第4話 焚き火の夜
夜が来た。
ルーカスが、小屋の前で焚き火をしていた。
木の枝が、ぱちぱちと音を立てている。
ティスレイアは、その向かい側に座った。
「どうぞ。温まりますよ」
ルーカスは、ホットミルクを差し出した。ティスレイアはそれを受け取った。
「あの」
「なんだ」
「な、名前!」
「名前?」
「はい! 名前教えて下さい! もう、そろそろいいかなって思って……」
助けられてから数日、ルーカスに名前を教えていなかったことに気づいた。
「……ティスレイア」
人間に名前を教えるなど馬鹿げている。でも何故か、偽名を使うことは考えられなかった。
「ティスレイアさん」
ルーカスが嬉しそうに言った。
「綺麗な名前ですね」
「そうか?」
「はい。ティスレイアさんは、とてもお綺麗な方なので、その、名前とすごくマッチしているというか……」
ルーカスの頬がほんの僅かに赤くなった。
「血濡れのティスレイア」、「残虐のティスレイア」など散々な呼ばれ方をされてきた。エルフ界でも「ティスレイア」の名を聞けば、震え上がるものもいるほどだ。
なのに、この男は、この名が綺麗だと言った。
(人間とは、可笑しな生き物だ)
「僕は、ルーカスと言います」
「知ってる。村の子供達が呼んでた」
「そうですか。いつも、おい、とか、お前、しか呼ばれないから、てっきり知らないのかと……」
少し寂しそうな表情をする目の前の男。小さな声で「ルーカス」と呼ぶと、ルーカスは嬉しそうに微笑んだ。
「名前を呼ばれただけで嬉しいのか。変なやつだ」
「嬉しいです。だって、少しだけティスレイアさんと仲良くなれた気になりました」
にししっ、と歯を見せて笑うルーカス。ティスレイアに向けて、こんなに笑いかけてくる者など、エルフ界にもいなかった。
父も母も兄妹も、戦さばかりしか興味がなく、小さい頃から英才教育を受けてきた。勝つことが正義、弱いものは殺されて当然の世界で育てられてきた。
「ティスレイアさんは、家族はいるんですか?」
「両親と兄弟がいる」
「へぇ。兄妹もいるんですね。いいですね」
「別にいいものでもない」
兄弟といっても、お互いを戦さの道具としてしか思っていないのだから、赤の他人のようなものだ。
「お前は、家族はいるのか?」
しばらく沈黙が続いた。
「俺の家族は、戦争で亡くなりました」
ルーカスが、ぽつりと言った。
ティスレイアは、ルーカスを見た。
「……そうか。すまない」
「いえ。もう昔のことなので」
きっと彼の家族はエルフとの戦さで死んだに違いない。戦さで家族を殺されて、何故私を助けたのだろうか。
「私が憎くないのか?」
「何故ですか?」
「お前の家族は、エルフに殺されたのだろ? 私を殺そうと思わないのか?」
火の影が、ルーカスの顔の半分を照らしていた。
もう半分は、暗かったためか、表情がよくわからなかった。
「最初は、あなたを助けるべきか迷いました」
「……」
「でも、あなたを殺したところで家族はもう帰ってこないし、僕の両親もきっと喜ばないと思いました」
ルーカスは、火に枝を一本足した。
「あなたを殺しても、他のエルフが僕を探して殺しに来ると思うんです。そんなのキリがないじゃないですか」
「……」
「やられたからやり返しての繰り返しじゃ、この戦争は終わらないんですよ」
「……」
「僕たちの代で戦争を終わらせたいんです」
「……お前は戦さに出るのか?」
「はい」
ティスレイアは、「……そうか」と呟き、火を見つめた。
「勘違いしないでください。僕は、戦争を終わらせるために出るんです。大切な人たちを、村のみんなを守るために戦います」
ーー知らない方が良かったのかもしれない。
今まで、父の命令で戦さをしてきた。それが当たり前だったからだ。
人間を殺すのが私の使命だと幼少期から刷り込まれてきた。
「ティスレイアさんは、何故戦さに出るんですか?」
「……わからない」
生まれた時から、戦さをすることを刷り込まれてきたから、それが当たり前だった。
戦さに理由なんてなかった。
ーー私は、何のために戦っているんだろう。
ティスレイアは、焚き火を眺めながら、戦さの意味を考えていた。
枝が、ぱちぱちと音を立てる。
火の粉が、夜空に消えていく。
その光景を、こんな風にゆっくり眺めたのは、何百年ぶりだろうか。
戦場ばかりを駆けてきた目には、この火の温度が、痛いほど優しかった。
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