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第35話 満ち足りた幸福

 瑠璃が女王となって、数十年が経過した。

 即位した頃と比べると、比較にならないほど国は発展していた。


 国民もラピス女王に不満を漏らすものはなく、誰からも愛される女王となっていた。サンステイは他国の追随を許さない国力を持つ、巨大国家となっていた。

 全ては、女王が粉骨砕身して国の発展に尽くした結果であった。誰もがその事を知っているからこそ、女王は他国からも尊敬されている。


 そんな名君も歳には勝てず、病に伏せてしまった。

 物質界ほどの医療技術があれば治る程度の病気だが、この世界にとっては不治の病であった。

 瑠璃はすでに女王を引退して、娘に王位を譲っていた


 娘にも瑠璃の才覚が引き継がれており、立派に女王としての責務を果たしていた。

 恭平は瑠璃の頼みで、新たな女王であるアクアマリンのサポートが主な仕事になっていた。


 サンステイに剣聖ライトニングあり。いかなる戦場でも勝利を納め、政をさせれば国が富む。そんな言葉が世界中に響いていた。


 時間が過ぎ、ついに瑠璃の死期が近づいていた。

 最近はアクアマリン女王のサポートが忙しくて、まともに話せていなかった恭平は瑠璃の部屋を訪れた。

 部屋の大きな木製の扉をノックすると、瑠璃を看護しているであろう侍女が扉の隙間から顔を覗かせる。


「剣聖ライトニングだ。ラピス様に謁見したい。取り次いではもらえないだろうか」

「少々お待ち下さい」


 扉は閉じられ、恭平はその場で待機していると、先程の侍女が顔を出し、謁見を許された。

 部屋に入ると、医師らしき白衣の人物が瑠璃の隣にいた。部屋の中に調度品は殆どない。瑠璃らしい質素な部屋になっていた。それでも、さすがにベッドや布団は高価なものが使用されている。

 恭平の姿を認めた瑠璃は体を少し起こして、こちらを見た。


「いらっしゃい、剣聖ライトニング。急にどうしたのかしら?」

「は、最近体調が優れないという噂を聞き、見舞いに来ました」


 瑠璃は皺が増えた顔に笑みを浮かべた。


「そうですか。忙しい中、わざわざ悪いですね」


 瑠璃はそう言うと、医師と少し話した。すると、医師と侍女は部屋から出て行った。


「人払いはすんだわ。いつものように話して頂戴」


 瑠璃の声は以前とよりしわがれた声でそう言った。瑠璃の症状は深刻だと、恭平にでも理解できた。

 恭平は瑠璃が横たわるベッドの近くにある椅子に腰かける。


「いつも人払い悪いな。やっぱりお前とはこうやって話すのが一番だわ」


 恭平の言葉に瑠璃が微笑む。結婚する前とは違う、母性に溢れた優しい笑顔。


「そうね、あなたと話すときはこっちの方が気が楽ね」


 起き上がろうとしたした瑠璃を押さえて、恭平はベッドに寝かしつけた。

 ようやく恭平はほっとして笑みがこぼれた。


「ところでさ、体調はやっぱり悪いのか?」

「そうね。自分でもわかるけど、もう先は長くないでしょうね」


 瑠璃は顔色一つ変えることはない。もう、死ぬことを気にしていない様子であった。


「そんな事を気軽に言うなよ。自分のことだろ。お前の事を心配してる奴はいっぱいいるんだぞ。ちなみに、俺もその中の一人だ」

「嬉しい事言ってくれるのね。でもね、私はもうやるべき事は全てやり切ったわ。娘も孫もあなたに任せておけば、安心だわ」


 死期が近いというのに、瑠璃の顔が安らかになる。もうこの世界に未練はないという顔だ。


「そうか、お前の自慢の娘だもんな。この国は安泰だよ」

「どうしてそんな悲しそうな顔をするの?」


 なるべく悟らせないように振舞っていた恭平だが、胸の苦しさが表情に出ていた。

 それには苦笑いをするしかなかった。


「私は幸せよ。女王としての責務も果たせたし、いい旦那とも結婚できた。娘に孫まで授かることができた。それに、親友がいつも傍らにいてくれた。これ以上何を望む事があるのかしら」


 全てをやり終えた瑠璃を見ていると、恭平は羨ましくなってくる。人として歳をとり、人としての幸福を成就し、全てをやり終える。恭平にはもうできないことだから、なお羨ましい。

