂いを漂わせる窯。

布を広げて値段を呼ばわる若い商人。


人混みの中を、ゆっくりと歩いた。


三百年前、この通りは、戦場だった。


血の匂いが、何日も、乾かなかった場所。


今は誰もそんなことを知らない。


人間とエルフが当たり前に並んで歩いていた。


背の低い人間の少年が、エルフの母親の手を引いていた。

エルフの老婆が、人間の老人と、店先で軽口を叩いていた。


買い物の籠を、抱え直した。





「お嬢さん、今朝のはまだ温かいよ」


パン屋の主人が、ティスレイアに声をかけてきた。


「ええ。一つ、頂きます」

「いつもの白いの?」

「ええ」

「はい、毎度」


紙に包まれたパンを、籠に入れた。

何年経ってもこのパンの味は変わらない。


「ティスレイアさん」


少し離れたところから、別の声がした。


花屋の老婆だった。


「いつものを」

「はい、用意してあるよ」


紙にくるまれた白い花が、差し出された。


「いつまでも、お美しいねえ」

「……」

「あんたを最初に見た時、私はまだ、この店の手伝いだった」


老婆は、皺の寄った頬で、少しだけ笑った。


「もう、私の方が、いなくなる番だ」

「……」

「それでも、あんたは、変わらないんだから」


何も、返さなかった。

ただ、軽く頭を下げて、銀貨を渡した。


老婆は、銀貨を握り、もう一度笑った。





広場に出ると、子供たちが追いかけっこをしていた。


人間の子もエルフの子も、混じって遊んでいた。

誰一人、相手が何の種族かなど気にしていなかった。


人間の子供が転んで、すぐにエルフの子が手を差し出して立たせていた。


同じ広場の隅のベンチに、二人の老人が座っていた。


ひとりは、エルフ。

ひとりは、人間。


長く伸びた銀の髪と、薄くなった白髪とが、並んでいた。


エルフの老人の方が、何か小さな声で話していた。

人間の老人が、頷いて、笑った。


通りすがりに、軽く会釈をした。

向こうも、二人とも、同じように会釈を返した。


(昔はこんなことありえなかったのにな)


胸の奥が、少しだけ、温かくなった。


(そろそろ家に帰ろう。アリエルが心配してしまう)


今日はシチューだと言っていたので、早く帰ってきてほしいと頼まれていたのをすっかり忘れていた。

シチューのお供のパンも買ったので、早く帰ろうと街角を曲がろうとした、その時だった。


——どん。


肩に、何かが当たった。


——ばさ、ばさ。


地面に、何かが落ちる音がした。


「あっ、すみません」


若い男の声だった。


足元を見ると、本が、何冊か、散らばっていた。


反射的に、屈んだ。

近くにあった一冊を拾った。


『共存戦争史』と書かれている本の表紙の文字が目に入った。


(この時代に、三百年前の戦争のことを知りたがる物好きもいるんだな)


散らばった本を拾い、相手に差し出した。


「すみません、僕の不注意で。ありがとうございます」


一瞬、聞き覚えのある声に、ティスレイアの思考は止まった。

青年の声が、三百年前に亡くなったルーカスの声に似ていたのだ。


——……まさか。


ゆっくりと顔を上げた。

目に移った青年は、ルーカスではなかった。


(……それもそうか)


「あの、お怪我は、ありませんでしたか」

「……いえ」

「本当に、すみませんでした」


青年が、軽く頭を下げた。


青年は、もう一度礼を言って、本を抱え直し背を向け、人混みの中へ紛れていった。


ティスレイアは、その背中が見えなくなるまで、ただ立ち尽くしていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


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