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悪役令嬢のエルフだった私が殺してしまった彼が転生してきたので、300年かけて作った平和な世界で今度こそ幸せにします  作者: 月野 せい


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第5話 穏やかな日々

朝の光が、小屋の窓から差し込んでいた。


「おはようございます、ティスレイアさん」


「ああ」


ルーカスは桶を手に取り、外へ出ていった。

井戸の滑車が、きしんだ音を立てる。


ティスレイアは寝台から起き上がり、上着を羽織った。


外に出ると、ルーカスが井戸の脇でしゃがみ込み、水を汲んでいた。

桶に水が落ちる音が、ぱしゃん、ぱしゃん、と続いている。


「おはよう、ルーカス」


「あ、はい。おはようございます」


ルーカスは振り返って、少し慌てたように立ち上がった。

桶の縁から水が跳ねて、靴を濡らしている。


「……濡れてるぞ」


「あ、ほんとだ」


ルーカスは靴を見て、それから困ったように笑った。


「すみません、もうすぐ朝食できますから」


「急がなくていい」


小屋の中に戻ると、薪のはぜる音と、湯気の匂いがしていた。


人間の朝の音だった。





昼前、集落の広場へ出た。


老人が一人、軒先で薬草を選り分けていた。

ルーカスの薬の師にあたる人らしい。


「お嬢さん、これはなんていう草か知ってるかい」


老人が、葉の細い草をひとつかみ差し出してきた。


「……ヨモリ草だな」


「へえ。なんに効くか分かるかい」


「腹の冷えに効く。ただ、それは採るのが早すぎる。あと半月置いてからの方がいい」


老人は驚いたように目を丸くし、それから皺の中で笑った。


「そりゃあ、長生きしてる方は違うねえ」


長生きと一括りにされたのは、初めてかもしれない。


子供たちが駆けてきて、ティスレイアの裾を掴んだ。


「お姉ちゃん、こっち!」


「お姉ちゃん見て見て、あれ何の鳥?」


子供たちは、空を指差している。

木の梢に小さな鳥が止まっていた。


「……あれは、鵐だ」


「シトド! しとどって言うんだ!」


「変な名前!」


子供たちは、しとど、しとど、と繰り返しながら笑い転げた。


オロオロしているティスレイアを、ルーカスが少し離れた場所から見ていた。


夕方、集落の井戸端で水を汲んだ。

洗濯籠を抱えた女が、通りすがりに会釈をしてきた。


「いつもありがとうね」


「……ああ」


それだけだった。

それだけのやり取りが、千年生きてきて、ほとんどなかった。





日が傾き始めた頃、ルーカスと連れ立って広場を歩いていた。

夕餉の煙が、屋根のあちこちから細く立ち上っている。


広場の端で、男が一人、こちらを睨んでいた。


黒髪、琥珀色の瞳、額に三日月の傷。

年齢は、二十歳そこそこの男だ。


ルーカスがそれに気づいて、足を止めた。


「ルーカス」


男が低い声で呼んだ。


「いつまでそのエルフを匿うつもりだ」


「……」


「さっさと国兵に報告して、処刑してもらえ」


ルーカスは少しのあいだ黙り、それから静かに口を開いた。


「彼女は、村の子供を治療してくれた人です」


「だからどうした」


男の声には、抑えきれない熱があった。


「エルフは、エルフだ。いつ俺たちの喉を裂きにくるか分からねえだろ」


「……」


「お前の親父も母さんも、エルフに殺されたんだろうが」


ルーカスは、答えなかった。


男はもう一度、こちらを睨みつけた。

憎しみが、瞳の奥に固く沈んでいた。


そのまま男は背を向けて、広場の向こうへ消えていった。


「……すみません」


ルーカスがぽつりと言った。


「あいつは、家族をエルフに殺されてて……」


「そうか」


「気にしないでください。あいつだけです、ああいうこと言うのは」


ティスレイアは何も言わなかった。


——気にしないでください。


そう言われて、気にしないでいられる者がいるのだろうか。





夜、小屋の中で焚き火の代わりに小さな炉が燃えていた。


ルーカスは、いつもより口数が少なかった。

木の椀でホットミルクを差し出してきて、自分の分も傍らに置いた。


「ルーカス」


「はい」


「あの男は、また来るのか」


ルーカスは少し考えてから、首を横に振った。


「……分かりません。でも、大丈夫ですよ」


「そうか」


それ以上、聞かなかった。


炉の中で、薪が一本、ぽとりと崩れた。

火の粉が、短く舞って消えた。


——大丈夫、か。


人間の言う「大丈夫」というのは、あてにならないものだ。

何百年も戦場にいて、それは知っている。


ティスレイアはホットミルクの椀を両手で持ち、その温度を、しばらく感じていた。


ルーカスが小さく欠伸をして、炉に薪を一本足した。


「明日も、晴れるといいですね」


「……ああ」


短い言葉だけ交わして、夜は静かに過ぎていった。


集落のどこかで、犬が一度だけ吠えた。

あとは、薪のはぜる音だけが、続いていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


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