 年老いて、横たわる瑠璃を見ながら、何一つ変わることの無い自分の体が呪わしく思えた。


「そうだな。お前は十分すぎるほどに頑張ったんだ。もう、休んだって誰も文句なんて言えないよな」


 瑠璃は頑張った。他の誰よりも頑張ってきたことを恭平は知っている。だからこそ、今の豊かなサンステイに生まれ変わった。


「ねぇ、恭平。あなたにお願いがあるのだけど聞いてくれる?」


 瑠璃がそんな言葉に、恭平はハッとして他のことを考えていた意識が戻ってきた。


「俺にできるようなことならな」

「あなたにならできるわ。いいえ、あなたにしかできないわ」


 瑠璃がじっと恭平を見つめてくる。恭平も目をそらさず真正面から受け止める。


「あなたにはこの先、サンステイを見守っていて欲しいの。決して間違った方向に進まないように見ていてもらいたいの。私が死んだ後も、この後ずっと……」


 それは不老不死である恭平にしかできない事だった。瑠璃は俺を一生この国に縛り付けるというのだ。


「ずっとってのは難しいな。俺の一生を決める事だからな」

「ふふふ。あなたは前に私のプロポーズを断ったのに、また私の頼みごとを断るというの? 酷い男ね」


 ことあるごとに昔の話を持ちだされる。

 恭平はこの言葉を断るすべを持たない。だからこそ、瑠璃は言うのだ。


「そう言われると俺も断るわけにはいかないな。俺が死ぬまでは責任を持って見守るよ。けど、具体的に何をして欲しいんだ?」

「そうね。まずは私の孫の教育係を引き続き務めてもらおうかしら」


 瑠璃の孫、ヒスイはもうすぐ10歳になる。女王の教育ならさらに必要になることだろう。


「俺でいいのか? 現状だと、かなり力不足に感じるんだが……」

「ええ、あなたに任せて正解だったわ。娘からも聞いたのだけど、あなたが教育係になってからヒスイが喜んでるって、大絶賛だったわ」


 アクアマリンに色々なサポートを続けていたため、恭平を過大評価していたというのもあるのだろう。

 子孫には教育は大切だ。そこが疎かになれば、この国が進む道を誤る可能性だって大いにある。そういう意味では恭平の責任は重大だった。


「俺でいいというのなら、教育係を続けるよ」

「私と夫の血を引いた娘の子ですからね。絶対にいい女王に成長します。恭平にはそれの手助けをお願いしますね」

「ああ、任せてくれ。何とかやってみるよ」

「あなたがそう言ってくれれば、安心ね。これで、本当に憂う事がなくなってしまったわ」


 そう言うと、瑠璃は瞳を閉じた。

 恭平との話は体に堪えたのだろうか、その顔は少し疲れたように見える。


「まだ死ぬなよ。せめて、孫が女王になる姿くらい見るつもりで生きろよ。俺だって、親友を失うのは辛いんだぜ?」


 瑠璃は薄目を開けてこちらを見る。


「そうね。でも、私がやるべきことは全てなくなったわ。この国の未来を恭平に任せられるのだから」

「何言ってんだよ……」

「本当にやることが無くなってしまったわ」


 瑠璃の表情が急に苦しいものに変わって、咳き込んでしまう。無理して恭平の話に付き合ったためだろう。


「体は大丈夫か? 俺の話につき合わせて悪かったな。疲れただろう?」

「ゴホ、ゴホ、大丈夫よ。あなたとの会話はいつも楽しいし、私の生き甲斐だわ。でも、ちょっと長い事話しすぎたようね」


 恭平は苦しそうな表情の瑠璃の手を取る。少しの間、苦しさが紛れたように微笑んで見せた。


「お前の頼みごと、絶対に守って見せるよ。俺が死ぬまで、この国を見守り続ける。誤った道に進もうとしたら、必ず修正してやる。敵が攻めて来たなら、絶対に返り討ちにしてやる。俺が生きている限りはこの国を守って見せるよ」


 いつしか、恭平は涙を流していた。

 剣聖ライトニングになってから、これで2回目の事だった。


「そう……。それなら、安心ね」


 そう言うと、瑠璃は眠ってしまう。

 まだ表情は苦しそうだが、安心してる様子は見て取れた。


「お休み、瑠璃」


 恭平は急いで扉に向かい、医師を呼ぶ。

 呼ばれた医師は瑠璃に駆け寄り診察を始めた。

 ここでやるべきことは全て終わった恭平は、静かに部屋から出ていった。

 後は、瑠璃の家族に任せるだけだった。

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