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第6話 崩れる温度

朝、ルーカスは小屋の裏で薪を割っていた。


斧の音が、規則正しく響いている。


ティスレイアは小屋の中で、朝食の卓を片付けていた。

椀を洗う水が、たらいの中で揺れている。


「ティスレイアさん」


外からルーカスの声がした。


「今日は天気がいいので、午後から畑に行こうと思うんですけど、一緒にどうですか」


「……行く」


「よかった。じゃあ、昼飯食べたら出ましょう」


ルーカスが、また斧を振り下ろす音がした。





窓の外で、何かの気配を感じた。


チュン、と小さな声と共に何かが羽ばたく音がした。


声の方を見ると小さな鳥がいた。


——この鳥は、どこかで……。


鳥の脚に薄い銀色の筒が結びつけられている。


ティスレイアは息を呑んだ。


エルフ族の使い鳥だった。


千年以上、戦場と王宮を往復してきた、あの鳥だ。


——どうして、ここに。


ティスレイアは外の様子を窺った。

薪を割るルーカスの音が、まだ続いている。


窓を開けて、鳥の脚から筒を外した。

銀の筒には、見覚えのある封印が刻まれていた。


腹心のものだった。


筒を開けて、中の薄い紙を取り出す。

細く美しい字が、並んでいた。



『ティスレイア様


王が、あなたを探しています。


戦場で行方不明になったことを王は信じておりません。

あなたが捕らえられ、人間の地に連れ去られたと確信しています。


王は軍を三隊に分けて、捜索範囲を広げました。

東の隊は既に北の森に達し、南の隊は河岸を遡っています。

このまま行けば、ひと月のうちにあなたの居る一帯に、軍が到達します。


王の怒りは、ご存知の通りです。


くれぐれも、ご無事で。』



紙が、震えていた。

自分の指が震えているのだと、しばらくして気づいた。


——父王が。


紙を握りしめた。


父王の顔が浮かんだ。

玉座に座り、戦況の報告を受け、ひとつでも気に入らないことがあれば、報告者の首を刎ねる残虐な男。

あの男が、軍を引き連れてこちらに向かっている。


——この村に、辿り着いたら。


恐怖で手紙を持っている手が震えた。


父王は、村を焼く。

ティスレイアを匿った、という嫌疑だけで、男は皆殺し、女と子供は奴隷。

そのあとで小屋という小屋を焼き払い、井戸に毒を入れて、村があった事実すら消す。


何百回と、見てきた光景だった。

何百回と、自分の手でそうしてきた光景だった。


——私が、ここにいる限り。


ルーカスの薪を割る音が、まだ規則正しく続いている。


老人が薬草を選り分けていた、軒先。

子供たちが、しとど、しとど、と笑い転げていた、広場。

通りすがりに、いつもありがとう、と言ってくれた、洗濯女。


それらが、灰になる絵が、見えた。


ティスレイアは、紙を握りしめたまま、しばらく動けなかった。





昼、ルーカスと畑へ行った。


乱れる思考を悟られないように、土を耕し、種袋から豆を取り出した。


ルーカスは何も気づかなかった。

時々こちらを振り返って、にししっと笑いかけてきた。


「ティスレイアさん、豆まくの上手ですね」


「……そうか」


「千年生きてるから、なんでもできちゃうんですか」


「……まあな」


ルーカスは満足そうに頷いて、また土を耕しはじめた。


——ごめん。


胸の中で、それだけ呟いた。


声には、出さなかった。





夜、ルーカスが寝静まったあと、ティスレイアは寝台から音を立てずに起き上がった。


炉の火は、もう小さな熾火だけになっている。


旅装をまとめた。

と言っても、まとめるほどの荷物はない。

ルーカスから借りた外套、薬草を入れる小さな袋、それだけだった。


土間の隅に、ルーカスが寝息を立てていた。


ルーカスは寝相が悪かった。

毛布が半分、床に落ちている。


——拾ってやる、必要はない。


そう思ったのに、毛布を拾い上げて、ルーカスの肩までかけ直していた。


ルーカスは、薄く笑ったような寝顔をしていた。

夢でも見ているのかもしれなかった。


ティスレイアは、しばらくその寝顔を見ていた。


外套を羽織り、土間の戸に手をかけた。


戸の蝶番が、きしまないように、ゆっくりと開けた。


冷たい夜気が、頬に触れた。


戸を閉めて、振り返らずに歩き出した。


ティスレイアは静かに人間の村を、あとにした。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


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